第56話:従属の隷結③
「古い呪法でして『従属の隷結』と呼ばれています」
マフユが口を開くより先に、室内で闇の粒子が生まれて集い、黒装束の糸目男が現れ出た。
人の姿で実体化したセイギは、サユキに巻かれた首輪を眺め、満足そうに一つ頷く。
「どうやら上手く掛かったようですね」
意味が分からず目を白黒させている少年へ向かい、精霊は底意地悪く口の端を吊り上げた。
若者の戸惑いを楽しむように低く笑うと、室内にもかかわらずかぶっていた帽子を片手で押さえ、慇懃に腰を折る。
「全ては更なる力を求める我が主君のため。霊子力の消耗に抗する術を模索した結果、ワタシの知識から使えそうなものを献上させていただきました。それがこの『従属の隷結』です。かつては支配者が奴隷を縛り、生命を啜りながら、生殺与奪を握って酷使するために用いられた、呪われた縛鎖の秘術」
「呪い? 奴隷?」
「ええ、それはそれは強力な呪法ですよ。支配者は施した者から生命力を吸い上げ、自らの糧として、力と若さを保つことができました。しかも支配者が命じるだけで、何処に居ようと施された者は首を絞められ、容易に窒息死させられる。更に支配者が望めば、首と胴を分断させることさえも。これは文字通りに奴隷の首枷。嵌められたが最後、支配者に従い命吸われることを強要され、逆らうことは許されません。抵抗は死を意味しますからね」
「そ、そんな物が、僕に?」
「ああ、御安心ください。アナタに施された術は本来のものを大幅に簡略・弱体化させたアレンジバージョンで、命を奪うほどの強制力はありません。元来は施すのに複雑で面倒な儀式や、呪縛を馴染ませる膨大な時間という代償を以って、とりわけ大きな効力を得ていたのです。その殆どを削ぎ、効果を限定的に絞りましたから」
「効果って、霊子力?」
「その通り。今の『従属の隷結』は生命力を奪うことも、首を絞めつけることもできません。拘束力は皆無ですよ。作用はただ一つでして、施された者の霊子力を、支配者に譲渡すること。つまりアナタから我が主君へとね。一方通行で双方性はありません。それのみに特化させたものとなっています。ちなみにヤマトネ少年の霊子力が尽きたら、そこで吸収は一時停止します。生命力で代替させるようなことにはなりませんから」
セイギの説明を受けたサユキが、改めてマフユへと顔を向けた。
彼女は目を逸らすことなく、注がれた視線を受け止める。
苦悩や申し訳なさといった感情は、その面貌へ一切宿っていない。
「助けてくれる、そう言ったでしょ」
「確かに言ったよ。言ったけど、急にこんな……」
疑いのない眼差しで逆に真っ直ぐ見詰め返され、サユキは言葉を失った。
なにか言おうとして、しかし言葉がすぐには出てこない。
了承もなく不意打ちでされたことに驚愕はある。だからといって求めを拒絶する気持ち自体はない。
「サユキちゃん、貴方が選ばれた理由は幾つかあるの」
「一つはテメェが、ヤマト一族の血縁だってこった」
言い淀んでいる間に、室内へ風が吹き、炎が立ち、新たな精霊達が現れた。
スーツ姿で化粧の施された金髪美丈夫と、傷痕顔をした赤髪のヤンキー女。
「ヤマト一族は優れた霊子力を備えて生まれる血統よ。だから代々に渡り退魔の最鋭として活躍できたの。その特性たる豊かな霊子力が貴方にも引き継がれている。しかも出力が苦手で外に漏れ難いから、サユキちゃんが思っている以上に芳醇な霊子力が漲ってるのわ。だ・か・ら、それをマフユちゃんに分けてあげてほしいのよ」
「もう一つな、この術は首輪付きと飼い主が近くにいるほど効果が強いんだとよ。スメラギに掛ける案もあったが、アイツはそうそう自由が利く立場じゃねぇだろ。呼んでもすぐブッ飛んでくるとは思えねぇ。その点テメェなら暇してんだろ。化け物退治に行くときゃ、マフユの傍に控えてろや」
「諸々を考慮した結果、ヤマトネ少年が最も適任の人選であると結論付けました。人の役に立ちたいアナタと、外部の力添えを必要とする我が主君。互いの求めるところが一致していると思いますが?」
「うん、分かった。そういうことなら勿論協力するよ。僕の力が必要だと言ってくれるなら、喜んで。だけど最初に説明してくれればよかったのに。そうしたら素直に受け入れたさ」
精霊達の話を聞いて、落ち着きと納得を示したサユキ。
手助けすることに関しては、自身の望みでもあり受け入れた。
一方で事前説明なしの施術へ異論を飛ばす。
すると精霊達は互いに目配せを始め。最後にチアキが苦笑交じりにマフユの肩へ手を置いた。
「ごめんなさいねぇ。アタシ達もちゃんと話した方がいいって言ったんだけど。マフユちゃんは行動派だから、一人でサッサと呪法をかけちゃって。自分の目的達成が最優先で、人の気持ちとか考えない娘なのよ。悪く思わないでね」
「本気かどうか最初に聞いた。それ以上なにが必要?」
「いやいやいや、説明でもなんでもなかったからね!?」
寧ろお前の方こそ何言ってんだ。そんな声調でマフユは不平を述べてきた。
そのズレた感性にサユキは脱力し、トホホな溜息を吐かずにはいられない。




