第48話:冬と雪の出会い②
銃撃を行う傍らマフユは大鎌を振りかぶり、金刃の斬面を真下へ向けた。そのまま重力に引き摺られて落下する。
彼女が狙うのは百足の頭部。初手の攻勢で若干の硬直を作り出し、自身が到達する為の隙を作る事は成功した。この好機を逃さず、少女は間髪入れず第二撃へ移る。
悲鳴なのか威嚇なのか判然としない咆声を上げて、巨蟲の頭部が持ち上がった。破壊された硬材の欠片と埃に塗れた顔が、素早く周辺を巡る。
縦横に並ぶ球状の複眼、紅く光る総数12もの視覚粋が獲物を求めた。
敵が移動姿勢を整える一瞬の間に、マフユは標的へ大鎌を叩き付ける。体重の乗った一撃が堅牢な外殻と激突し、強烈な抵抗力が弾けた。
精霊を通じて腕に走る痺れを押して、少女は更に強く金色の刃を落とし込む。
「ハァァッ!」
裂帛の呼気を吐き、全力を注ぐマフユ。
腕に渾身の力を込め、怪物の外装甲に大鎌を突き立てた。
刃先と外殻の合間で火の粉が盛大に花を咲かす。頭頂から伝わる衝撃に、怪物は勢いよく首を揺り動かした。
激しい動きに異形の怒号が合わさり、その上では少女の足が赤銅色の甲殻を踏む。
間断ない力の行使と、取り付いた敵を排除しようとする動き、二つの行動が異なる意思で激突する。
一拍の後、マフユの腕に掛かっていた反発力が消えた。意識がそれを認知するより先に、半月の刃は外殻を貫き、百足の頭内へと沈む。
美しくも研ぎ澄まされた大鎌は、敵の体表殻を切り裂いて、微細な血管を断ち、凝縮された筋肉の層を抉った。
即座に絶叫が響き渡る。
耳を劈く苦鳴は憤怒の猛り。金刃を頭頂へ突き込まれた巨蟲が、身を捩って上下左右へ滅茶苦茶に首を振る。
悶え苦しむ激動はそれまでの非でなく、揺り動かされる最中にマフユは抗いきれなくなった。
赤銅色の外殻に中程まで突き刺さる鎌刃、それがすっぽ抜かされたのは外敵蠢動から三秒ほど後。大百足より外れて放られ、支えを失ったマフユは空中へと投げ出される。
「思った以上の抵抗。飛ばされた」
「あァん、今ので首を落としてあげたかったのにん」
唐突に宙へ踊らされた少女は僅かに驚愕を浮かべ、即座に表情を引き締め直した。
健在な大鎌を目端で認め、何もない空間を舞いながらも四方を確認する。次には視界の中で適当に当たりをつけ、着地体勢の整えに入った。
それより早く異形が動く。頭頂部に斬傷を開かせたまま、嘶き首を揺する。
紅い複眼は総じて降下中のマフユを捉え、数え切れない多脚が標的へと巨躯を運んだ。
床を踏み叩いて魔物が走る。巨大な体は少女の落下速度より速く、彼女が地へと降り立つ前に急接近を遂げた。
マフユが悪意の塊に迫られたと気付いた時には、牙の並ぶ口腔は限界まで開かれている。
危険信号が意識の奥で点滅する刹那、異形の大顎が彼女の左腕を飲み込んだ。
上腕の肩口近くまでを暗く大穴めいた口部に収めると、怪物はこれを躊躇なく閉じる。上顎と下顎が平等に動き、少女の腕は一瞬にして視界から消えた。
「本来なら片腕を食い千切られる我が主君の痴態など眺めたいところですが。仕事を疎かにすると不興を買いますので、ここは真面目にいかせてもらいますよ」
冗談なのか本気なのか、セイギが半笑いの調子で紡ぐ。
これへ伴いロングバレルライフルの周囲から肉厚な触手が生え出し、マフユの左腕を絡み包んだ。
鋭利な牙が上下から差し迫り、少女の細腕を咬み潰そうとする。しかし兇悪な形状の歯牙は触手にこそ減り込むが、それへ阻まれマフユの生身には達さない。
死の精霊が実体化させた触手による覆いが、主の左腕をしっかりと守った。一方で百足の口腔に溜まる熔解液が、守護の触手を容赦なく襲う。
闇色にのたくる太管へ相次いで降り掛かり、表層が、次いでその下の複肉が白煙を上げ始めた。なにかの焼ける異様な臭気が溢れ出す。
マフユの挑むように睨んだ目が、対面に在る紅眼を捉えた。十二の複眼もまた、少女の藍瞳を見据え取る。
彼女の体は空中で静止する状態にあった。左腕を咥え込まれた事で下肢は床へ届いていない。怪物の口からぶら下げられる形で、地上数mの位置に止まっている。
見詰め合う両者が瞳へ抱く感情は似通ったもの。どちらも相手への敵意、明瞭な滅意で鋭く剣呑に光っていた。
「離せ」
魔物の口内で捕えられた五指には、依然として黒のロングバレルライフルが握られたままだ。
その引き金へ掛けられた人差し指が、マフユの厳声と共に内側へと押し込まれる。
指運によって起動された発射機構。トリガーの操作で、大型銃器は役割通りに弾丸を吐き出した。
居並ぶ牙に作られた密閉空間で、くぐもった爆音が響く。口内で始まるライフルの斉射は、頑健な外殻さえ貫通する炸薬弾丸の群を激しい銃火と共に解き放った。
連続して撃ち出される弾体は怪物の口腔を蹂躙し、咽喉部を穿ち破る。欠損箇所から盛大に黒い血液が噴き出すと、闇色の流れは閉ざされた大顎の中へしとどに溢れ満ちた。
再び生じた痛覚の奔流に、異形は堪らず口を開けて吼え立てる。上下に分かれた巨口から濁った体液が零れ出し、直下の床へ際限なく垂れ散った。
怪物の血流に混ざって、マフユの左腕は烈牙の頚木から抜け出す。咬み千切ろうと触手へ食い込んでいた牙より、開口の際に少女は半身を捻って脱出した。
自由となった身は怪物が悶える渦中、振るった首に弾かれ宙を滑る。
放物線をながら床面へ引き寄せられ、この途上で姿勢を整えたマフユは、程無く足から華麗に落着を果たした。
左腕を無傷のまま庇いきった触手達が解けて消えるなか、百足魔物を正面に据え、右手の大鎌を手中で一転。鋭利な風切り音を鳴らし、改めて肩上で構える。




