第67話:狂える黒牙④
「助かる」
後方からの援護で間隙が生まれた。マフユはこの一間に呼吸を整え、両手に握る武器の柄頭を叩き合わせる。
金鎌と赤剣の最後尾を右腕一本で握り、空いた左手を敵へ差し向けた。
すると闇の粒子が集って渦巻き、上下二門に割れた銃口が特徴的なロングバレルライフルが実体化する。
「ようやく出来た後輩に、見所を持っていかれてはたまりません」
ニヤけ面を幻視させるセイギの声調。緊迫感ない物言いの下、マフユがトリガーを引いた。
本体部より突出したバレルの双銃口が赤く明滅し、死魂を凝縮した成型炸薬内蔵弾体が解き放たれる。
撃ち出された強弾はサユキの縛糸に抑えられた異形の節脚へと襲い掛かり、射線上に並ぶ個々を容赦なく貫き散らした。
鋼板さえ抜いてしまうパワーの前に異形の突起は成す術などない。発射音が夜気を震わせ、魔性の殻部を死の弾体が食い破る。
「アタシたちも行くわよ」
「上等だオラ!」
風と炎の精霊が奮起するのへ合わせ、マフユが右腕を振り払った。
大鎌と燃剣が互いに逆側へ閃かす斬迅により、拘束される節脚が次々と切断されていく。
サユキの妨害で即座に動けない突起群は、数こそ多いがただの的へ等しく、鋭利な鎌刃と焼ける剣身に狩り飛ばされた。
分断されたそれらは宙へ舞い飛び、瞬く間に崩れて欠片も残さない。
切り裂いて、焼き焦がし、薙ぎ屠り、燃え壊す。一度は幾つか突破されたものの、仲間の助けで反撃に転じ、状況は優勢に傾いてくる。
先に受けた傷口からは鮮血が滲み、体のあちこちを汚していた。それでもマフユは怯みを抱かず、凛然と応じ続ける。
「マフユちゃん気をつけて。何か仕掛けてくるつもりよ」
チアキの指摘に、マフユの直感が呼応。本能が危険を感知し、肉体へ深追い禁止の制動を掛けた。
多くを破断された蠢く突起物が動きを止め、残る全てが潮引くように異形本体の方へと戻っていく。
しかし少女が注視したのはそちらでなく、怪物に残っている左腕だ。
漆黒の長腕が、見る間に盛り上がり出す。内側で筋肉が膨張でもしたかのように、生物の構造を無視して左腕だけが激烈な変異を遂げ始めた。
肉が張り、数倍に膨れ、大量の血管を浮かせ、片腕は異様な発達を見せる。
「どういう体してんだこのバケモン! デタラメにも程があんだろ。本当に元人間かよ」
シュウカの荒々しい怒号が震える中、それをマフユが認めた時にはもう、異形は路面を蹴り飛ばして再接近へと乗り出した。
初速からトップスピードに入り、一歩ごとに路上を瓦解させて硬材を噴き散らす。あっと言う間に両者の距離は潰され、彼女の眼前には漆黒の異容が聳え立つ。
研ぎ澄まされた五感と卓越した危機感知能力、研鑽を積んで得た身体能力を総動員し、マフユは迅速に後退を図った。
自重を少しでも軽くするため咄嗟に両手の精霊武器を打ち消し、大きく後ろへバックステップを踏む。半瞬遅れ、異形の左腕が少女の立ち位置を掻き裂いた。
規格外に張り詰めた豪腕が唸りを上げ、マフユの鼻先を駆け抜ける。
生まれた風圧は強大。直接触れていないのに路面の表層体が捲れ上がり、剥がれ飛ぶ。少女の顔にも鼻を中心として、真横へ上下三本の浅い爪傷が走った。皮膚が薄く裂け、血の雫が虚空へ舞う。
標的を逸した異形の腕は弧状に巡って己側へと帰り、マフユは三歩分を下がった位置に着地した。
拭い難い痛みが全身を這い、戦慄が背筋を抜ける。されど敵愾心は倍して燃え上がり、長年抱いてきた闘争意欲がアドレナリンの過剰製出を促す。
「我が主君、奴の狙いは今の一撃ではありません。どうやらこちらが本番らしい」
「え?」
セイギの含み笑いが耳朶を打ち、マフユは目を瞬いた。
直後。異形左腕の甲から前腕、二の腕、全体から微細な突起が生え出す。それらは間髪入れずに炸裂し、一挙にマフユの全身へ飛び掛かった。
目を剥く少女は咄嗟に右腕で顔を庇い、半瞬後には異形から放たれた物体が彼女の体を容赦なく撃ち射す。
それらは黒い弾殻だ。一つ一つが硬皮に覆われた、鉛筆程度の太さと長さ。異形が体液を凝固させ、体内物質で固めて作った近接射出用武装。
最初から作り方を知っていたのではなく、最初にマフユから受けた銃撃で飛来物攻撃の概念を学んだのである。頭でではない。肉体が、戦闘獣としての本能が、より戦え、より殺せる遣り方を学習し、自らを変造する。
巨大な邪悪に生み出された怪物達は、短い命であるにも関わらず戦闘の最中で成長する。己を増強する。瞬間に自身を燃え上がらせ、容易く燃え尽きてしまうというに。
否、だからこそ濃縮された時間の中で、急激な、それこそ進化と呼べるほどの変容を遂げるのか。
「おいマフユ、無事か!?」
シュウカの荒声が呼ぶ。自分の名を認識し、マフユは奥歯を噛み締めた。
繰り出された異形からの弾丸攻撃は、彼女の四肢のみならず胴体や腹部へ食い込んでいる。何十本もの小弾が着衣を破って皮膚に達し、これも通して内部に突き刺さった。
幸いにして顔は無事だったが、全身万遍なく鈍痛が渡り、思考がまとまらぬ程に意識を焼く。
先に受けた傷以上のダメージを負い、負傷部からはボタボタと灼熱感を伴う血液が流れ落ちた。
そして少女の惨状を気に留める異形ではない。怪物は口角を限界まで押し開き、歓喜にも等しい咆哮を伴って跳び掛かる。
躱す暇もありはしない。魔性の大顎が真上から被さり、彼女の頭を喰らおうと降ってきた。




