第63話:市長からの依頼③
「なるほど。魔物とは一線を画すようね。連中はアレでも最低限、自己の生存だけは維持する機能を持ってる。だけどこいつらは、それが全くない。違和感の正体はこれだわ」
得心顔でマフユは更に情報の羅列へ視線を這わせる。その最中、不意に奇妙な既視感を覚えた。
何かが引っ掛かる。不思議に思いながら、もう一度最初から書類を読み直す。それから今度は行方不明者のリストを見直した。
そこで彼女は一つの事実に気付く。
「これは、行方不明者の数と異形の騒動数が同じ。それに不明者の最終目撃時刻と場所、異形の出現時刻と場所が変に近い」
「その通りだ。ある程度の誤差はあるが、全ての事例が時刻と場所に於いて一定範囲内に収まっている。これだけの事件が特定域のズレなくほぼ正確に連動しているのは、統計学的にも無視の出来ない数字だろう。無関係だと考える方が難しい、そう思わんかね?」
ケガン市長は深々と息を吐き、椅子の背凭れに身を預けた。
老齢の権威者は瞼を閉じ、上方へ顔を向ける。
「つまり異形は全て、行方不明者の成れの果てということなのね」
「残念ながら、その可能性が最も高い。我々が必死に情報操作している意図を分かってくれたかな? こんな事が市民に知られれば、大変な騒ぎになる。未知の病原菌が蔓延しているようなものだ。明日は我が身かもしれぬ。それなのに治療法はない。満足な対処も出来ない。恐怖は容易く人々を伝播し、ささいな切っ掛けでパニックを引き起こす。そうなればどうなる。都市は数時間を経ず、地獄に変わるだろう」
ケガン市長の暗澹とした声を聞きながら、マフユは書類から顔を上げた。
敵の目的は判然としないが、悪辣な手段を用いているのは間違いない。市民を怪物に変えて使役できるなら、兵数を削っても意味は薄いだろう。
こちら側だけに一方的な負担と疲弊を強いる手法は陰惨で、底知れぬ害意へ満ちている。邪悪な意思が覗き、そこへ母を奪った兇魔の影がよぎって見えた。
反射的にマフユの両手が拳を握り固める。少女の感情へ呼応するように、右腕の義手が低く駆動音を唸らせた。
「この調子で事件の発生頻度が加速していけば、隠しきることは難しくなる。更に都市外へ波及するようなこととなれば、いよいよ手の施しようが無くなるだろう。放っておけば自然消滅するような話とも思えん。小規模な段階で確実に叩き、解決まで持っていく必要があるのだ」
ケガン市長は目を開けて、正面に立つマフユを見やる。
未だ衰えを知らない気概溢れる眼光が力強く瞬いて、孫ほども歳の離れた少女を映した。
「マフユ君。君に依頼したいのは、この事件の首謀者を見付け出して始末することだ。生け捕ろうなどと考える必要はない。どんな手段を使っても構わんから捜し当て、排除したまえ。誰がなんの目的でこんな事をしたかは知れん。背後関係の洗い出しもしたいところではあるが、この悪意ある存在を野放しにしておけば、被害は増える一方だ。見逃すことは絶対に出来ない。君の実力を見込んで頼みたい」
「ええ、分かったわ。この仕事を請けましょう」
マフユは間を置かず頷き返し、言葉少なくも決然と言い放った。
覚悟と闘志の燃える瞳には、まだ見ぬ敵への滅意と、翳りない復讐の意志が照り灯る。
少女は両拳を改めて握り込み、保持する気配を急速に引き締めていく。
「そうか、引き請けてくれるか。感謝するよ。難しい仕事になるだろう、必要な物があったら言ってくれ。できうる限りバックアップさせてもらう。報酬についてだが、希望する金額を提示してくれれば検討しよう」
「お金はいらない。その代わり情報が欲しい。精霊についての情報が」
「精霊の情報か。なるほど、精霊使いらしい要求だな」
「精霊と契約すれば、それだけ私の力も強まる。事件の首謀者を止めるためにも役立つわ。誰にも損はない」
「うむ、確かにその通りだ。しかしながら、法外な金額を求められるよりも難題だな。君も知ってのとおり、精霊はそうおいそれと見付けられるものではない。彼等は思考も活動圏も我々と乖離しているのが常。ましてや自然の気が希薄な都市の中にあっては尚更な」
「けれど市長ともなれば、目も耳も私個人より遥かに広く深く届くでしょ。精霊の力が私には必要なのよ」
「そうだな、バックアップは惜しまないと言った手前、無理ですとはいくまい。分かった、なんとか探してみよう。情報が得られ次第、連絡させてもらう」
一瞬の思案顔を覗かせた後、ケガン市長はしっかりと顎を引いた。
求めるものの了解を取り付けたマフユは、最後にと告げて一つの疑問を口にする。
「この異形に変えられた人達は、元に戻れるの?」
「残念ながら現時点では不可能だ。死体はただちに消えてしまうし、どのような影響を受けて変異しているのかも不明だからな。何か大きな力で無理矢理生体情報を書き換えられているようで、科学的・霊術的措置を一切受け付けない。被害者は武力に因って殺されるか、力を使い果たして自滅するか。二つに一つだよ」
「そう」
「下手な同情から手心を加えないようにな。被害者は死んだものと割り切りたまえ。躊躇すれば返り討ちに遭うぞ」
与えられた言葉に小さく頷いて、マフユは踵を返した。
そのまま来た道を戻り、部屋の出口へと歩いていく。
ケガン市長に向けられた背中は、歴戦の猛者然とした頼もしさに満ちたものだ。
数多くの修羅場を潜り抜けてきた故の雰囲気に、彼は亡きマカベ・ミハルの姿を重ね見る。




