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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
新たな出会い編
51/133

第51話:冬と雪の出会い⑤

「僕が抑えておくから、今のうちにトドメを!」


 初めて聞く声に、マフユの視線が一瞬滑る。

 霊子の糸が伸びた大元、怪異を縛る術技の使い手が、少し離れた場所に立っていた。

 マフユと同年代の若い男だ。背は彼女と比べて7、8cmあまり上。海原を投射したような蒼い髪と、鮮やかな琥珀色の瞳が見える。

 服装は薄水色のパーカーと、グレーのカーゴパンツを合わせたもの。その上からでも全体に線が細く、肉付きの少なさが窺えた。

 整った優面には男臭さというものが感じられない。長い睫毛を湛えた瞼は二重、左右に揃う眉は雅な弧を描き、控えめに潤う唇と、高くこそないが形の良い鼻を持つ。目尻の下がった垂れ目具合が特に印象深い。美少女と呼ぶ方がしっくりくる、そんな可愛らしい顔立ちだ。

 普段から温和だろう柔らかげな面貌が、今は真剣な表情で魔物と向かい合い、マフユへと目配せする。


 見知らぬ相手。だが加勢の意思は明らか。ならば得られた勝機を逃す手はない。

 少年の言葉へ即応し、マフユは残る闘志を振り絞った。

 足場が安定したことで四肢の支配権を確立すると、左手の赤剣を指運でって逆手に持ち替え。鋭利先端が真下へ転じた直後、叩き落す。

 未だ熱気を宿す炎の霊剣が外殻ごと貫き、内肉に食い込んで焼き始めた。


「おおおォォッ!」


 気豪の咆声を迸らせて、マフユは全力で駆け出す。

 強制緊縛で鎮まる蟲背をしっかりと踏み蹴り、先刻走った道を今度は逆方向に疾駆した。

 しかと握られた金牙と赤刃は巨蟲の外殻へ突き刺されたまま、彼女の動きに合わせて妨げと下肉を同時に斬り裂く。

 少女が百足の背を走る度、長い胴上では盛大な火花が散り、破壊された断面から止め処なく黒い体液が噴出した。

 上空へ舞い上がり、程無く降下する雫の群雨が走行者を汚すよりも、彼女が獰猛な迅速さで駆け下りる方が速い。

 熱く輝く刃は触れる甲殻を融解し、三日月の鎌は直後に両断して役目を果たす。その圧倒的な切れ味に抗うべくもなく、末期の悶え様で蠢く異形。

 激しく震え荒ぶろうとするが、霊糸に縛られ動けない怪物の体躯で、マフユは前だけ見詰めて駆け進んだ。

 左右の腕から伝わる確かな手応え。怪魔を切り裂き、凝り固まった不浄を殺奪する死作の感触。それが疲労と消耗に蝕まれる意識を奮い立たせ、彼女を最後尾へと到達させた。

 頑健な尾骨外殻すらも一撃の下に斬り離し、敵の全容を寸断して、床面へ滑り落ちる。


 赤銅色の踏み板を斜めに降ると同時、そのすぐ後ろでは大百足が縦一文字に裂けた背面から、夥しい黒液を放射した。

 今までで最も多くの汚液を外界へ撒き散らしながら、遂に活動力を失い床へと沈む。

 巨体がとてつもない轟音を上げて硬材と激突し、力なく数度のたうとうとして、自由にならず動きを止めた。

 深く大きく切り開かれた背面部からは、黒々とした体液が垂れて広がる。

 力尽きた百足怪異を背にして、マフユは大鎌と赤剣を各々一振り。付着していた魔性の血肉を払って散らせ、されども握ったまま放さない。

 浅く呼吸を整えつつ振り返り、霊子の縛糸ばくしを解く若者へと視線を射込んだ。


「何者?」


 敵愾心はないが警戒を残し、マフユは問う。

 すると相手は彼女の突き刺す眼差しへ、僅かに怯んだ顔をした。

 ねつけるでも苛立つでもなく、身を引きそうになる挙動。その小慣れていなさは、不穏な企み持つやからとは思えない。


「味方、味方だから! 僕はヤマトネ・サユキ。退魔組織に属してる。キミはマカベ・マフユさん、だよね?」

「どうして私の名前を?」

「報酬に関わらず怪異狩りをしてる若い精霊使い、そんな風に噂されてて界隈かいわいだとちょっと有名だから」

「ふぅん、そう」

「あと、それだけじゃなくて。マカベさんが今夜、この辺りに出没する怪異退治に向かうから、サポートをしてくれって。スメラギ神父に頼まれたんだ」

「……フオウが?」


 顔見知りの名前を出され、マフユの目がにわかに細められる。

 以前スメラギ・フオウが部屋を訪れてから、マフユは魔物退治に向かう際、その旨を連絡して伝えるようになった。何も報せず勝手に戦っていると、また口喧くちやかましく小言をもらうからだ。

 それにチアキやシュウカが心配させてやるな、アイツが禿げるぞ、などと言ってくるので半ばしかたなく。

 だから彼がマフユの動向を把握しているのは事実で、手を貸すとも本人が述べていた。なので助っ人を寄越す可能性は確かにある。

 一方のサユキは、物思う少女の藍瞳に自身へ向けられる疑いの冷たさを誤認し、わたわたと潔白の証明を始めた。


「スメラギ神父は、僕が退魔組織に入る前から色々お世話になっていて、尊敬する先輩なんだ。恩返ししたいとずっと思っていたんだけど、そこに頼まれ事をされたから一も二もなく承諾して。でも駆け付けるのが遅れて、あんまり役に立てなかったのは、ごめん!」

「別にいい。最後の拘束は助かったから」


 慌てふためきつつ、サユキは勢いよく頭を下げる。

 その様子を特段に感慨もなく眺め、マフユは精霊の武器化を解いた。

 両手から武器が消えた途端、少年の周りで風が吹き、炎が立ち、闇の粒子が踊る。

 彼がギョッとしている一間ひとまで、チアキとシュウカ、そしてセイギが実体化を遂げ取り囲んだ。全員サユキよりも背が高い。


「フオウちゃんの使いにしては、ちょーっと頼りないわねぇ。もう少し背が高くて、ガチムチに筋肉があって、ギュッと精悍な方がアタシのタイプなんだけど」

「おうおうおう、なよっちぃヤローだなテメェ。手助けが遅れてくるたぁ、どぉいう了見だコラァ」

「ハハァ、こういう大人しそうな若者ほど奥底に醜悪な本性を隠しているものです。そのドス黒い魂を是非ワタシに魅せてもらいたいですね」


 三者三様に少年を批評しては盛り上がる精霊達。

 馴れ馴れしいやら、ぞんざいやら、明らかに低く且つ軽く見た扱い。サユキは口をパクパクさせて何か言おうとするも、言葉が出てこない。

 初対面の相手を失礼極まりなくイジる精霊は気にもとめず、マフユは感情の起伏がない眼差しを彼に向けた。

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