第72話:兄弟子に習う②
「とにかく敵の強さは想定外。今のままでは事件の首謀者に遭遇しても倒しきれない可能性が高い。私はもっと強くならなければいけないの」
「成程な、それで更なる力を望むか」
「ええ、そうよ。目指すのは精霊使いとしての高み。母様の下で学び、活躍を直に見てきたフオウなら何か知っているでしょう」
「確かに俺はミハル師匠に全てを叩き込まれた。精霊使いとしての戦いぶりも近くで見ている。お前の助けになれるだろう」
聳える兄弟子を真っ直ぐ見詰め、マフユは神妙に面持ちで顎を引いた。
正対する藍瞳へ宿るのは強い想いと決意。覚悟の双光は泰然と瞬き、フオウの黒い眼を黙して射る。けして退かぬ堅固な意志へ揺らぎはない。
しばしの間、フオウは妹分の面相と対峙し続けた。難しい顔で沈考し、口を閉ざしたまま時が過ぎる。
彼の内には、マフユに復讐者としての生き方を改め、平穏な日常を送ってもらいたいという願いがある。同時に、そうした言葉を聞き入れることがないのも分かっている。
拒むか、後押しを了承するか。選択を迫られていた。
張り詰めた静寂が敷かれたのは数分のこと。重みを増した礼拝堂の気温へ、マフユが密かに息を呑んだ時。遂にフオウが口を開いた。
「事件の解決は皆が望むところだ。とはいえお前がそこまで執着する理由が分からんな。世情の動向には関心あるまい」
「今回の黒幕が、母様を殺した邪悪と関係している気がするからよ」
「なんだと?」
「確信はない。でも、あの時と近しいニオイを言えばいいのか、不穏さの中に感じるものがある。それを確かめるためにも、力が必要なの」
目を逸らさず、ブレもなく、決然とマフユは告げた。一言ずつに迷いはなく、求めの声は凄烈な響くを持つ。
彼女の訴えを聞き終えて、フオウは静かに目を閉じた。
そこから再び黙り込んだが、今度は数秒足らずで言葉を述べる。
「よかろう。師匠が俺に託した精霊使いの極技、その心得を教えてやる」
「母様が託した? でもフオウは精霊使いじゃない」
「本来ならば必要となった時、師匠が直接お前に伝えるつもりだった。しかしそれが叶わない可能性もある。多くの魔を祓い、人々を救ってきたが、それだけ邪なものたちの怨みを積んできたからな。強い光は等分に濃い影を誘う。最悪の状況も起こり得ることは否定できず、だからこそ俺という保険を用意していた」
「そう、なのね」
「師匠はお前に自分とは違う、荒事と無関係な人生を歩んで欲しいと願っていた。一方で精霊使いの才を持って生まれた以上、それが望めないこともどこかが分かっていたのだろう。自分が居ない状況で、お前が精霊使いの階梯を昇らんとした折、欠くことの出来ない指標を俺に託し、お前に遺したのだ。違えぬ一心で進むを決めたなら、母を超える猛者へ至れと」
「……母様」
フオウの語りに耳を傾け、マフユは俯く。
届けられる亡き母の想いを胸中で噛み締め、そっと拳を握り込んだ。
「マフユよ。お前は精霊の力をどう使っている?」
「彼等の力を身に纏い、各々が司る加護を借り受けるわ。後は彼等自身を直接的な形に変え、この手で操り振るうけれど」
「そうだろうな。精霊使いとはそうして精霊を使役するものだ。だが使い手にとって究極の技とは、精霊を外装として駆使するものではない」
「どういうこと?」
「契約している精霊を自らと合一化させ、その力を己自身へ取り込み内に収める。使い手と融け合わた上で、精霊という生きた強大なエネルギーを完全な制御下へ置き、自らの意思で運用するのだ。その時こそ精霊使いは人の域を超えた存在となり、圧倒的な権能を自在に扱える」
「精霊との融合――それが精霊使いの奥義?」
「そうだ。真に優れた精霊使いのみが使うことのできる極技、降眞化身という」
「降眞化身」
教えられた秘術の名を、マフユは口の中で呟いて繰り返した。
驚きと共に納得、しかしそれ以上の疑問が頭に浮かぶ。
長らく精霊と共に過ごしてきた彼女は、精霊がどれだけ我の強い連中か良く分かっていた。だからこそ彼等と自分自身を統合させるという考えは浮かんでこない。その強烈過ぎる個性を組み敷けるとは思えないからだ。
恐らく精霊との関係が長く深い使い手ほど、同じ考えに至るだろう。
「極技の特筆すべき点は、合一する精霊の数に比例して、本質的な力が跳ね上がるというものだ。融合する精霊が増える程に、使い手の力は爆発的に増大する。知っての通り精霊族とは、明確な意思を持ち思考する生きた自然現象を指す。個々が万物の深奥に通じ、意のままに属する自然力を行使する。それが一つに重なれば、常軌を逸したエネルギーを導くのは道理」
「でも、言うほど簡単ではない」
「無論だ。精霊の有する自我の強さは、俺などよりお前の方が余程詳しいだろう。元々姿形を持たない自然現象が、自らの想いで一定の形態を保つのだ。偶発的に発生したものであろうとも、そこに存在する意思力は尋常でない。そんなものと抜き身の人魂が触れ合ったらどうなる? 常人ならば一瞬にして飲み込まれて消え果てる。自己は霧消し欠片も残らず、あっと言う間に吸収されよう」
フオウは重々しく息を吐き、改めてマフユを見た。
少女は幾許か緊張した面持ちだが、両瞳は話の続きを促している。
困難さや求められる代償への気後れ、躊躇は微塵もない。




