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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
精霊使いの日々編
22/133

第22話:居酒屋バイト②

「ねぇねぇ、なんかオススメのつまみとかないかしら?」


 女性客の一人が、身を乗り出すようにして聞いてきた。

 マフユはそちらへ視線を移し、整然と説明する。


「和風創作料理、つきはみ和えが店主のお勧めメニューとなっております」

「へぇ~。どんなの、それ?」

「厳選された大豆から作られた香ばしい豆腐に、当店自慢の自家製味噌を和えた一品です」

「ほほぉ。美味しそうじゃんね。そのつきはみ和え、くださいな」

「はい。他に御注文はありませんか?」


 女性客から視線を外しマフユが問うと、他の二人も相次いで手を上げた。


「こっちにも月影を一杯」

「私も同じやつ。あと、つきはみ和えも」

「かしこまりました。月影を二杯に、つきはみ和えを二つですね。少々お待ち下さい」


 特段メモも取るでなく口頭で注文を確認すると、マフユはテーブル席を離れていく。

 緩やかなようでいて無駄のない動きだ。洗練された所作は、どこかアスリート的な躍動感を感じさせた。

 和服姿で店内を過ぎり、カウンターの内側に回って店主へと近付く。その傍らに立つと、慣れた手付きで料理を作る横顔に、淡々と語りかける。


「ツキハさん、奥のお客様から御注文です。月影と、つきはみ和えをそれぞれ二つずつ」

「あいよ」

「私は洗い物をしてきます」


 言うべきことを伝え終えたマフユは、手にした盆をカウンター内の片隅に置く。そのまま更に奥まった水場へと歩き始めた。

 だがその背中へ、店主から声が掛かる。


「マフユちゃん、手、怪我してるんだろ。無理しなくていいよ」


 呼ばれた少女が振り返り見たのは、まな板から顔を上げてにこやかに笑うツキハの姿。

 他意のない優しさと気遣いの笑顔を一秒あまり視界に収め、マフユは次いで自分の右手へ目を向けた。

 店員正装の和袖から出る右手には、指先から手首から全てに包帯が巻かれている。皮膚の露出が一切ない、徹底的なまでの巻きようだ。


「大丈夫です。別に問題はありません」


 無表情にそれだけ言うと、マフユは小さく会釈をして奥へと去る。

 そんな少女を心配そうな目で見送り、店主は再びまな板へ向かった。


「マフユちゃんはよく働くねぇ」


 先の注文を作りに掛かるツキハへと、カウンター席に座る常連客の一人が話しかける。

 随分と頭の寂しくなった中年男だ。着古された茶色いスーツに、度の強い眼鏡姿。

 風采の上がらない課長を絵に描いたような人物である。


「ええ。物覚えはいいし、真面目で気も利く。何をやらせてもそつがなくてね、ミスらしいミスもしたことがない。あの子が来てから本当に助かってますよ」


 笑顔で頷く店主の言葉に、別の客が合いの手を入れる。


「おまけにスンゲェ可愛い」


 ニヤニヤと笑いながらコップを傾けるその男は、カウンターの一席に座っていた。

 20代後半で、茶髪にピアスとホスト的な井出達いでたちをする。

 けっして悪人には見えないのだが、軽薄そうな印象はどうあっても拭えない。


「おしむらくは、もう少しだけ愛想がいいと。だな」


 茶髪男の隣に座る常連その三、がっちりとした体付きの髭面が口を開く。

 大柄な身を丹前たんぜんに包んだ男は、箸を器用に使って焼き魚から小骨を取り除いていた。

 まるで知能指数の高い熊が座っているようでもある。


「お客さん、それは望みすぎというものですよ。人間誰しも欠点があって然るべきだ。完璧な人間なんて居ないし、仮に居たとしてもそんなのつまらないじゃないですか。マフユちゃんは今のままが、きっと一番いいんじゃないかな。なんたってあの子らしい」


 豆腐を切り分けながら、店主は微笑んで髭面をたしなめる。

 それへ便乗した茶髪男が、ニヤけ顔で隣席男の肩をつついた。


「そーそー。真のマーちゃん通はね、あのクールな面差しを愛でるもんなの。オッサンは、そこんとこ分かってないっすね」

「マーちゃん通ってなんだ。危ない客には近付かんよう言っておかんと。だな」

「ははは。まぁ、ツキハさんはマフユちゃん贔屓びいきだからねぇ」


 中年男は笑いながら店主を見た。

 振られた当人は曖昧に微笑んで首を振る。


「別に贔屓というわけでもないと思いますが」

「そうかなぁ。ボクが見る限りじゃ、かなりお気に入りという感じだけどねぇ」

「うんうん、そりゃ確かに。ケッコー可愛がってんじゃないっすか」

「同意。だな」


 三人から同様の指摘を受け、店主は微苦笑を浮かべた。

 少し考える風情になり、それからゆっくりと首肯する。


「そう見えますか。いや、きっとそうなんでしょうね。実は私も若い時分に両親を亡くしまして。それから色々と苦労してきました。ここまで来るのは決して楽じゃなかった」

「なるほどねぇ。だからマフユちゃんを放っておけないわけですか」

「ええ、まぁ。他人のように思えなくてね。つい世話を焼いてしまうんですよ」


 気恥ずかしそうに言う店主。

 その顔にはマフユへの共感と親しみ、それ以上に父母の慈愛めいた優しさが窺える。


「くぅぅ、ワサビが目に染みやがるっての。ツキハさん、もう一杯! こんな俺だけど、店の売り上げに貢献させてもらうっすよ」

「人生山あり谷あり。だな」


 感慨深げな面持ちで、馴染みの顔ぶれは咽喉を動かした。

 ある者は酒を飲み、ある者は食事を口に運ぶ。思い思いに来店の一時を楽しみながら、胸の詰まされる気分をも味わっていた。

 穏やかな顔で各自を見遣る店主の、その手元では次々と料理が完成していく。

 体に染み付いた熟練の業は一切の手抜かりなく、目的の品を可能な限り素早く美しく仕上げていった。

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