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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
精霊使いの日々編
26/133

第26話:居酒屋バイト⑥

「チアキとシュウカは?」

「もう少ししたら合流するかと思いますよ。それぞれに索敵を頼みましたから」

「そう」

「ところで我が主君(マイ・ロード)。腕の調子はいかがでしょう?」

「別に。問題はない」

「痛くはありませんか? 傷口が疼いたりなどは? 夜な夜な苦しむことも? 本当は今も辛いならそう言ってください」

「ない」

「なるほど、それは残念」


 冗談ではなく本当に、心底から残念そうな顔でセイギは落胆を露にした。

 薄く開かれた糸目の奥には邪悪な輝きが起こり、期待の眼差しでマフユの横顔を窺っている。


我が主君(マイ・ロード)の腕は、ワタシが原因で失ってしまったもの。義手によって補えたとはいえ、やはり気になりまして。でもあれから悪化していないとは、悲しい話ですね」


 他者の不幸をねぶり上げる陰惨な声が、喉奥から笑声を伴って溢れてきた。

 セイギは底意地悪い顔付きで、吊り上げた口角に下弦の弧を描く。


「胸の傷はどうです? ワタシの触手達が防波堤になったとはいえ、至近距離での爆発でしたからね。精霊の護りが張られる前には相応なダメージがあったでしょう。不意を衝かれた分を見積もっても、精霊のワタシが半壊するほどの衝撃です。まだ若く繊細な女体には、やはり耐え難かったと思うのですが」


 鼻歌でも口ずさみそうな勢いで、喜々として語る。もはやつくろうこともせず面貌を残虐に歪め、そこに凄愴せいそうな笑みを刻んだ。

 口調は熱に浮かされたようであり、強い興奮が言葉尻に滲んでいた。話しながら開かれた目は爬虫類的にギラつき、縦に裂けた不気味な瞳孔が覗く。


「もう人前では素肌を晒せませんね。水着も着られないでしょうし、学校では着替える時に注目が集まって困ることでしょう。どんな言い訳をしているのですか? 興味がありますね、是非教えてください。傷痕を見る度に、どう思うのです? 悔しいですか? 口惜しいですか? 我が主君(マイ・ロード)、遠慮はいりません。思いの丈をぶちまけてみてください。そしてせてほしいものですね。アナタが苦痛に呻く姿を、絶望に傾ぐ様子を」


 人の傷口を故意に抉り、露出した赤身を強引に掻き回して弄ぶ。人非人にんぴにんめく性情を面前に押し出して、セイギは生温かい吐息をマフユへ吹きかけた。

 負の想念に澱み腐れた魂を好む死の精霊は、悪徳の汚泥を吐いて滴らせ、蛇の如く執拗に主をなぶる。

 これにはマフユもしかめ面して重い溜め息を吐いた。

 無視し続けることも可能だったが、そうするとこの精霊は何時までも黙らない。これから戦いだというのに、こう煩わしくてはモチベーションも下がる一方である。

 並大抵のことでは動じないマフユだが、過剰で陰険なセイギの舌攻にはいい加減辟易していた。

 彼と契約を果たして二週間ほど経つが、同じ問い掛けを何度受けてきただろう。慇懃無礼を地でいくセイギのやり様は、彼女の不快感を刺激する狙いが透けている。何がどうあっても精神の安定を乱し、鬱々とした負念のただれを育ませたいらしい。

 マフユは感情表現が乏しいものの、何も感じない訳ではない。母を失ってから一人で生き抜いてきた為に、何事に於いても強くあろうと自身を律しているだけだ。

 その期間が随分と長かった所為で、心の弾性が硬化していて簡単には震えない。それとて何度も圧力を掛けられ続けらば反応するし、当然限界も迎える。


「くどい」


 常の冷然とした表情に不満の色をき、マフユはやかましい精霊を厳しくめ付けた。


「少し黙って」


 低くく押し殺した声で発したのは、要請という名の命令。零下の殺気を含ませた一言は、年頃の娘が口にしたとは思えないほど酷薄だった。

 ごく普通の一般人が聞けば、それだけで卒倒しかねない迫力がある。

 にも関わらず、セイギが浮かべたのは満面の笑み。


「これは失礼、つい悪い癖が出てしまいました。出会った際にも言わせていただきましたが、アナタの魂は醜いのです。それは諦めや放棄を知らないからこそ。強靭な意志で貫かれ、折れる気配もないためです。這いつくばって汚辱に沈み、絶望と無気力に染められ、穢れた悲哀に暮れていただく、そういう研磨さえしていれば、ワタシ好みの美しい魂となっていたでしょうに。惜しいことですよ。我意に即して清廉な信念を曲げず進むなど、ワタシに言わせれば生き様を見誤っているとしか」


 マフユから明瞭な殺意のそれを引き出したことで満足したのか。セイギは楽しそうに一礼し、それ以上口を開くことはなかった。

 命令に従いつつ、主の血塗られた醜態を妄想しているらしい。

 性根の邪悪な精霊から視線を外して正面へ向き直ると、マフユは小さな溜息を吐く。多少ながら気疲れを感じていた。

 知識も能力も申し分なく、精霊としての強さは傑出しているが、セイギの性格は厄介に過ぎる。以前から契約を結ぶ風の精霊、炎の精霊とは根本的に違っていた。

 チアキとシュウカは特異な嗜好が外に向いているが、セイギの場合は今は全てがマフユ個人へ向いているのだ。しかも心を抉り苦しませる事へ傾倒している。

 更に始末が悪いのは、これが契約を放棄させる為の作戦ではなく、セイギ自身の本心であり、考え方、趣味の範疇であるということ。

 精神的な強健さを誇るマフユでなかったら、とっくに追い詰められて重度の精神疾患に陥るか、早々に契約を切っていただろう。

 優れた精霊との契約は、精霊使いの強さへ直結する要因である。大きな代償を支払って得た精霊、しかも強大な力を持つ彼を手放すつもりは毛頭ない。そうとなればどれほど面倒でも相手を受け止め、耐え続けるしかない。


「上等。やってやる」


 口の中だけで呟いて、マフユは改めて覚悟を固めた。

 己の願いはただ一つ、最愛の母を奪った『邪悪なモノ』への復讐だ。

 それには何よりもまず力が要る。セイギは欠かすことが出来ない存在なのだから、何があっても従い続けよう。宿願を果たすその時まで。

 決意を新たに、若き精霊使いは闇を踏む。何時の日にか来るだろう決戦に備え、自分自身を鍛えるために。

 ただ真っ直ぐ前を見て、強く凛々しく表情も引き締めて。



 この2時間ほど後、マフユは3名の精霊達を伴って無事に異界から戻ってきた。

 内部に発生した怪異を撃滅し、今宵もまた経験と勝利を手に入れて。

 報酬の多寡たかにかかわらず、難度の高い討伐案件を次々と請け負いこなす、若き精霊使い。少女が任務を達成するたびにその活躍は、異能や不可思議事を取り扱う界隈で少しずつ噂されるようになっていく。

今まで一日2話で投稿してきましたが、明日からは一日1話投稿となります。

基本的には午前8時~昼12時の中で投稿する予定です。

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