第53話:冬と雪の出会い⑦
「フオウに会ったら、私が一応礼を言ってた、とでも伝えておいて」
マフユは賑やかな精霊達を余所に、サユキへと言い渡した。
今夜の仕事は終わりとして、そのまま背を向けて歩き出す。
少年が何か言いかけようとしていたが、相手の動向へ気を割く素振りが彼女にはない。
一歩二歩と進み、しかしそこでマフユはよろめき、体勢を崩してしまう。
「うっ」
「マカベさん!?」
傾いた少女を見て、サユキは咄嗟に駆け寄ろうとした。
だがそれより早く、チアキがマフユの肩を支える。
主の為の動きは驚異的な迅速さだった。少年には出る幕がないほどに。
「マフユちゃん、大丈夫?」
「少し眩暈がしただけ。問題ない」
顔を覗き込んでくるチアキへ、マフユは短く答える。
されど風の精霊は納得せず、少女の額に右人差し指を触れさせた。
長く契約している精霊と精霊使いは、ある程度互いの状態を知覚することができる。20年以上の繋がりならば近くにいるだけで把握可能だが、今の両者には接触が必要だ。
「霊子力の使い過ぎね。マフユちゃんの肉体は最低保有量を確保するために、自身の生命力を強制的に霊子力へ変換しているわ」
「んだよビビらせやがって。そんじゃマフユが止めりゃ解決だな」
「何言ってるのシュウカちゃん。自分で止められてたらマフユちゃんはヘバヘバになってやしないでしょ。意識的に切り替えることが出来ない、精霊使いならではの弊害ってヤツなんだから。体中を巡る血液の循環を、自分の意思では止められないようなものよ」
「はぁ!? マジかよ……」
「契約精霊の複数具現展開、重複顕現は霊子力を著しく消耗しますからね。今まではギリギリのラインで済んでいましたが、とうとう限界点を超えてしまったということです。この結果は起こるべくして起こったこと、当然の帰結とも言えますが」
「生命力を変換て、だったらこのままだとマカベさんの命が危ない!」
チアキに肩抱かれるマフユを囲み、サユキとシュウカは焦りを露わとしていた。
どちらも精霊と精霊使いの関係性については詳しく知らない。何が有効で、何が違うのか、分からないことばかりである。
シュウカは精霊として若輩で、使い手と契約したのもマフユが初めて。チアキやセイギと比べて圧倒的に経験が足りていない。
サユキにいたっては直に精霊や精霊使いと会ったのは今夜が初。この中では一番知識が乏しい。
「そんな今すぐ死んじゃうってものでもないわ。少し調子を悪くするけど、この程度だったら深刻な問題じゃないの。分かりやすく数字で表すなら、マフユちゃんに必要な霊子力の最低保有量を100として、現在は95ってところかしらね。不足分は5。で生命力は現在100。このうち5を霊子力に変換してるから猶予生命力は95残ってるわ。これぐらいなら帰って休めば自然に回復できるわよ」
「ただし要求量が20、30と増えていけば、それだけ生命力を奪われていきます。今は軽度に収まっているへすぎませんから、今後の対策は不可欠と言えるでしょう」
「な、なるほど」
「やめろぉー! 数字に変えやがったら余計に分からなくなんだろうがー!」
チアキとセイギの説明に、サユキは理解で、シュウカは混乱で応じた。
難しい計算ではないのだが、野性的な炎の精霊には大変な苦手分野らしい。
頭を掻きむしっているシュウカの様子に、チアキは呆れた溜息を吐く。
「一番簡単なのは荒事に関わらず大人しくしていることですが。生憎と我が主君にはそのつもりが一切ないようなので」
セイギは糸目の笑い顔で、わざとらしく肩をすくめてみせた。
実際のところ主の苦しむ姿に悦びを見出す彼としては、マフユが死にさえしなければ他はどうでもよく、消耗し続けてくれる方が面白いと考えている。
汚れた底意地は言動から表情から胡散臭さとなって漏れてくる。
「僕に出来ることはないかな。スメラギ神父からサポートを頼まれてるし、マカベさんの力になりたいんだ」
死の精霊とは対照的に、サユキは生真面目な顔で訴えてきた。
琥珀色の両瞳には真剣な決意が強く輝いている。
そこに宿るは確かな善意。加えて必要とされること、働きを求められることへの飢えだった。
役立たずとして捨て置かれてきた人生の反動が、自分の価値を定め直したいという欲求が、奥底から湧き瞬いていた。
これを読み取って、チアキは唇を柔らかく緩めて笑んだ。
世を儚んで終わる弱者でなく、状況に牙剥く反骨心の持ち主と看破して。
「うふふ、ちょっとイイ子じゃない。なら連絡先を交換しておきましょ。お手伝いがいる時は声を掛けさせてもらうから。いいわよね、マフユちゃん?」
「ええ」
サユキの眼差しを見据えた後、隣でウィンクを飛ばしてくるチアキへと、マフユは頷いた。
相手について分からないこともまだあれど、悪意や害意の類は感じない。
チアキに認める余地があり、フオウの紹介もある。頼り甲斐に関しては疑問符を外せないが、まったく使えないわけでもないことは初手で実証済み。
これらを加味して考えれば、少なくともセイギよりは信が置けるとしたものである。
「ワタシの扱い酷くないですか?」
「テメェのは自業自得だろ」




