第52話:冬と雪の出会い⑥
「あら、そう言えばサユキちゃん、姓はヤマトネだったかしら?」
「え、うん」
「じゃぁ、ヤマト一族の関係者よねぇ」
「おい、どしたよ。まさか知り合いかァ?」
「やぁねぇ、シュウカちゃんってば物を知らない子だこと。ヤマト一族は退魔の名門よぉ。この国が国家として成立する遥か以前から不浄と戦ってきた古~い血族なの。長い歴史と守護の実績を持つ退魔勢力の大御所だわ」
「彼等の噂ならワタシも聞き及んでいます。なんでも霊的鎮護の要諦として各方面へ強い影響力を誇り、生半な者は意見することも許されないのだとか。エリート一族というヤツですね」
「んだよ、じゃあこの女みてぇなツラしたヤローは、イイところのお坊ちゃんだってのか?」
「同姓なだけなら全国に居るでしょうけど、それが退魔関連に絞られると可能性はとーっても高くなるわ。ヤマト一族は古くて大きいから血も広まっていて、かなり多くの分家が存在してるの。ヤマトオコリ、ヤマトツヅキ、ヤマトアズマ、ヤマトミネ、ヤマトナダとか色々ね。その中に確かヤマトネって家もあった筈よ」
「しかし妙ですね。ヤマト一族は強力であるが故に汎百の退魔組織と一線を画し、独自の不浄殲滅部隊として宗家主動で展開されていた筈です。要するに外と関わらず、自前の独立勢力で動いているとしたもので。血筋に連なる者は例外なく御家の隊伍に振り分けられ、外部の退魔組織へ与することは基本的にないと聞きますから」
「こんなトコで、武装教会派の神父に使いパシられてるわきゃぁねー、ってことかよ」
「なら、やっぱり無関係なのかしらん」
精霊達から一斉に視線を注がれた。
これを受けるサユキは、苦笑混じりに頬を掻く。
「僕は今まさに話へ出てた、ヤマト一族の血を引いてるよ。生家のヤマトネ一門は、本家から見たら遠縁の末端みたいな位置だけど」
「うぉ、マジか!? ドデケェ一族の親戚かよ!」
「あらヤダ、マフユちゃん仲良くしときなさい。こんな出会い滅多にないんだから」
「となると若君は現在、社会勉強中といったところですか。それともお忍びかなにかでいらっしゃる?」
「えっと、期待させて悪いんだけど。僕は皆と違って才能のない落ちこぼれで、家から放逐されてる身。一族からは居ないものとして扱われてるから、援助とかは何もないんだ」
期待感に満ちた三種の求めへ、サユキはゆっくりと真実を告げる。
声の調子は落ち着いているが、少しばかり自嘲の成分が含まれていた。
幼い頃より周りから落伍者の烙印を押され、取るに足らない者と顧みられることもなかった環境の重荷が、少年から自分を語る際の覇気を奪っている。
「チッ、なんでぇ。しょうもねーの」
「マフユちゃん、疲れてるでしょ。そろそろ帰りましょうか」
「気分を悪くなさらないでください。精霊とは正直な性分でして、価値がないと断じたものには徹底して無関心なんですよ。いやはや、もう少し取り繕うということを学ぶべきだと思いませんか。接する意味のなくなったツマラナイ御仁にわざわざフォローを入れる、そんなワタシを少しは見習ってもらいたいものです」
偽りない告白を聞き入れた後、精霊達は途端に興味をなくしていた。
サユキの囲いをさっさと解いて、波が引くようにマフユの傍へ移動する。
個人への感傷は皆無。経てきた境遇に同情や同調の類もまるでない。
そもそもが人間社会の動静に関心薄い精霊では無理からぬこと。契約している主に直近で関りがないなら、彼等の食指を動かすには至らないのだ。
「落ちこぼれのわりには、敵をしっかり縛っていたけど」
三精霊のはけたサユキへと、マフユは素っ気ない呟きを送った。
相手を慰めるための発言ではない。単純な感想を、何の気なしで口にした。ただそれだけの言葉。
「あれが僕の出来る精一杯なんだ。一族の者は6歳ぐらいで楽々こなせてしまうような、初歩も初歩の術だけど。僕は1年ぐらい前に、ようやく細々と使えるようになった」
「ふぅん」
「僕は霊子力の出力がすごく苦手でね。皆みたいに上手く力を外に出せなくって」
「得手不得手はあるでしょ」
「あんまりにも芽が出ないから両親からも見限られてさ。居るだけで一族の格を貶めるからって、とうとう追い出されることになった」
「そう」
「路頭に迷ってたところで、手を差し伸べてくれたのがスメラギ神父なんだ。神父は何もかも失くした僕を、親身になって面倒を見てくれた。少しでも力が使えるように訓練してくれたり、退魔組織への口添えもしてくれて。本当に感謝してるよ」
「フオウらしいわね」
「ごめん、こんな身の上話を聞かせたりして。困っちゃうよね」
「ええ」
「あ、あはは……」
簡潔に、そして無表情に受け応えるマフユ。
聞き流しているわけではないが、感情移入もまったくしていない。
そのフラットな他人事感は、逆にサユキの気を楽にしていた。
憐れみやベタついた共感は心中の劣等感を刺激する。相手にしては善意でも、内面の傷をいたぶる結果を招いてしまう。
対してマフユの姿勢は淡々と事実のみ処理しており、冷たくはあるものの卑しさなく澄んでいた。
だからつい語りすぎてしまう。同情的な反応が微塵もない淡泊さが心地よいために。
彼女が恩人たるフオウの関係者であることも、そこはかとなく影響しているだろう。
「しっかしスメラギのヤロー、デケェ家からおん出された奴をよ、どうして助っ人に選びやがったんだ? マジで人手不足が極まってんのか?」
「あるいは我が主君へ、冷酷な現実を知らしめたかったのかもしれません。世の中にはアナタのように才能へ恵まれた人間ばかりでなく、才なき故にもがき苦しむ者も数多くいるのだとね。寧ろそういう人間の方が多いのだから、妬みや嫉みに曝されながら生きる覚悟をしろと。底辺人種の不様を目に焼き付けろ、というワケです」
「相変わらずイヤらしい考え方ねぇ。スオウちゃんの中でマフユちゃんは大きな比重を占める大切な存在よ。あの子の得にならないことを、わざわざするとは思えないわ。この人選も相応の意味があるんじゃないかしら」
「それが分かんねぇんだよな」
「そうねぇ、同年代のお友達を作ってあげたかったとか。マフユちゃんにしろ、サユキちゃんにしろね」
「しかし我が主君はあの見目です。若々しく端麗で、尚且つ凛然とした美姫だ。下手に関わったらヤマトネ少年が、拗らせたストーカーにならないとも限りません。元名家の粘着アンチ不審追跡者、これは面倒臭いですよ。変な気を起こさないよう今のうちに袋叩きにして、恐怖を植え付けておくというのはどうでしょうか」
あーだこーだと精霊達は憶測を飛ばし合う。
すぐ傍にいるため、マフユにもサユキにも丸聞こえだ。もっとも精霊達は何も気にしていないが。
いつの間にか話の中でストーカー予備軍にされてしまっている少年は、困惑しきった面持ちで顔を青くしていた。
マフユはと言えば、知ったことかと関心の外である。




