第57話:従属の隷結④
「ところで、この首輪はどうにかならない?」
サユキは首に出現した革っぽい枷を触りながら、マフユへと聞いた。
傍から見れば首輪を巻いて歩く男になってしまう。そういうファッションもあるのだろうが、残念ながらサユキの趣味ではない。
自分がカッコイイと思えない以上は、痛い装飾としか感じないため、見た目的な改善を図りたいのだ。
これに対して少女は顎へ手を当て、少しばかり思案の顔を作る。
「呪縛の圧が霊子力に反応して具現しているものですから、術が掛かっている限りは消すことができませんね。アナタ自身が他者の持ち物であり、繋がりがあることの証明というわけです」
マフユに代わって口を開いたのはセイギだった。
この呪いを提案した張本人だけはあり、饒舌に不可能だと教えてくる。
巻き込まれた者の困惑を愉しむようなニヤけ面で。
「うぅ、それじゃ我慢し続けるしかないのか。早く慣れるといいけど」
「ま、気にすんなよ。ケッコー似合ってるぜ。犬っぽくてよ」
「斬新な感じでイイんじゃない。新たな扉が開かれてよ」
落胆するサユキを余所に、シュウカとチアキは吹き出しそうになりながら囃し立ててきた。
精霊達は基本的にマフユ以外の扱いが粗雑だ。人間のように多方面を気遣うことはしない。
ただそれでも契約している主の役に立つ存在と認識しているため、少年へのイジリには彼等なりの愛着めいたものが乗せられる。
余人には些か理解し辛い感性による当たり方だったが。
「それでマフユちゃん。呪法の方は常時発動型って話だから、もう機能してる筈だけど。具合はどんな感じかしら?」
「そうね、少しずつ力が満ちていくのを感じる」
左手を握り、開きと、同じ動作を数回繰り返しつつ、マフユは霊子力の充足を意識していた。
劇的な変化でこそないが、じわじわと力が高まっていく。
サユキに内在する神秘の種火が、二人を結ぶ不可視のバイパスを通じ流れ続けた。
「僕は特別なにも感じないんだけど」
「そりゃテメェが鈍いだけだろ」
「霊子変動の知覚幅や感覚は、人それぞれですからねぇ」
物質に依らぬ霊的事象を知覚し、干渉するためのエネルギー素子が霊子力と呼ばれている。
これはあらゆる可能性を内包した神秘性そのものであり、動物植物を問わず生命体へ生まれながらに備わっているが、その大きさや、認識・制御する資質は個体差が激しい。
霊子力を操作できる者は霊的事象へ任意で影響可能となる。しかし当該能力を持つ者は生命全体から見ればかなり少ない。希少特性である。
「なんにせよ、これでマフユちゃんは二人分の霊子力を手に入れたこととなるわ。もう簡単には最低保有量を下回ることもないでしょう」
「現状に於ける我が主君からワタシ達への供給量と、ヤマトネ少年からの吸収量、彼の霊子力再生成時間の兼ね合いを見るに、少年の霊子力が先に尽きることはなさそうですからね。もっとも、両名が近くにいる場合へ限る話ではありますが」
「もっと一気にガッと吸えたりしねぇのか? 離れてても当分は困らねぇように吸い貯めしとく必要があんだろ」
「なら試してみましょう」
シュウカの提言に頷いたマフユが、左手をサユキに向けて差し出した。
意図が読めない少年はマフユの顔と手を交互に見やる。
「え? なに?」
「私たちの距離が近ければ効果がある。直接触れ合えば、もっと効率が上がるかもしれない」
マフユの答えに理解を得て、サユキもおずおずと手を伸ばす。
ほどなく二人は掌を触れさせ、握手をした。
サユキは少々照れ臭そうにしているが、それ以外に目立った変化はない。
対してマフユはピクリと片眉を動かす。
「さっきよりも力の流入を強く感じる」
「あら~、やっぱり接触するとより効果的なのねぇ」
「元の術体を色々と弄ってありますから、適用範囲の可分不可分は実地で調べていくよりありません」
「ならよ、もっとくっつきゃ効果倍増なんじゃねぇか!」
「え、ええー!? 皆さんはマカベさんの保護者みたいなものでしょ。不用意に男とベタベタさせるべきじゃないのでは!?」
「そうは言いましても。強くなるのは主の求め。欲するに従うは臣下の務めとしたもので」
「しょーもない男なら鼻の下垂らして喜んでる状況よ。それを思えばサユキちゃんの態度は誠実な部類だわね。これでマフユちゃんが良しとするなら、アタシたちが口出しすることでもないじゃない」
「精霊様がやれってんだ。オラ、さっさとひっつけ!」
狼狽えるサユキとは対照的に、精霊達の押しは強い。
この空間では常識的観念の方が異端まである。
でもだけどと、尚も反論を展開しようとするサユキだったが、それを封じるようにマフユの右手が素早く伸びた。
抵抗の暇も与えず首輪が掴まれ、一気に引き寄せられる。
義手の力に負けて前のめりに引っ張られたサユキの額へ、すかさずマフユの額がぶつけられた。
衝撃と次いですぐ眼前に端麗な少女の美貌が肉薄し、サユキの面上へ赤みが差す。密着する額同士が互いの体温を伝え合い、少年の顔全体も急激に熱くなっていく。
緊張やら興奮やらが綯い交ぜとなり硬直する彼に対して、マフユの表情は小揺ぎもしない。
無感動な面持ちで、真っ直ぐ琥珀色の瞳を覗いていた。
超至近距離で異性と肌を触れ合わせている事実に、僅かばかりの動揺もなく。男をまったく意識しておらず、極まった無頓着ぶりを明らかとする。
復讐と戦いばかりに日々を費やしてきた弊害で、人並みの羞恥心や情緒というものを育み損ねた結果だ。
あまりに無反応なため、一人ドギマギしているサユキは自分だけが不純すぎるのかと懸念を抱き、妙な罪悪感を覚える始末。
「力の流れがより大きくなった」
「お! 効果覿面かよ、こりゃ使える手だな」
「でもコレって、サユキちゃんの感情の昂ぶりが関係してる可能性もあるわよね」
「でしたら検証のため、もっと色々な接触を試みる必要がありそうですね」
「なるほど」
「いやいやちょっとマカベさん! なるほど、じゃないよ!?」




