第74話:霊衣が到着す
よく晴れた日の昼下がり。アパート青空、二階奥の角部屋にあるマフユの住居。そこにヤマトネ・サユキが訪れていた。
初めて足を運んだ時は同年代の少女が暮らす部屋ということもあり、終始ドギマギしたものだったが。今日のサユキは珍しく得意満面で入室を果たしている。
室内に通された少年は、肩から提げたスポーツバッグを大切そうに床へ置き、マフユへと差し出した。
「マフユちゃん、約束どおり霊衣を持ってきたよ」
「ふーん、そう」
「あらあら、前に話してたヤツね。存外に早いじゃない。仕事のできる子は好きよぉ」
「どんなスゲー服を持って来たんだよ。やっぱ気合の入る特攻服かぁ?」
「案外、ワタシとお揃いの恰好かもしれませんよ。我が主君なら男装も見事に着こなしてくれるでしょう」
「ぽめぽめぽめめ」
サユキは声を弾ませて、スポーツバッグのファスナーを開いていく。
精霊達は興味津々に、マフユ本人は無感動に、バッグの中を覗き込んだ。
集まる期待の眼差しに頬をやや紅潮させながら、サユキは丁寧に一揃えの装束を取り出す。
そのままマフユの前に上下を整え、全体がよく分かるよう置いてみせた。
「ジャジャーン! 今日からこれが怪異の脅威よりマフユちゃんを護ってくれる。これで精霊の皆も安心できるね」
喜び勇んで披露されたサユキの一品。それは上下に長い白緋の和装だった。
上衣は白一色で設えられ、袖の下部に垂れ下がる長い袂を備えた白衣。
下衣は目に鮮やかな緋色で染められ、下半身を覆う行灯型の緋袴。
神道の巫女が着用することで知られた装束である。
「これは巫女服?」
「あらちょっと、なにサユキちゃんの趣味ぃ~?」
「気合、入りそうっちゃ入りそうか。イヤやっぱ入らねぇ!」
「ほほぉ、分かります、分かりますよ。神聖な装いに身を包んだ清廉なる者を、辱め穢し尽くしたいというその欲求。どうやらアナタとは気が合うようですね」
「ぽめめん」
満を持しての開帳だったが、セイギ以外の反応は極めて微妙だった。
セイギだけはニタついた笑みでサムズアップしてくる。完全に同類を見付けた顔をしている。
場のなんとも言えない、盛り上がりに欠ける空気感に、サユキの表情は固まった。
万雷の拍手喝采を密かに予想していたが、全然そんなことはない。むしろ『は? なんで?』みたいな冷やかさがあり、一粒の汗が背中を滑り落ちていく。
「いやあの、僕の趣味とかそういうことじゃなくて。これはとても性能が高いんだよ。何処に出しても恥ずかしくないぐらい良い品で、そういう意味で凄いから。確かにマフユちゃんに似合うだろうなぁ、とかは考えなかったわけじゃないけど、それはオマケというか。本当に防御力は抜群で、そっちが本命だからね」
急激にあたふたしながら、サユキは必死の説明を始めた。気分としては釈明に近い。
その様子をチアキは生温かな目で、シュウカは疑わし気に、セイギはニヤニヤし、ポメはつぶらな瞳で、各々に見届けている。
マフユはといえば、サユキの言葉を真剣には聞いていない。それよりも巫女装束をじかに触り、その質感や織り込まれている霊子力を読んでいた。
「なるほど、これは堅牢そうね。柔軟さを損なわず、薄い守護の膜が張ってあるみたい」
「そ、そうなんだよ。時間を掛けて丹念に霊子力が編まれてて、小さな綻びもない。全体が安定して効力を維持できるし、信頼性は抜群だからね」
「でもドコから持ってきた物かしら?」
「テメェ、どっかの神社から盗んできたんじゃねぇだろうな、あァん?」
「貢物で我が主君への心証を良くしようとしたなら、悲しいほど健気なものです」
「ぽめぽめ」
「そんなワケないでしょ!? 知り合いの元退魔師さんから御厚意で譲ってもらったもので、後ろめたいことは何もないからね!」
批判やら同情の視線を突き込まれ、サユキは大慌てで否定を飛ばす。
精霊達のイジリに翻弄されるのは何度目か。彼等の中では自分の立ち位置をかなり低く見積もられているようで、毎度トホホな気分を味わわされる。
「僕がまだ実家に見限られる前、なんとか能力を育てようとした両親が、昔から親交のあった退魔師さんに僕を預けたことがある。その人はもう現役を退いてて時間もあるし、経験も豊富だったから教育係を頼まれたんだね。そこで現役時代に使っていた道具も色々見せてもらってた。その中にこの霊衣もあったんだ」
「それをマフユちゃんのために、一生懸命頼み込んで貰ってきたってことぉ?」
「そうそう。でも話したら、自分はもう使わないし、誰かの役に立てるなら装束も喜ぶだろうって、快く渡してもらえたよ。血の繋がった親族より、縁の薄い知り合いの方が親切なのは複雑な気分だけど」
「おい、まだなんか入ってんぞ。コイツも貰いもんなんだろ!」
しんみり話していたサユキを余所に、シュウカは勝手にバッグの中を漁っていた。
そこから第二の荷物、黒い衣を引っ張り出す。そして手早く広げて確認へ移る。
現れたのは袖も足回りもない水着めいた衣装。身体に密着し、ボディラインが強調されるデザインのレオタードだった。
ウェストラインとヒップラインの中間点まで鋭角に切り込まれ、正面からはV字、背面からはU字に見える所謂ハイレグタイプである。
黒く艶めく光沢を帯びた、スポーティー且つ煽情的な一着。
それが皆の眼前へ晒されて数秒、精霊達の視線が改めてサユキへと集中した。
「ち、違うんだよ。元退魔師さんが、コレも中々の良品だから一緒に持って行けって言うからさ。僕は遠慮したんだけど、巫女装束と合わせて着れば防御効果が更に高まって、より安心安全だから絶対あって方がいいってね、それはもうスゴイ推奨するもんで。じゃあ一応、念のためにということで。本当にね、一応だから一応」
目を左右ともなく泳がせながら早口に言い募るサユキ。
そんな少年の肩へ、セイギがポンと手を置いた。
糸目のニコやか顔でウンウンと何度も頷いている。
「美しい少女に卑猥な衣装を着せて、舐め回すように観賞したいという男心は原初の真理に等しいものです。普段から不愛想な相手だからこそ過激な恰好をさせたいという、アナタの倒錯的な性癖をワタシだけは否定しませんよ。しかしエグイ食い込みのレオタードに神聖な巫女装束を合わせるとは、いやぁ好きものですねぇ」
完全に面白がっている顔のセイギを前に、サユキは口をパクパクさせるのみ。
チアキは頬に手を添えて溜息を吐き、シュウカは少年の胸倉を掴んで締め上げ始めた。
「テメェ、このヤロー! マフユにイヤラシイかっこさせてぇだけだろゴラ!」
「ごごご、誤解だよー!? 僕は純粋にマフユちゃんの命を護りたい一心でぇ~」
「まぁ性能は本物みたいだし、これからの戦いを考慮するなら有難い支援ではあるのよね」
「ぽめ」
「役立つなら使わせてもらうわ。見た目は別にどうでもいいし」
黒のレオタードを眺めて触り、その機能性のみを重視するマフユの言葉で、ようやくサユキは解放された。
シュウカの手によって既に何度も前後へ揺さ振られ、今にも吐きそうな顔色をしていたが。




