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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
新たな出会い編
45/133

第45話:兄弟子の来訪③

「すまん……面目次第もない」


 フオウは痛恨の苦渋に全面を覆い、深々と頭を下げた。

 10は年下の小娘に、土下座せん勢いで腰まで折る。

 言い訳などしない。在りのままの事実に対し、誠心誠意の謝罪を送る。


――違う!――


 マフユは唇を噛み、血を吐くような思いで胸中に叫んだ。

 少女は知っている。フオウが謝る必要など一切ないということを。

 彼には何のわれもない。寧ろ、滅茶苦茶な難癖をつけているのは自分自身なのに。

 感情に任せて言ってはならないことを言ってから、その愚かさと業の深さにマフユは呻いた。

 自分の言動に慙愧ざんきも抱かず、他人など意に介さない彼女にとって、その心境は特別なもの。相手が兄とも慕うフオウであるからこそ。



 何処の組織や勢力にも所属せず、フリーランスの退魔師、禍祓まがばらいとして全国で幅広く活動していたマカベ・ミハル。

 精霊使いとしての才覚は抜きん出ており、一人で一軍に匹敵するとまで謳われた逸材。特に兇悪な災禍を振り撒く難敵の討伐で知られ、史上最高クラスの大物狩りとして勇名を馳せた。彼女がいなければ国が傾いていたと言われるほど。

 しかし彼女はマフユが生まれてから実戦に出ることも少なくなった。特に愛娘が5歳を迎えてからは、従えていた精霊の殆どと契約を解除し、戦地へは赴かなくなる。

 30歳になったミハルは、人生そのものだった守護者の使命を自ら降りた。以後は常に娘の傍へ在り、惜しみない愛情を注ぎ育てる事に専念したのだ。

 早すぎる引退宣言に、同業者・関係者は騒然となった。

 最優戦力の喪失に不安や焦燥を抱く者は多く、身命を賭して大役に努めてきた彼女へ対し、心無い非難を浴びせる者さえ少なくない数存在した。

 そんな中で彼女がたった一人傍に置き、鍛え続けた一番弟子スメラギ・フオウだけは、師の言葉に理解を示す。

 彼はミハルから精霊使いの本質と宿業を聞き、彼女が一線を退く理由を知った。だからこそ恩師の気持ちを汲み、後継として活動を始める。

 路上浮浪児だったフオウに精霊使いの才は無かったが、ミハルからありとあらゆる武技・霊法術を仕込まれ、優秀な戦士として成長を遂げていた。

 当初はミハル同様フリーの仕事屋として働くも、途中から強力なバックアップが約束された退魔組織の一勢力『武装教会派』に所属し、霊的治安維持に貢献してきた。

 フオウは数々の任務をこなし、確かな実績を築くことで教会内での知名度と発言力を高め、多忙な日々を過ごしていく。自らの存在感を示すことはミハルに代わる新たな最優戦力が現れたと周知させる意図があり、世俗の追求が師の生活を脅かさないよう守るためでもあった。

 母娘の静かな暮らしを乱したくないという思いが、彼女達の住居を秘匿させ、自身の激務へも繋がり、顔を見せに行くことも殆どなくなる。

 そして、これが結果的にマカベ親子の不幸を見過ごす事になってしまう。


 ミハルの訃報をフオウが知ったのは、母娘襲撃より5日も後。

 久方ぶりに師の元を訪ねた彼は、徹底的に破壊されたマカベの家を見付け、残留していた霊子力からミハルの最期を読み取った。

 その時の絶望と後悔、愚鈍に過ぎた自らへの呪いの念は筆舌に尽くし難い。

 油断をしていた。ミハルならば例え僅かな精霊しか連れていなくとも、いかなる脅威も返り討ちに出来ると信じ、その敗北を一片たりとも想像していなかった。

 誰よりも彼女の実力を知るからこそ、下手な護衛は必要ないと判断していたのだ。

 常に最悪の事態を想定しておくべきだった。

 師のことを気に掛け、頻繁に訪れていれば。

 もっと早く自分が来ていれば。自分がその現場にいれば。彼女を独りで戦わせることにはならず、むざむざ死なさずに済んだかもしれない。

 どれだけ思い煩っても詮無い事はフオウも分かっていたが、どうしても考えずにはいられなかった。

 そしてその度に自分を責め、師を襲った何者かを憎んだ。消えかけていた痕跡からは襲撃者の情報が満足に得られず、手掛かりはないに等しい。

 しかし唯一の救いは、マフユの死を示すものは何も無かったということである。即ちマカベ・ミハルの一人娘はまだ生きている可能性が高い。

 それはフオウにとって何物にも代え難い福音だった。

 彼は世の不条理を呪いながら、師の愛した娘の生存を神に感謝した。

 以降、フオウは今まで築いてきたあらゆる人脈、各種の組織や機関に張り巡らしたパイプ、表裏を問わない仕事仲間、使える全ての協力を取り付けて、あらゆる方法で捜せる限りに捜し回った。懸命に幼いマフユの姿を求めて奔走したのだ。


 さりとて国土はあまりに広い。彼は己の無力さに何度と無く歯噛みする事となる。

 思うように成果の上がらぬまま、過ぎた時は3年あまり。

 空白の2年間を経て、ようやくマフユを見付けたフオウは歓喜した。

 だがその時にはもう、快活で愛らしかった少女の姿は何処にもない。彼が久方ぶりに再会を果たした恩師の娘は、地獄の底を覗くような目と、憎悪に塗れた心情の、虚無的な人間になってしまっていた。更に若干10歳にして、余人には扱い得ぬ風の精霊と契約まで果たしている。

 母親と死別した後、マフユは今まで何処に居たのか? 何があったのか? ミハルを襲ったのは何物なのか? 何処から来て何処へ消えたのか? 疑問は尽きない。

 けれどフオウは問い質すことをしなかった。

 少女が心に負った途方も無い傷をおもんばかり、ただそのまま迎え入れたのだ。

 それからは彼がマフユの後見人となり、諸々の面倒を見てきた。新たな住まいを用意して、生活環境を整え、就学の手続きも行い、社会復帰出来るよう手を尽くしてきた。

 唯一無二なる恩師を救えなかった分、せめてその愛娘だけは幸福にしてやりたいと願う故に。

 とはいっても、彼が抱いていたのは義務感だけではない。マフユの事を妹も同然と想うからこそ、精一杯の愛情を以て接してきた。

 大変に不器用なため、上手く伝えられていなかったかもしれないが。

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