第54話:従属の隷結①
大百足型の魔物を討ち滅ぼした数日後、アパート「青空」にあるマカベ・マフユの部屋。
生活に必要な最低限の家具と、各精霊達の嗜好品が取り入れられている独特な空間で、部屋の住人達が話していた。
寝室備え付けの簡素なベッドに、シャツとプリーツスカート姿のマフユが腰かけている。
その手前にチアキが立ち、シュウカは床に胡坐をかいて座り、腕を組んだセイギが壁に寄り掛かる形で、互いに顔を向け合う。
話題は、今後不足していくことが予想されるマフユの霊子力について。
強大な敵と戦っていく以上、精霊の複数同時展開は避けられず、重複顕現を維持するための霊子力消耗も大きくなっていく。
これは精霊使いが精霊へ常時霊子力を供給しているためで、精霊の力を引き出せば引き出すほど使い手の霊子力も激しく消費されてしまう。
そして精霊使いの肉体は、精霊へ供給せんがため本能的に霊子力の最低保有量を確保しようとする。これを下回った場合、必要量に及ぶまで使い手自身の生命力を強制的に変換していく。使い手の意識が介在しない生理現象へ類似しており、止めることは本人にもできない。
精霊使いの肉体とは、自らの生存よりも精霊との繋がりを優先する仕様となっている。精霊という変幻自在の大いなる力を行使する代償といえた。
精霊の側で、使い手から流入してくる霊子力をブロックすることも不可能だ。唯一解消する方法があるとすれば、契約している精霊との関係を全て断つことのみ。
強敵との戦いで多量の霊子力を消耗して最低保有量を下回れば、戦闘最中だろうと勝利後だろうと必要量へ達すまで生命力が削られていき、使い手の疲弊弱体化や最悪は死さえも引き起こす。極めて厄介な問題である。
定期的な休息を挟むことで生命力・霊子力ともに回復はしていく。前回の消耗分も、今のマフユは完全に癒えきっていた。
しかし消耗の深さに比例して休息時間も長く取る必要があるので、可能な限りの時間を自身の成長へ費やしたい彼女にとっては非効率このうえない。そんな主の意を汲んで精霊達も解決案を模索している。
「問題の解決に最も有効なのは、マフユちゃんの霊子力総量そのものの底上げと、霊子力再生成時間の短縮。この二つね」
「そりゃいいけどよぉ、人間の霊子力総量ってどうやったら増えんだ? 野菜食ったり、体鍛えたりか?」
「基本的に増えることはありませんよ。これは持って生まれた資質が8割9分を占めますから」
「あァん?」
「先輩にも分かるよう例えるなら、霊子力を水、人の霊子力総量をバケツだと思ってください。バケツは作られた時点で水の入る最大容量が決まっているでしょう。そして一度完成したバケツが、自然に巨大化することはありません。最大容量を増やすためには、外から手を加えるしかない」
「んじゃ霊子力再生成時間の短縮ってのは?」
「そうねぇ、蛇口の下にバケツを置いてあるって考えてちょうだい。この蛇口は少し開いていて、いつも水をバケツの中に注いでいるの。水、つまり霊子力は常時少しづつ溜まっていく。蛇口の開き具合が再生成時間よ。蛇口が閉まれば閉まるほど出る水の量は少なくなり、バケツには貯まるまでの時間が長くなる。逆に開けば開くほど出る水の量が多くなり、バケツに貯まる時間が短くなるってワケ」
「ワタシ達精霊の力を使うとは、我が主君というバケツに貯まっている水を、精霊というバケツに移し替える行為です。しかも移し替えとは別に我が主君バケツの側面には小さな穴が開いていて、下に並べられている精霊バケツへ延々と水が漏れ続けています。我が主君バケツの水は今こうしている間にも減っていますが、蛇口からも水が出ているので差し引きの均衡が保たれている、それが現状ですね」
「蛇口の開き以上に水を移し続ければ、バケツの水は少なり、穴からも漏れなくなる」
「そうよ、マフユちゃん。そして水嵩が減り穴から水が漏れなくなると、貴女の体は生命力という別のバケツから勝手に水を入れ始める。水嵩が増して再び穴から水が出るようになるまでずっと。水嵩が減るたび何度でもね」
「つまりよォ、バケツをでっかくして、蛇口もメイッパイ開けて、水は幾らでも入るし、ドバドバ貯まるようにすりゃイイんだろ! ……で、どうやんだ?」
膝を打って得意顔、次いで首を傾げるシュウカ。
チアキは呆れたように溜息を吐き、自分の額を指で押さえた。
「それが難しいから困ってるんじゃないの。そもそもマフユちゃんの霊子力総量は、元からかなり多いのよ。並みの退魔師なら精霊一人を繋いでおくだけで、殆どの霊子力を使い切っちゃうもの」
「霊子力の再生成時間も短い方ですね。本来なら何の問題もなく活動できるだけのスペックは備えています。ですが限られた能力の範疇を超えて働こうというのですから、いやはやなんとも精霊泣かせといいますか」
あからさまに目尻を下げて、セイギは困った表情を作ってみせる。
糸目ながら糾弾の視線をマフユへ送るが、少女はまったく意に介さない。
すげない態度に仕方なしとした体で、咳払いを一つ落とした。
「コホン。色々考えて、ワタシなりに一つ打開案を見出しました」
「へっ、クソセイギのこった、どうせ碌でもねぇテなんだろ」
「正攻法でないことは否定しません。ですが無茶を通すなら搦め手に頼ることも必要でしょう」
「この中じゃ一番の年長者なんだし、知識が豊富なのは確かなのよね。話を聞いてみるのはアリだと思うけどぉ。どうするマフユちゃん?」
「ええ、聞かせてもらうわ」




