第71話:兄弟子に習う①
聖人の姿を象った宗教画で形作られた、壮麗なステンドグラスがある。礼拝堂最奥の北壁に嵌めこまれた硝子芸術は、日の光を受けて豪奢な七色に輝いていた。
長椅子が等間隔に配され、厳粛な空気に満ちた祈りの場。百人からの信者達を抱えられる広範な領域。其処は都市の一角へ設けられた、退魔組織が擁す教会の一つだった。
朝のミサが終わり、丁度人がはけた時間帯である。今、礼拝堂に居るのは一人の男と一人の少女のみ。
床面より一段高く作られた説法台の前に、立襟僧衣を着込んだ大男が立っていた。
落ち着いた佇まいと屈強な体躯から、巌のような印象を受ける。格好も雰囲気も確かに神父だが、その広い肩幅や引き締まった体を見て、初見の者は大抵が息を飲む。スメラギ・フオウとは、そういう男だ。
そこへ面する形で据えられた長椅子の最前列に、マカベ・マフユが座っていた。シャツとブレザーに揃いのプリーツスカートと、お馴染みの装いで。
「悪かったわね、時間を作ってもらって」
「構わん。今日は外回りの仕事もない。話をするには都合がよかろう」
向かい合って言葉を交わす二人には、気心の知れた者に特有の空気があった。
マフユの母、ミハルの愛弟子だったフオウは、彼女にとって兄にも等しい。フオウにしても恩師の娘は妹同然の存在である。二人は共通の女性を軸に絆を結ぶ、義兄妹のような関係にある。
10も歳が離れていながら互いに気負う様子なく、軽やかに話合えるのはその為だ。
「最近、変わったことはない?」
「各地に出没し、災禍を振り撒く異形の大厄か。その根源は未だ行方が掴めぬと聞く」
「そちらでも分からないのね」
表情筋の動かないフオウからの答えに、マフユは一瞬の思案顔を作った。
この時期に自ら兄弟子へ会いに来たなら、流石に言わんとすることは読めるだろう。なにせフオウは単純な神父でなく、退魔組織に連なる複数勢力の一派として大きな影響力を持つ武装教会所属者だ。理に反する害悪を異端として殲滅する活動部隊、その中でも上位に食い込む戦闘神父である。
教会内でも一定以上の地位にいる彼は、今回の事件について大凡の概要を得ていた。発生規模と被害件数の観点から各派閥が協力体制を作り、緊密な情報交換を行っている。即応体制の確立が求められている故に。
「大掛かりな警戒監視網を張っているが、依然として事件根源の全容は知れん。都市が広いとはいえ、ここまで網にかからないのは異常だな」
「上手く姿を隠しているか、監視の目をすり抜ける特別な力があるのか。そんなところかしら」
「異形の出現地点に関連や類似性はみられない。場当たり的な犯行としか思えんが、隠匿術の巧みさには計画的な気配もある。未だ謎が多い」
顎に手を当て、フオウは厳つい顔に思案の色を刷いた。
正体不明の相手に対し、手をこまねいている間にも被害は増え続けている。
厳しい状況への懊悩が、眉間に寄せられる皺の深さから見て取れた。
「市長から依頼を請けたわ。事件の首謀者を排除しろと」
「あの御仁は生前のミハル師匠を重用していたからな。精霊使いの実力を買っていた。娘のお前に目を付けるのも当然か」
「そうみたいね。母様を何度もスカウトしていたらしいし」
「やり手ではあるし才知に優れ、都市の円滑な運営維持を長年担っている実績も正当な傑物だ。しかし清廉潔白な人間ではない。政治の世界に暗闘はつきものとしても、古くから陰の竜虎闘争を潜り抜けてきた辣腕家。裏表のある男だ、距離を置いておいたほうが無難だぞ」
「危険な人物?」
「秩序を重んじる姿勢は信頼できるが、敵には極力回したくない御仁だな。退魔畑の出身者でこちら側にも理解があり、様々な勢力と独自のパイプを築いている。彼が市長に収まっているからこそ退魔組織は動きやすく、連携も恙なく結べている。ただし一強主義的なところが目立つ」
「ふぅん。まぁ、それはいい。今日会いに来た用件は別だから」
自分が問うた答えに然したる関心もなく、マフユは話題を切り替えた。
迂遠な物言いをスッパリ断つ駆け引きのなさに、フオウは彼女らしさを感じつ頷き返す。
「聞こう」
「昨夜、私も問題の異形と戦った。最終的に勝ちはしたけど、かなり苦戦したわ。予想以上の難敵だった」
「本来は治安部隊や退魔師が複数人で対処へ動き、少なくない負傷者を出しながらようやく鎮圧できる手合いだぞ。精霊がいるとはいえ、それを一人で倒してしまうとはな」
「サユキくんにも手伝ってもらったから、一人じゃないけど」
「ふむ、彼とは仲良くやれているようで安心した。尤も、霊子力吸いの呪法で縛るのはいただけんが」
「本人は了承済みよ」
ヤマトネ・サユキの姿、特に常日頃から嵌められている首輪の存在を思い浮かべ、フオウは難しい渋面を覗かせた。
自身がマフユへと紹介した相手で、二人がその後も友人として関係しているのは喜ばしくある。マフユは他人との交流を必要最低限に抑え、あまり関わろうとしない性分であるから尚更に。
けれどサユキを自分の力のために縛り付け、連れ回すようになるとは思っていなかった。マフユの他者対応へ及ぶ緩急には時折ギョッとさせられる。
当人同士で納得しているなら、口喧しくする必要はないと考えているものの。年長者として若者の健全な歩みを是正すべく、煙たがられようと物申しておくべきかと悩まないではない。
サユキ自身が苦悩しているふうでもなく、寧ろ誰かに自分の存在を求められることへ嬉々《きき》としているため、様子見とはしているが。




