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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
精霊使いの日々編
24/133

第24話:居酒屋バイト④

 片付け終えたマフユは学生鞄を手に取り、出口へと向かった。休憩室の襖を開けて狭い廊下に出る。

 一段降りた場所で草履ではなく革靴を履き、厨房の置かれた店内側へと戻る。

 時刻は午後9時を回り、外はもう闇と星の領域だ。だからこそ客足は絶えず、店内は依然として満席だった。

 入れ替わっている客も居れば、先頃から変わらず残っている客もいる。不動の筆頭は中年、茶髪、髭面の常連三人組。

 カウンターの内側では、店主が焼き台の上で串焼きを作っていた。マフユは見知ったその背中へ声を掛ける。


「ツキハさん、お先に失礼します」


 少女に気付いた店主は振り返り、人の良い笑顔で軽く頷いた。


「ああ、お疲れ様。おっと、そうだ」


 何かに気付いて身を屈め、店主は作業所脇に置いていた包みを持ち上げる。

 そのままマフユの傍までやってきて、桜柄の梱包物を差し出した。


「はい、これ。あり合わせで作ったものだけど、味には自信があるよ。持って帰って食べるといい」

「いつもすみません」


 店主お手製のまかない料理を受け取って、マフユは感謝の言葉と共に頭を下げる。


「気にしなくていいんだよ。こっちだってマフユちゃんのお陰で助かってるんだ。お互い様ってやつだね」

「それは……仕事ですから」


 僅かに目を伏せて、少女は困惑を交えて呟いた。

 しかし店主は快活な笑い掛け、マフユの小さな肩を優しく叩く。


「勿論そうだ。でも仕事抜きにしてね、個人的にそう思う所もあるんだ。まぁ、難しく考える必要はないさ。良く働く従業員への差し入れだと思っておくれ」


 気安くも温かみに溢れる言葉が、店主の人柄をそのまま表している。

 マフユは自分より背の高い雇い主の顔を見上げた。年季と若々しさが混在する料理人の面貌には、自分とは対照的に華やかな感情の色がある。

 出会ってこのかた滅多に曇らされたことのない清々しい笑みへ、彼女はもう一度頭を下げた。


「気をつけて帰るんだよ」

「はい。ありがとうございます。おやすみなさい」


 終始穏やかな店主に別れを告げ、マフユはカウンターを回って店の出入り口へと向かう。

 その横顔へ、例の三人組が話しかけてきた。


「マフユちゃん、おやすみねぇ」

「おつかれーっす。今度一緒に飲もうや~」

「夜道は危険だ、何かあったら大声を上げろ。だな」


 全員が全員、ほどよく酔いの回った赤ら顔だ。

 呂律が回らないほどではないものの、思考能力が正常に機能しているかは怪しい。


「皆さん、おやすみなさい。ゆっくりしていってください」


 愛想笑いの一つも浮かべず軽く会釈を返し、少女はさっさと歩いていく。

 何時もどおりの反応に、カウンター席の三人は相好を崩す。三者それぞれに親しみのこもる眼差しで、遠退く背中を見送った。

 彼女が格子戸を開け、流れ込んでくる外気と入れ替わりに店を後にするまで、緩やかに手を振り続けて。



 夜の帳がしっとりと降りた街並みは、それでも明るく活気があった。

 等間隔に設置され彼方まで伸びる街灯の明かりに、ライトアップされたショーウィンドウ、未だ忙しなく行き交う車両と、止まる事無く流れ続ける人の波。

 豊かな色彩で夜気を装飾した人工の灯に、追い立てられた静寂はくすぶる場所さえ失っている。

 居酒屋「つきはみ」が面する街路の一角は、比較的人通りの少ない場所にあった。それでも表通りの賑わいが漏れて届く。

 人々の幸福そうな笑い声や、走行車両の移動音。夜の静寂しじまを破る賑わいは程近く、人恋しさに釣られて寄れば合流するのもとかく容易い。

 しかしマフユはまったく逆の方向に、人気なく宵闇のわだかまる暗路へと歩を進めた。

 煌びやかな表の主道を真逆へ、暗澹あんたんとした裏の脇道に迷う事無く踏み入っていく。

 突然、外界のあらゆる音が遠くなった。まるで水中へ頭を沈めたさながらに、それまで聞こえていた喧騒が曖昧にたわむ。

 更に数歩を踏むと、信じ難いことながら完全に途絶えて果てる。まったく感じられなかった静謐せいひつさが、巨大な厚みを持って待ち構えていた。

 濃密な違和感が漂い、拭えない疑念が足下から這い登ってくる。

 街灯の瞬きが奇妙に遠く、繁華街のうねりは一歩の差で急速に失せてしまう。栄えた明煌に背を向けて進むたび、出迎えやるのは不自然なほどのさびれよう。

 少女の行くてには、茫漠ぼうばくとした無上の闇のみが広がっていた。


 そこから先は街の構造上、陰の部分として忘れ去られた区画になる。

 開発の途上で予期せぬ空白として生まれてしまい、そのまま放棄された本来ありえべかざる無名の地。

 日々進歩していく日の当たる場所とは違い、誰にもかえりみられることのない閉じた街域である。

 おそらく街の住民でさえ、その存在を知る者は殆どいないだろう。道は確かに続いている。けれど誰も立ち入られない。

 朧に伸びる一路は人々の意識から外れ、気付かれないまま時を刻んできた。

 利用されないことを当然とするように、通る者こそが異質と糾弾するに等しい感覚さえ根差す。


「お待ちしていましたよ、我が主君(マイ・ロード)


 淀むように満ちていた不健全な無音。それが不意に裂け、若い男の声が響いた。

 そうかと思えばマフユの前方空間から、黒い帽子に黒いカマーベストと黒いズボン、黒のロングコートを身に着けた黒い男が一人やって来る。

 何もない闇の内から染み出したとしか思えない、不可解な現れ方だった。ほんの一瞬前まで気配は勿論、文字通り影も形もなかったのだが。

 眠っているようにも見える細い糸目と、胡散臭い笑みを貼り付けた、怪しさの塊。精霊セイギは芝居がかった大仰な一礼で、マフユへと頭を下げる。

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