第16話:決戦の行く末
「うおおおおおッ!」
マフユが上げる気豪の雄叫びへ呼応して、背中の翼は力強く羽ばたいた。
風の助けを推進力に変え、真正面へと猛突進していく。
二つの武器が激突している要点が、ミシミシと軋み音を漏らした。差し迫った状況に、セイギの片目は薄く開けられる。
しかしどれだけ押しても、現在地点から先には進まない。
「何か妙だわ。気を付けてマフユちゃん」
「予想以上の力量であることは素直に認めましょう。けれどまだまだ経験が足りませんね」
チアキの警鐘へ被さるセイギの声。
闇の精霊は口唇を深く吊り裂き、会心の邪笑を描く。
マフユが目を瞠った瞬間、セイギの全身から濁り照る粘液にまみれた大量の触手が蠢き溢れ、少女へと一挙に押し寄せていった。
回避行動は間に合わない。膨大な触手群が波のように轟き迫り、マフユの横を逸早くすり抜けて、背後でターンし白翼へ巻き付く。
殆ど同時にうねくる塊が殺到し、柔らかな手足へと異様な速度で絡んできた。弾力のある肉管が手首や脛周りを拘束して、マフユの動きを強制的に阻んでしまう。
「お嬢さん、アナタは誘導を受け、ワタシの懐へ飛び込んできたのですよ。罠とも知らず、勝てる気になってね」
大きく自由を奪われたマフユへと、セイギは愉しそうな嘲笑を顔面に貼り付けて、わざとらしく一礼してみせた。
その間にも前から後ろから、横から下から、新たな触手が一斉に獲物へ群がり、遠慮会釈なく着衣の上からまとわり、にじり這っていく。
数多の触手は少女のみならず彼女が握る精霊武器にも圧し掛かって、隙間なく密着し、多方向から雁字搦めに封じていた。
「んんだコリャ!? 力が出せねぇし、姿も変えられねぇぞ! どうなってんだ!」
「支配している膨大な死魂を凝縮して、ワタシの干渉力を増大させ覆い被せています。いかに優れた精霊であろうとも、負の想念に蝕まれた霊魂で満遍なく塗り固めれば、思うようには動けないでしょう。相乗強化されたワタシの影響下に縛られている限り、もうアナタ達は何も出来ません」
混乱しながら大声で喚くシュウカに、セイギは惨忍な笑みで返した。
わざわざタネを明かしてみせるのは、相手の絶望感を煽る以外の意図がない。
「放せ!」
背筋を駆け抜ける強烈な嫌悪感に苛まれ、マフユが冷たい眼差しで叫ぶ。
けれども当然のように触手の群は従わず。
少女も体を揺すり、思い切り四肢を振るうが多勢に無勢。腕を縛り、脚を捕え、背から回って、腹に巡り、首筋を巻かれると、いよいよ身動き自体が難しくなる。
「あぐっ、うぅ、あぁッ!」
接触された触手により、尋常でない力で五体を捻り上げられて、マフユの口から苦悶の呻きが漏らされた。
触手群は少女から反攻する力を削ぎ落とすべく、手心ない強圧で華奢な体を締め上げる。
この間にも粘液に塗れた肉管の密着は、ブレザーとワイシャツ、スカートを容赦なく穢していく。泥ついた重液が刻々と染み込み、整えられた装いに濁った暗色を擦り付けた。
全身を10本以上の触手に這われ、マフユは完全に抵抗を禁じられている。自分の意思を無視した強制拘束。なにより不気味に脈打つ肉管を直近に感じる現状が、少女の危機感を増さしめる。
そんな窮地で、一つの太い触手が彼女の眼前へ進み出し、鎌首を擡げてきた。丸みを帯びながら中心へ縦筋を描く先端から、異臭の強い濃い汚液を滴らせ、長く肉々しい異容を小刻みに打ち振るう。
「なにを、するつもり?」
苦痛の渦中で、マフユの瞳が危惧を映した。
束縛された今の状態では一方的にされるがまま。振りほどくことも、逃れることも覚束ない。
少女の抱く危機感を愉しむように、太い触手の震えが増す。直後、その先端から大量の灰色液が放出され、マフユの顔へ凄まじい勢いで降り掛かった。
「うっ!?」
目の前の肉管から濃厚な粘液を浴びせかけられ、マフユの口から不快感が漏れる。
粘度の高い濁り液は少女の面貌を容赦なく汚し、なめらかな肌を滑り落ちていく。
大量に放たれたそれらは桃色の美しい髪にもべったりと付着し、酷く青臭い腐臭を漂わせた。
「ちょっと! マフユちゃんにキタネェ液体をひっかけないでちょうだい!」
「そういうワケにはいきません。高潔な心根を持つ者を責め苛み、身も心も徹底的に穢しきることこそが、ワタシの至上の悦びなのですから。それがお嬢さんのような可憐な乙女とあれば尚のこと、懇切丁寧に汚辱へ沈めて差し上げたくなるというものです」
「ケッ! 性根の腐ったヤロウだぜ!」
「誉め言葉として受け取っておきましょう。さて、お喋りもここまでです。そろそろアナタ達の影響が衰えていく頃ですからね。言葉も届かなくなりますよ」
チアキの訴えとシュウカの悪態を一蹴し、セイギはクツクツと喉を鳴らす。
当初から浮かべられていた胡散臭い笑みは、今や完全に邪悪の表出を遂げていた。
猛烈な不快感と込み上げてくる吐き気に晒され、マフユは心底からのおぞましさに顔を顰める。
無理矢理浴びせられた汚液には、霊子力を抑制する呪毒が込められていた。全身に備わる精霊の力が減衰していくことへ気付き、少女の麗貌から生気の鮮やかさが引く。
それは背中に展開される大翼の弱まり、急激な縮小化からも見て取れる。明度を失い、存在感自体が希薄となり、まとわりつく触手の下でいつ消えてもおかしくない状態だ。
契約精霊の脅威が薄れていくのを見計らい、待っていたとばかりに包囲の触手群は猛り狂う。極上の餌を前にお預けを食っていた獣の如く、いよいよ無防備となったマフユへと躊躇ない蹂躙を開始した。




