第49話:冬と雪の出会い③
「見たところ怪我はないようだけど、マフユちゃん腕は大丈夫かしら?」
「ヤベェ臭いしてたぞ、溶けてねぇか」
「ワタシが遺漏なく守ったので問題ありません。溶かされたのは哀れな霊魂ですよ」
「テメェがドヤると余計に心配だぜ」
「セイギちゃんってば信用できないものね~」
「やれやれ、少しは先輩方にも仲間と認めてもらいたいものなんですが」
「無理だな」
「無理よねぇ」
精霊達の刺々しい漫談を聞き流し、マフユは両の瞳へ力を込めた。
前方では大百足が低く唸り、悶える動きを低めている。
口腔から黒液を垂らしながら、十二の紅眼にギラつきが増した。復讐の炎に焼かれた報復願望が、若き精霊使いを獰猛に貫く。
巨躯の異形が動き始めたのと、少女が駆け出したのは同時だった。
大量の脚が揃ってうねり、盛大な移動音を発して怪物は猛進する。マフユ迫り来る魔物へと二門の銃口を狙い定めた。
止まらない蟲体が一直線に突っ込んでくるのへ対し、側面方向に跳び退きながらトリガーを引く。
黒光りするマズルから撃ち出される弾丸の群は、三度敵勢体へと吸い込まれていった。赤銅色の外殻を横合いから殴りつけ、数ある脚の何本かに無慈悲な破壊を進呈する。
成型炸薬内蔵弾体の着弾が付け根から脚を引き千切り、そうでなければ半ばより吹き飛ばす。
相次いで撃砕される多脚の消失で、獲物を逸した百足の移動速度は低下した。突如としてバランスの崩れた巨蟲は自身に制動を掛けつつ、緩やかな弧を描いて減速する。
通った後には破砕面から零れ落ちた血が、床の上へ黒い汚れを点々と付けた。
苦しげな呻き声を上げながら横滑りする巨体が、マフユの眼前に背面部を晒す。目と鼻の先に両者は位置取られ、その無防備な背を見るや彼女は突っ込んだ。
風の加護でブーストした走力から、のたうつ外殻面へと飛び移る。
着地の成功を示すように、靴越しへ新たな感触を覚えた。冷たく硬い、今まで踏んだ床とは異なる凹凸。それは緩やかに蠕動し、奥底で脈打っていると知れる。生物に似た特有の感覚だった。
自らの背殻に攻撃対象が乗り移ったと判ったのだろう。巨大百足は体の各所に穿たれた傷口から黒液を噴きつつも、激しく体躯を捩って振り回す。
まるで情熱的なダンスでも踊っているかのような、尋常でない動きだった。
上下左右に揺れ震え、節の連なる体を波打たせ、床面を叩いては皹割らせて尚飛び跳ねる。耐え難いほどに凄まじい激動だ。必死にしがみ付いてさえ、振り落とされかねない。
そんな状態に直面していながら、マフユは怪物の背を走っていた。
独特の光沢放つ外殻を蹴りつけ、紺地スカートをはためかせ、白く細い脚を果敢に振り抜き駆け続ける。
転倒転落させようという意図で行われる猛烈なうねりを踏み拉き、敵の頭部を見定めての前進は止まらない。
「これぐらいで!」
通った後に言葉を残し、臆することなくマフユは進む。
絶妙なバランス感覚と強靭な精神力が、少女の常人離れした突進劇を支えていた。
ただの一歩も脅えや疑念を差し挟まず、ひたすら目的に向かって邁進する。そんな強固で直向きな姿勢が、荒ぶる振動を踏み砕く活力を付与し続けた。
これが僅かでも躊躇うような性情の持ち主では、巨蟲の背からは容易く振り落とされていただろう。
マフユは走りながら、左手に持つロングバレルライフルを赤銅色の進路へ向けた。一分一秒さえも惜しみ攻撃へ繋げるべく、引き金を絞る。
だが黒く長い銃身は、射出時に起るべき衝撃を腕に伝えてこない。上下に割れたマズルから弾体も火花も生まれはしなかった。
「最近も戦うことが多かったものですから、死者の魂を使い切ってしまいました。また集めてくるまでお役に立てそうもありません」
「言ってるそばからこれかよクソが!」
「んもぉ、オバカ!」
悪びれる様子もないセイギによる弾切れ宣言。
この状況下でのふざけた発信に、マフユは怒るより早くライフルを放り捨てた。
硬い甲殻へ落下して一度バウンドし、背面装甲から転げ落ちながら死の精霊は消えていく。
そちらには目もくれず、前進は止めないでマフユは左手を上向ける。直後に炎が灯って伸び立つと、赤一色で設えられた直剣が出現した。
紅蓮に光る長い刃を閃かせ、少女は異形の首へと肉薄する。
最後の踏み込みを経て、暴れる巨蟲の頭部が、手を伸ばせば届く距離にきた。藍色の眼光が烈しさを増し、集う戦意が一気に弾ける。
「ハッ!」
滾る気概を吐き散らせ、マフユは右腕を振り払った。
長大な月刃が高速で風を断ち、黄金の軌跡が空を撫でる。
全力で薙がれた大鎌が百足の後首へ食い込み、刃を伝って確かな手応えが届いた。鋭利な月刃は堅牢な装甲を裂き、立ち塞がる抵抗に押し留められる事無く突破する。
煌々と光る黄金との接触面で外殻が割れ、露出した肉壁を斬身が打った。刃は厚い筋肉群へ沈み、生命の息吹を寸断すべく突き進む。
触れる端から筋線維が斬れ、神経系は張り裂け、血管も次々と破られた。それでも少女の腕は止まらない。
敵の排除を目的に容赦なく振り抜かれ、最後の守りである頚椎を刃先で強打。骨格に金の三日月が食い込んだ直後、駄目押しで加えられた力が首の支えを貫通する。
響き渡る魔物の絶叫。鼓膜を貫くかとも思える渾身の咆声が轟き、大気を雄々しく鳴動させた。
その渦中で斬り裂かれた大百足の首より、黒い液体が飛沫を伴い噴出する。闇色の暗く沈んだ血液が盛大に撒き散らされ、不気味な噴水を作り上げた。
それらは強烈な死の臭いを周囲へ放ち、雨粒にも等しい雫に分かれて落ちていく。
「シュウカ」
「おうよッ!」
黒液が降りしきる間際、マフユは左手の赤い剣で空を切った。
同時に刀身から真紅の熱波が溢れ出し、魔蟲の体液を焼き祓う。
汚れた血飛沫を頭からかぶることなく、少女は改めて巨大百足の頭部を睨んだ。
一撃の下に外殻を断ち切って骨まで裂いた今、醜悪な頭は大きな支えを失い前へ傾き落ちかけている。
僅かな筋肉が辛うじて首と体を繋いでいるのみ。これを両瞳へ捉え、彼女は続け様に左腕を振り翳した。




