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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
異形事件開幕編
61/133

第61話:市長からの依頼①

 斜に射し込む陽光は、等間隔に配された柱の間を抜けてくる。

 壁というものは持たず、同じ格調の支柱によって両側を構えられた吹きさらしの道。春日の暖線が落ちる其処は、中空で東西の棟を繋ぐ回廊だった。

 白い構造材によって設けられた床と天井、そして柱は、その建物全体に於いて共通していること。多くの人々を収容して機能する大型建築物は、例外なく同様の材質で造り込まれている。

 回廊を渡る最中、障害物のない高所からの眺めで、外界を一望する事が出来た。北側に見えるのは、東西館に挟まれる形で設置された中庭だ。

 南側からは広大な敷地と、地続きの林が望める。中庭の中央には優美な女神像が立ち、これを柱とした噴水が清らかな地下水を汲み上げては湛えていた。

 揺れる水面は透き通っているので、水の受け皿の底部までを完全に覗けるほど。

 緑も豊かな中庭には、昼時ともなれば多くの人々が遣って来る。昼食を取ろうとする者や、友人と談笑に訪れる者など様々に。あちこちではオープンカフェのような円卓や掛け椅子が置かれ、休憩所としても活躍している。尤も、今は人影を見付けられないが。

 時刻は午後を少し割り、太陽も頂点部から傾き始めた頃合だ。西日の光が直接通る廊下に、中心道を真っ直ぐ進む少女の姿があった。背にしているのは西館で、向かっているのは東館。

 首筋に届く桃色髪を揺らし、マカベ・マフユは迷いなく通廊を踏む。

 意志の強さが一目で知れる麗貌は、相変わらず凛烈にして清澄である。切っ先の如き鋭利な近寄り難さは、依然として揺らいでいない。

 復讐に人生を懸けてきた、その熱意を鎮めぬまま胸の内へ宿し続けて。

 今日の装いは白いワイシャツと緑のリボン。その上から紺地に紅いラインの入ったブレザーを着て、上着と同色をした膝上丈のプリーツスカートを穿いている。

 着衣の裾を揺らし、規則的な歩幅でしばらく回廊を進むと、通路の終わりへ突き当たった。

 白塗りの壁が閉ざす袋小路に、堅牢そうな扉が一つ設けられている。

 マフユは閉ざされた扉に手を伸ばし、遠慮なくノックした。

 すると間をあけず、奥からしわがれた声が返ってくる。


「入りたまえ」


 老齢の男声が、静かに入室の許可を下した。これへ従い、マフユはノブを握りゆっくり回す。鍵は掛かっていない。

 力を加えて奥に押すと、扉は微かな音を立てて開かれた。開放された内外の境を通って、少女は室内に踏み込んでいく。

 その先にあったのは広い空間。天井は高く、四方の壁は遠い。床には赤い絨毯が敷かれ、東西の壁面には膨大な蔵書で埋め尽くされた本棚が嵌め込まれている。

 入り口から真っ直ぐ正面へ位置付く部屋の中心には、高級感溢れる黒檀の机が鎮座した。机上には書類の束が幾つも積み上げられ、羽根ペンとインクが据え置かれる。


「わざわざ呼びたててすなかったな。よく来てくれた、マカベ・マフユ君。もっとこちらへ来てくれるかな」


 先程の声が、机の後ろから聞こえてきた。見れば背の高い椅子があり、其処へ一人の老人が腰掛けている。

 既に80歳を越えているだろうか。面長で皺だらけの顔は、どことなく山羊のようにも見えた。

 髪は豊かだが完全に色素が抜け、まごうことなき白髪である。

 黒と金糸で編み上げられた上等なローブを羽織り、背を丸めたその人物は、老眼鏡の奥から入室者を見ていた。

 一見すると生も根も尽き果てた年寄りだが、しかし両瞳には未だ燦然さんぜんとした輝きがある。卓越した知性の光、明晰めいせき叡智えいちの煌き。

 それへ裏打ちされた強い存在感と厳かな迫力が、猫背の矮躯わいくへ充全に纏わされる。


「お初にお目にかかる。私はケガン・ジュウザブロウ。都市運営を担う行政機関『8人委員会』の筆頭を勤めている。ありていに言えば市長だな」

「マカベ・マフユ、です」

「ふむ、流石は親子だ。ミハル君に良く似ている」


 ケガン市長は老眼鏡を外し、皺だらけの顔へ更に皺を増して笑った。

 好々こうこうやしい面差しだが、厳格な雰囲気は揺らがない。

 長年に渡り備えてきた指導者としての在り方が、身に染み付いて離れないのだ。


「母様を知っている、のですか?」


 実母の名前にマフユが反応を示す。一歩前に出て、老人の顔を凝視する。

 臆する事無く自分を見てくる藍瞳へ対し、ケガン市長は口元を緩めて頷いた。


「楽にしてくれてかまわないよ。彼女も気安い調子で話していたものだ。いま君の立っている場所にミハル君は立ち、私からの依頼を色々と請けてくれていた」

「母様が此処で……」

「都市は大きく、数多くの人々が暮らす故に様々な事件事故が尽きない。その中には霊的事案も含まれ、これらは概して厄介なことになりやすい。物理的な対処が通用しないのだから尚更に。霊子力へ通じる退魔の特能に秀でる者は少数派、対処可能な人員の少なさがネックとなってきた。ミハル君は精霊使いだったが、精霊を使役できるというのは退魔権能者の中でもより稀有けう偉才いさいでね。随分と世話になったのだ。『魔祓まばらい天女』の名に恥じぬ活躍ぶり、今も昨日のことのように思い出せる」

「母様の異名」

「ああ、そうとも。フリーの仕事屋を辞め、委員会直轄の退魔守護職へ就いてくれんかと何度も持ち掛けたが、ミハル君には断られたよ。どんな厚遇も高給も、彼女を動かす事は出来なかった。いつも決まって言われたことがある」

「なんて?」

「一人でも多くの人を救いたいのだと。自分の力は弱き人々を助け、不浄な悪念から護る為にこそある。何者にも勝る大切なものができるまでは、戦える限り一つ所に縛られず、自由に動きたいとね」


 ケガン市長の話を聞きながら、マフユは目を閉じた。

 かつて母が望んだ生き様を、自分はなぞることが出来ていない。敵討ちの妄執に凝り固まり、全てを犠牲としながら戦ってきた。

 誰のためでもない、自分自身が抱く復讐心のためだけに。スメラギ・フオウにも咎められたが、しかし進む道を変えるつもりは皆無だ。

 マフユにとって善悪も成否も関係のない話。やるべきこと、やらねばおれぬことを、やりきるのみである。

 その意思が母と違っていることに、少女の心は怯まない。

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