第69話:狂える黒牙⑥
「マカベさん、しっかり!」
後ろから駆けてきたサユキが、マフユを支える。
脇の下から手を差し入れて肩へ回し、抱えるようにして少女の体を引っ張った。
頭部を失ってもまだ動く異形の傍から、少しでも距離を取るために後退していく。
サユキは攻撃手段を持っていないので、戦闘時は離れているようマフユから事前に申し渡されていたが。彼女の窮地に居ても立ってもいられなくなり、精霊達が対処している間に救援へ動いたのだ。
「どうして……」
「この状況でマカベさんを放っておけるわけないよ」
「ぽめ!」
サユキの頭からマフユの頭に飛び移り、精霊ポメが多毛毛玉を震わせ始めた。
ポメの体が柔らかな緑光を帯び、それが少女の全身へと広がっていく。
すると傷口からの出血量が少しずつ減っていき、彼女を蝕む激痛も和らいだ。
ポメが司る大地の力で、生命を育む癒しの加護を与えていた。サユキから送られた霊子力が、マフユの中で彼女自身の霊子力と融け合い、供給バイパスを通り契約精霊へと流れ込む。それが治癒の輝きへと昇華され、マフユを緩やかに回復していった。
未だ全盛に及ばず、使える権能の出力も低い。それ故に即時の完全回復とはいかないのが、ポメとしても悔やまれるところ。
「大丈夫、マシになった」
短く告げて、マフユは自分の足で立ち上がった。
咄嗟に介助しようとするサユキを視線で制し、それ以上は手を出させない。
「マカベさん、無茶はダメだよ」
「ぽめ~」
「私は傷の治りが早いから問題ない。もう下がっていて」
心配そうな表情を浮かべるサユキとポメに、マフユは顔色を悪くしたままながら言い渡した。
反論は許さないと背中を向け、意識の範疇を正面の怪物へ定め直す。
口周りを汚した吐血の痕を、右義手の甲で乱暴に拭う。新たに吐き出される血は止まり、随所の傷口は既に塞がり始めていた。
ドクター・アラハバキの作ったナノマシンが肉体の賦活作用を強力に増進し、ポメの持続回復も合わさって、常人を遥かに凌ぐ速度で再生が行われている。
精霊達が個々に力を浴びせ、なんとか抑え付けている異形へと、マフユは一歩二歩と自ら近付いた。
相手の胴体へ狙いを澄まし、浅く長く呼吸しながら拳を固め、一点見据え構えを作る。
「今度こそ終わりにする」
両脚で地を踏み締め、腰を回し、肩の捻りを上乗せ、全身の瞬発力を一拳に込めて、マフユは左腕を繰り出した。
放った拳打は漆黒の胴へと激突し、その瞬間、体内で練り上げられていた霊子力が爆発する。
解き放たれたエネルギーが腕を伝い敵体へ流れ込み、その内側にて強烈な打撃力を発散。瞬時に膨張して猛動し、内側から異形の躯体を絶壊させた。
残っていた最後の力を余さず滅ぼされ、漆黒の身体は大きく傾ぐ。そのまま仰向けに路上へと倒れ込み、転倒するまでの間で肉体は霞のように消え果てていった。
その肉体から分離した全ても等しく同じ末路を辿る。後には異形によって破壊された区画の損傷が点々と見られるばかり。
マフユが使ったのは、かつて時計塔の戦いでセイギの触手に絡め捕られた際、口に詰められた触手を咬み千切った技の応用である。内在する霊子力により明確な指向性を与え、対象の内部で破壊力へ転換する切り札だ。
元はスメラギ・フオウから有事の隠し玉として教わったもの。マフユの中では未完に等しい状態だが、追い詰めて疲弊させ、最後の悪足掻きを始めた異形に対しては有効だった。
「ふぅ~、随分とハラハラさせられたけど、なんとかなったわねぇ。マフユちゃん、体の調子はどうかしら?」
「少しずつ楽になってる」
風が渦巻き結集し、実体化した精霊チアキがマフユを眺める。
本人は気丈に振る舞っているが、顔には血の気が薄く、消耗していることが一目で分かった。
着衣もあちこちが破れていて、血と埃に汚れ、戦いの激しさを教える。
そんな彼女達の後ろでは、炎から実体化したシュウカが八重歯を覗かせ笑っていた。
「毛玉もヤマトネも、なかなかイイ仕事したじゃねぇか。この調子で、これからもしっかりマフユの役に立てよ!」
「は、はぁ。どうも」
「ぽめめ」
「しかしこのレベルの手駒を用意できるとなれば、今後はより実践的な対策が必要になりますね。二体三体とまとめて襲い掛かられては、たまったものじゃありません」
闇の粒子が躍り膨れて実体を作り、姿を現したセイギは戦場の有り様に嘆息する。
勝ちこそしたが綱渡りに近く、今後も同様の結果が拾えるかは疑問だった。
それは全員に一致する見解で、特にマフユ自身が痛烈に実感している。
「更なる力が必要ね」
「だけどよぉ、市長のジーサンに頼んでる精霊の情報はまだないんだろ。他にどうすんだ?」
「あら、フオウちゃんに頼ればいいじゃないの。だってあの子、マフユちゃんのお母様の弟子だったんでしょ。稀代の精霊使いから譲り受けた教えを、今度はマフユちゃんが貰えばいいのよ」
「そうね。改めてフオウから母様の戦い方を習ってみましょう」
「それについて僕にも意見があるんだけど」
おずおずとしながら、けれど引き下がる気のない意思を載せて、サユキが口を開いた。
途端に一同の視線が集まる。
マフユの目は無感動。チアキは興味深そうに。シュウカはメンチを切り、セイギは糸目なので感情が読めない。ポメはつぶらな瞳をキラキラさせていた。




