第14話:全力で
「様々な怨念や呪気に縛られて、死にきれない亡者の魂を集めに集めて固めてるんだわ。この時計塔で死んだ者以外にも、あの精霊ちゃんが渡ってきた各所の亡霊も使われてるんでしょう。いったいどれほどの不浄で凝り固まっているのか想像も出来ない」
「オレ達の力が通用しねぇほどかよ。クソッたれ、チクショウめ! 面白れぇじゃねぇかァッ!」
「死を司る、精霊」
俄然やる気を強めるシュウカとは別に、マフユは悠然と佇むセイギを見た。
胡散臭い笑みを貼り付け、息苦しい程の重圧を纏い、近付く全てを押し潰そうとする気迫。
おそらくはチアキやシュウカ同様に、見た目通りの年齢ではないのだろう。もしかしたら彼等よりずっと長く生きてきたのかもしれない。その膨大な時間を死霊の収集に費やし、輪廻からあぶれた亡者を従え、天の闇を越えてきたモノ。
その黒い容姿を見据え、マフユは決意を改める。
「チアキ」
「なぁに」
「全力で行く。貴方も武装に」
「それはいいけど、今のマフユちゃんじゃ絞り出しきっちゃうわよ?」
「かまわない。出し惜しみはなし」
マフユは風の精霊に語る。
次々と突っ込んでくる触手をギリギリで躱し、幾らかのダメージを受けながら、それでも止まらず動き続けて。
彼女の言葉を受けた側は、僅かに驚きの気配を漂わせた。
「あらあら、ウフフフ。んまぁ、確かにコレは余力を残すようなやり方じゃ、ちょっとどうしようもないものね。分かったわ」
危機的状況でありながら楽しげに笑い、チアキは主の申し出を快諾した。
合わせてマフユの周囲で風が巻き、それらが左手に集まっていく。
形のない風、色のない大気の動き。目には見えない、けれど肌に感じる流れの渦が、尚のこと激しく巡って淡く光った。空気の揺れと明滅が収まる一瞬後には、少女の身の丈を超えた巨大な鎌が生まれている。
金色の長柄に、黄金の三日月刃を備えた得物。マフユはこれを片手に握り、苦もなく持ち上げ水平に掲げた。
「シュウカ」
「おうよ!」
次の一言で右手の剣は燃え上がり、大鎌へ匹敵する紅の長槍に形を変える。
二種の精霊が変じた二つの武器を手にすると、少女の体が重力へ掴まり緩やかに傾いだ。本来あるべき落下が始まる。
けれどその途中、マフユの背から純白の翼が現れ、大きく両翼を広げた。羽毛に包まれた白い翼は、闇夜の中でも燦然と輝き放つ。
その眩さに、終始少女を追い立て回していた触手達がたじろいだ。急追行動をどれもが止め、小刻みに震えながらじりじりと後退していく。
マフユは気にせず、翼も動き、再び重力へ逆らい始めた。今度は時計塔の壁から離れ、夜空の中に浮いたのだ。
遥か彼方の天上より降り注ぐ月光が、彼女を背後から照らす。その姿は遠くから見ると、小さな星が煌いているように見える。
「なるほど、重複顕現ですか。確かに異なる精霊同士を巧く運用できれば、相乗効果で威力は何倍にも膨れ上がります。しかし生半可な実力で扱えば逆効果。精霊間で過干渉が起こり、反発の末に能力は大きく減衰する結果となるでしょう。そのリスク、分かってらっしゃいます?」
セイギはマフユを見上げて、クツクツと笑みこぼした。
少女へ投げる言葉こそ丁寧だが、声の質には隠しようもない嘲りの色が乗っている。
そんな相手の挑発をマフユは受け流した。両手の武器を構え、眼下の精霊へ厳しい視線を突き込む。
「死者を操るその力、必ず従える。私はもっと、もっと強くなる」
凛々しい麗貌に確固たる意志を宿し、マフユは力強く宣言した。
少女の澄んだ声音は夜に消え、柔らかな一陣となって吹き抜ける。桃髪が揺れ、スカートが揺れ、所々破れて血の滲むブレザーが揺れた。
翼は雄々しく美しく月へ輝き、金色の大鎌と紅の大槍は闘争の意欲に咆える。
「どうやら本気でワタシを隷属させるつもりのようですね。そちらがその気なら、いいでしょう」
マフユを糸目に定めたまま、セイギが嗤った。
口唇を裂き、黒のコートを翻して、指を鳴らす。
「ワタシの可愛い死者達よ、歓喜なさい! そこな尊き御魂を捕らえ、器を靡欲の限りに貪るならば、アナタ達の自戒も癒されるでしょう。麗しき乙女を思うが侭に蹂躙し、気高き至魂を穢して喰らい尽くすなら、失われた楽土への路も開けるというものです。さぁ、此の世の暗獄から逃れたければ、可憐なる精霊使いを地に引き摺り下ろすのです。喉が裂けるほどに泣き喚かせ、あらん限りの慟哭を吐き出させてさしあげなさい。その一切合切を踏み躙り、皆の絶望と汚辱を教えてあげましょう!」
セイギの糸目が一度だけ大きく開かされ、爬虫類にも等しい不気味な虹彩を覗かせた。
それへ従い彼は声高に謳い上げ、マフユを指差し邪悪に嗤う。今までの胡散臭さそのままに、怨念塗れの亡者を扱うのに相応しい残忍な笑顔だ。
精霊の声が響き渡ると、少女の白翼を恐れるように退いていた触手達は、一転して活気を取り戻した。
いや、先の数倍増しに勢いを付け、不浄の魔気を噴出させて盛大に躍り上がる。どこまでも昏い欲望と、苦渋からの解放を悶え求める、総悪の激流が闇に狂う。
「折角なので愉しませてもらいますよ。高潔な人物の悲鳴と嗚咽を聞くのは、こたえられませんからねぇ。こんなに興奮する夜を迎えられて、嬉しい限りです」
「精霊は、こんな奴等ばかり。……泣いて謝るのはそっち。跪かせて、契約させる」
力強く蠢く触手を睥睨し、マフユは毅然と言い放った。
チアキとシュウカを両手ごと翼のように広げ、セイギ目掛けて一気に疾る。




