第20話:私と契約しなさい
時計塔の壁面を歩き進むマフユの視線、向かう先にセイギがいる。
少女を挟んで爆心地に在ったため、猛火と衝撃を直接受け、全身が焼け焦げて損壊していた。
壁面に両足を投げ出し、尻餅をついたような姿勢で、辛うじて上体を起こしているが、顔は半分以上消し飛んでいる。
負っているのは、精霊でなければ即死のダメージ。人外の理に身を置くもの、生きたエネルギー塊だからこそ、存在を保っていられるのだ。
失われた部位は少しずつ再生し、巻き戻し映像さながら徐々に戻りつつある。ただし速度はかなり遅い。
「いい恰好になったわね」
満足に動けないセイギの前で、マフユは立ち止まった。
上から相手を見下ろして、特段には感慨もない顔で声を送る。
セイギは残っている側の目を薄く開け、自分よりも生気に溢れた少女を見上げた。
「同じ爆発に巻き込まれ、何故アナタは死んでいないのですか。従えている精霊の加護とはいえ、あの段階では殆どの力を封じていた。死魂が多少緩んだところで、全身を護るほどの出力は到底出せない筈です」
「あら、マフユちゃんの体中に巻き付いていたキタネェ触手があったじゃない。アレが爆炎の初波を受け止めて、いい感じに遮る盾となったのよ」
「そんでクソ触手共が吹っ飛んだら、オレ達が自由になったぜ。邪魔くせぇのが消えたら、あとは力を揮うまでの話だ」
「やれやれ、仕込みが裏目に出ましたか。それにつけても、まさかですよ。切り落とした自分の腕を触媒にして、精霊の力を誘因膨張させるなどと。アナタは精霊ではありません。肉体を失えば元には戻れないというのに。あの瀬戸際で逡巡なく決断できるなど、誰に予想ができます? 16、7歳の小娘が臆せずに打てる手ではないでしょう」
セイギは自嘲と呆れの混ざった溜息を吐いた。
マカベ・マフユという精霊使いを過小評価しすぎていたのは自分自身。それを差し引いても、少女の胆力は常軌を逸している。セイギの記憶にあるどの精霊使いとも違うものだ。
彼女が抱く覚悟と決意に出し抜かれた、それ故の敗北だと認めざる負えない。
「我が同胞よ、アナタ達にしてもです。契約している主を護るのに全力を尽くすとしていながら、その腕を切り落とし、爆弾の素材にすることを厭わない。矛盾しているとは思いませんか?」
「なに言ってんだテメェ。マフユがやれっつぅんだから、気にせずやりゃいいんじゃねぇか」
「マフユちゃんはね、目的のためには手段を選ばないのよ。必要とあれば、どんな手段だって迷わず使う。それがあの子の望みなら、好きにさせてあげるのがアタシ達の役割だわ。その結果こうして窮地を脱しているんだから、何が正解かは考えるまでもないでしょ」
「はっ、アナタ達と話していると、ワタシの方がおかしい気がしてきますね」
チアキとシュウカのさも当然という返しを受け、セイギは脱力したように首を振った。
そんな精霊を目掛け、マフユは踏み込むと同時に大鎌を振り下ろす。
事前告知などなく、左腕一本で風の精霊武器を素早く疾らせた。斜め角度の一閃がセイギの肩から胸、続けて脇腹までを深々と切り裂く。
動けない精霊はされるがままに斬撃を受け、背中から壁面に倒れ込んだ。鋭利な切り口からは黒い煙が薄く立ち昇り、再生中の手足が断続的な痙攣を示す。
「戦いはまだ終わってない」
仰向けに倒れたセイギを見下ろして、マフユはその首元に月刃を突きつけた。
冷たくも熱量を含んだ双眸が、真っ直ぐにセイギを射貫く。
「無抵抗な相手をいきなり切りつけるとは、容赦がありませんね」
「散々やってくれやがってよぉ。これはほんのお返しだぜ」
「支配下に置いていた死魂は触手として全て出し切ったうえ、爆発で完全に失ったようね。大量の魂を縛るのにも力を割いていたんでしょ、それも無くしてる。だからすぐに再生もできない。ウフフ、手詰まりってところかしら。どうするマフユちゃん、完全に消滅させておく?」
「予定に変更はない。セイギ、私と契約しなさい」
「もし断ったら?」
見下ろしてくるマフユへと、セイギは挑発的にニヤけてみせた。
その瞬間、首に押し迫る大鎌の刃へ炎が生まれる。
シュウカの放つ力が喉を炙り、誰の弁よりも問いの答えを明らかとした。
「テメェが首を縦に振るまで、徹底的にボコしまくるだけだ」
「その前に振るための首がなくなっちゃうけれどねぇん」
「いやですね、ただの確認ですよ。この期に及んでは意地をはる意味もありません。認めましょう、敗北を。敗者は強者に従うもの。ワタシはアナタの軍門に降ります。仰せのままに、我が主君」
当初と同じ胡散臭い笑みを浮かべる糸目が、幾らかの神妙さを含んで宣言する。
言葉だけでなく内心からの恭順を定めた時、セイギの全身に淡い紫電が生まれて駆けた。走る雷閃はそのままマフユの足から体へと伝わり、融けるように吸い込まれていく。
精霊と精霊使い、両者の間に霊子力のバイパスが構築された瞬間である。
するとセイギの回復速度が多少増し、欠損部がよりなめらかに再構成されだした。マフユからの霊子力供給が始まったのだ。
「目的は達成した。帰りましょう」
「なに言ってるの。相当な無茶をしてるんだから、まずはその怪我を診てもらうにきまってるでしょ」
セイギとの契約が成ったことで、マフユの手から大鎌が消える。
入れ替わりに風が吹き上げ、少女の隣に金髪美丈夫の精霊が姿を現した。
なんでもなさそうにしているマフユの左肩に手を置いたチアキは、彼女を支えるようにして進路を促す。
精霊使いとしての特異な才を持っているとはいえ、生身の人間には違いない。現在、この中で最も重く深いダメージを負っているのはマフユである。今すぐ然るべき治療を受けなければならなかった。
「おい新入り、テメェ回復系の力とか使えねぇのかよ」
「お生憎様ですね。ワタシの本領は死者の霊魂があってのもの。他者から奪うことは得意でも、癒すことはできません」
「チッ、肝心な時に役立たねぇのな」
「やれやれ、ここは後輩イビリが酷そうで、上手くやっていけるか不安ですよ」
炎が生まれて渦巻き、人の姿でシュウカが実体化する。
彼女は未だ倒れたままだったセイギの胸倉を掴み、乱暴に引き起こした。
自力で動くにはまだ及ばないその体を雑に引き摺りながら、チアキに付き添われて歩くマフユの後ろへ続く。
こうして一人の精霊使いと、その下へ集った三名の精霊は、闇夜の中へと姿を消していくのだった。




