第62話:市長からの依頼②
「初めてミハル君に会ったのは、彼女が今の君よりもう少し若い時分だった。その頃から優秀な精霊使いとして名を馳せていたよ。マフユ君、君もその若さで大層腕が立つそうじゃないか。退魔組織が抱える幾つもの案件を速やかに処理していると。私の耳にも数々の活躍は届いている。血は争えんということだな」
ケガン市長はマフユへ語り掛け、山積みされた書類の中から一枚を抜き取った。
微細な文字が刻まれる紙面を、再び老眼鏡越しに眺め、素早く読み通していく。
「さて、もっと思い出話に花を咲かせたいところだが、それはまた別の機会にするとしよう。早速だが、君を呼んだ用件について話したい」
「ええ、かまわない。こちらもそのつもりだから」
「結構だ。話が早くて助かる。まずはこれを確認してみてくれ」
目を開けて真っ直ぐ見てくるマフユへ応じ、ケガン市長は掴んだ書類を差し出した。
机上の上から送られてくる紙を、若き精霊使いは腕を伸ばして受け取る。自分の前へ引き寄せてから視線を落とし、記された文字列を読み始めた。
そこにはここ最近、都市で頻発している行方不明事件について詳細な報告が書かれている。
行方不明者の氏名や年齢を始め、住所や職場、家族構成から交友関係、簡単な略歴と最後に目撃された時間と場所が綴ってあった。
ざっと見る限りでは被害者に共通点はなく、老若男女を問わず無差別に起きている。場所も繁華街、住宅地、工場地帯、公共施設など不規則に発生しているようだ。
この行方不明事件、現代の神隠しとして噂になっている事はマフユも知っている。彼女が通う高等学校の生徒や縁者にも被害が出ており、生徒間で様々な憶測が飛び交っていた。
先日契約した地礫の精霊ポメも何者かに襲われたとのことで、事件との関連性が疑われる。
「それは都市商工会や警察局、ある種の諜報機関などが集めた情報だ。全国での年内行方不明者は8万人にのぼる。それ自体は珍しいわけではない。しかし一都市に限定され、短期にこれだけの行方不明者が出るのは明らかに異常だよ」
「この手の話しは私も聞いているわ。だけど行方不明者の捜索は個人より、組織力を持つそちらの方が得意だと思うけれど」
書類に記載された文章を速読していき、マフユはケガン市長へと視線を戻した。
山羊似の老人は机の上で指を組み、難しい表情で見詰め返す。
「いや、君に捜して欲しいのは消えた人々ではない」
「どういうこと?」
「これから話すことは市民の混乱を避けるため、公にされていないものだ。8人委員会が都市の各行政機関と合意の下で情報統制を行い、一般には伏せているものでね。これを聞いた時点で君にも守秘義務が生じる。こちらからの依頼を受ける受けないに関わらず」
「分かったわ。聞かせて」
「実は行方不明者について、大体の見当はついている」
話しながらケガン市長は更にもう一枚の書類を手に取り、マフユへと渡した。
これを覗いた彼女が最初に目を引いたのは、添付されていた数枚の写真だ。そこには奇怪な形状の怪物、異形と評する他にない存在が写されている。
「この写真は、魔物?」
「やはり、そう見るかね。こちら側の専門家も概ね同じ意見だ。既存の生物とは明らかに違う。世界には数多の生命体が存在しているが、このような進化の系譜から逸脱したような怪生物は存在しない。彼等の形態は生存のそれを目的にしているのではなく、目先の狩猟行動に秀でた酷く歪なものだと、有識者達は分析した」
「つまり種を繋ぎ存続していく為の命ではなく、一時の災厄にだけ突出した存在? 確かにその在り方は魔物らしいけど……それにしては、なんだか目的意識が明確だわ。変な感じね、釈然としない」
誰にともなく呟いて、マフユは写真の下へ記述される文面を追った。
目撃時刻と場所、どのような行動を取り、どれだけの被害を出したか。そして怪物達がどうなったのか。それらについて事細かに記されている。
怪物達は様々な場所に現れて無差別に暴れ回ったらしいが、その多くが8人委員会麾下の治安部隊によって撃退されていた。ただし一匹の怪物相手に、出動した隊員は少なからざる被害を受けている。
また、その場で撃滅しきれなかったモノは逃走を図るも、追撃隊に追われる最中、例外なく絶命しているらしい。彼等に攻撃されて倒されたのではなく、突然苦しみだしてもがいた後、自壊して皮膚や体液の欠片も残さず消滅したとのこと。
これらの事実から、怪物に関する考察が書かれている。
この異形達は極めて高い身体能力を持ち、闘争本能に溢れる危険な種であるが、反面的に寿命は極端に短いようだ。恐らく本来持ち得る全ての力、治癒力や生命力を戦闘力一点に昇華させ揮っており、それを使い切ることで死に至る。
背水の陣どころではない。己の全てを破壊へ捧げ、命と引き換えに短時間だけ強大な力を振り回すモノ。
そんな無茶苦茶な存在が正常な生物である筈がなく、また自然発生的に生まれ出るわけもない。よってこれらは第三者が意図的に創り出した可能性が高いと、そう結ばれる。




