第70話:狂える黒牙⑦
「なに?」
「マカベさんの戦いを見ていて気になったんだ。防御をあんまり意識してないよね」
「ボーギョだぁ? 何言ってやがる、戦いってのは相手がブッ潰れるまで殴りまくりゃ勝てんだよ」
「マカベさんは敵の攻撃に対して精霊の武器と自身の技量で捌いてるでしょ。対処できてるうちはいいけど、さっきみたいに手数や速度で上回られると防ぎきれなくなって、どうしても傷を負ってしまう。これってどう考えても危ないじゃないか」
「確かにそうねぇ。遠距離から攻めてる分にはいいけど、近接戦闘で圧倒されると怪我しちゃうわ」
チアキは頬に片手をあてがいつつ、マフユの腹部へと目を向けた。
異形による強烈な一撃を受けた箇所は出血こそ止まっているが、痛々しい爪痕が刻まれたまま。
ゆっくり回復しているとはいえ、ダメージの深さから治りきるのは最も遅くなるだろう。
「ワタシの触手で盾の代わりが出来なくもないですが、アレは死者の魂を固めたもの。攻撃時は弾丸としても消費しますから、使うほどに強度を失ってしまいます。これでは充分な守りとは言えませんね」
「アタシも機動力の補助はできるけど、いざ防御専門となると、あんまり自信ないのよねぇ。ポメちゃんは力が戻りきってないし、シュウカちゃんは攻め一辺倒で他はなーんにもできないし」
「ぽめ~」
「うるせぇ!」
「そもそもマカベさんが着てるのは、学校の制服だよね? ただの普通の」
「ええ。他に適当な服を持ってないもの」
「怪異に対して何の防御効果もない服で戦ってたら、いつか本当に死んじゃうよ!? 最低限、霊子力の込められたものを着なきゃだから!」
サユキは声を大にして訴えるが、マフユ自身はいまいちピンときていない。そんな顔だ。
今までなまじ着の身着のままで勝ててしまっているため、防御性能に対しての重要度が彼女の中では低い。
先頃シュウカが述べた通り、パワーで押し切り撃滅する強攻策、攻撃こそ最大の防御戦法で生きてきた弊害である。
「そこで僕はマカベさんの防御面を改善するべく、霊衣を用意するつもりなんだ。霊子力の付与されている特別な着衣なら、怪異の攻撃を受けても簡単には破れない。傷を抑えられるし、体力の消耗も減るから、更に戦いやすく生き延びやすくなる筈だよ」
「そういえば昔、フオウがなにか服をくれたわね。アレが霊衣だったのかしら」
「あぁ~、あったわねぇ。貞淑なシスター服だわ。マフユちゃんに似合ってはいたけど、ちょっとカッチリしすぎて戦いには向かなかったヤツよ」
「動きにきぃからってよぉ、あっちこっち切ったり破ったりしてたんだよな。ようやくイイ感じになったかと思ったら、戦いん出てすぐダメになっちまった。スメラギのヤローが不良品掴ませやがったんだぜ」
「いやいやいや、専門知識のない人が勝手に霊衣を弄っちゃダメだからね!? 綿密な霊子力の結合で成り立ってる服だから、変にほころばすと効力が大幅に減退しちゃうんだよ。スメラギ神父がくれた物なら武装教会派の高水準品なんだから」
「無知とは恐ろしいものですね。あぁいえ、先輩がたをあげつらったのではなく、世間一般的な話としてですよ。ククク」
「ぽめめめん」
何食わぬ顔で言ってのけるマフユと精霊達に、サユキは眩暈へ近い感覚に襲われた。
尊敬するスメラギ・フオウの提供品を既に受け取っておきながら、自分達の手で台無しにしたという事実。これだけで精霊使いと契約精霊の感性が、一般的な退魔師からズレていることが窺え衝撃を隠せない。
間違いなくフオウは苦言を呈した筈だが、彼女等はそれさえ然して気に留めなかったのだろう。天恵の才を頂く者の特異性は、余人に計り知れないことを少年は痛感していた。
「と、とにかく、マカベさんの守りに適した霊衣へ一つ心当たりがあるから。それがあればこれからの戦いでも、きっと助けになるよ。準備に少し時間がいるけど」
「身を護ることは、今まで特に考えてこなかった。そういう形でも強さに繋がるなら、お願いする」
「うん、任せて。ただ今度は勝手に壊さないでね?」
「動く時に邪魔じゃなければ」
「ウフフ、マフユちゃんのために甲斐甲斐しく働いてくれるじゃないの」
「マカベさんは僕を必要としてくれる人だからね。マカベさんにもしものことがあったら、僕はまた誰にも求められない無価値な人間へ戻ってしまう。僕はそれが怖いんだ。だからマカベさんにはずっと元気でいて、僕を必要とし続けてもらいたい。そのために出来るだけのサポートをしなくちゃいられないんだよ」
偽りのない本心の吐露は、自分のために他人を気遣うという自己本位を晒す。
多くの者はその論拠に眉を寄せるかもしれない。無私で他者に奉仕することこそ尊いという綺麗事が、世間大勢は大好きだからだ。
しかし己しか尊重しない精霊や、復讐心に囚われ唯我独尊を貫くマフユにとって、その思考は近しく是とする在り方。反感も抵抗もまるでなく、当然として受け入れられた。
彼女達のサユキを見る目は、結局のところ変わらない。
「なら役に立ってみせて」
「期待に副えるよう頑張る」
「後輩君、忠犬仲間同士で仲良くしてあげてくださいね」
「ぽめぽめ~め」
「あと、私のことはマフユでいいわよ」
「え!?」
「苗字で呼ばれるの、慣れないから」
「いや、でも、女の子を名前で呼ぶのは、僕も慣れてないというか、抵抗があるというか」
「私は気にしないけど」
「う、あ、うぅ、なら、ま、マフユ、さん」
「……」
「マフユ、ちゃん」
「もおそれでいいわ。サユキ『くん』」
「あ、あはは」
頬を朱色に染めて、サユキは照れ臭そうに頭を掻く。
その様子をマフユは興味無さげに見詰めていた。




