第13話:闇の本領
「話が拗れた途端に攻撃とは、性急なお客さんですね。分かり易いのは嫌いじゃありませんが、こういう無作法はいただけない」
涼しい顔で言ってのけるセイギの周囲へ、件の触手が何本も集まっていた。出所は彼の背後であったり、足下であったり。即ち闇そのものから出現している。
昏い触手達は表面に弾力があり、幾本もの血管に似た筋を浮かせ持つ。先端は丸味を帯び、粘性はないものの月光に照らされて一つ一つが艶やかな光沢を返した。
どれも非常に柔軟で、動きはなめらかだ。無数の触手が独自に蠢きたゆたう様は、深夜という状況を差し引いても不気味に過ぎる。
「シュウカちゃんを弾くなんて、見かけによらずカッタイのね。しかも太くて、元気そうだわぁ。ウフフ、アタシも是非味わってみたい。だ・か・ら、簡単に萎えないでねぇん!」
洗練された邪悪さの滲む狂咆を迸らせ、チアキは精霊たる力を行使した。
盛大な突風が吹き荒び、見えない雪崩となってセイギへと押し寄せる。
死肉程度はいとも容易く寸断する風の牙が、強大な一刃となって闇の精霊へ迫った。凄まじい風の進行は肌で充分に感じられ、力の脈動は己のそれと共鳴する。常軌を逸した破断の奔流に晒されながら、それでもセイギは恐怖も何も浮かべない。
獰猛な風刃が大挙として押し寄せた時、闇の触手達が一斉に動いた。風の進路上に各々が横並びへ集い、精霊を囲む壁となって護りを置く。
直後に陣風が触手群へ叩き付けられ、両者の接触面で霊子力が唸り押し圧し合う。触手はどれ一つとして揺るがない。強靭に聳えて風へ抗い、一分の隙もなく拒み続けた。
精霊が意思の下で扱う霊子力の凝結同士が鬩ぎ合う渦中にあって、僅かに風の進行力が弱まる。それはあまりに微かな、息継ぎ程度にもないささやかな間だった。しかし不浄の激流は敏感に変異を察知すると、反射的に護りを解いて攻めへ転じた。
触手の群体は盛大にうねりながら、セイギを中心として円形に暴れ拡がる。風を導く意思の継ぎ目を正確に叩き壊し、止まる事無く空気を掻いて風道の悉くへ乱し走った。
これが猛風の方向性を失わせ、他者の操作力を著しく減衰させる。結果としてチアキの働きかけは強制的に破られた。風はただの風となり、触手の動きに撹拌されて勢いを消してしまう。
「あぁん。これは思ったよりも、やる」
目論見が失敗して驚きを抱きつつ、風の精霊は温度の低い喜悦を孕んでほくそ笑んだ。
「荒事は嫌いなんですけどね、この場合は仕方ありません。降り掛かる火の粉は払わないといけない」
億劫そうに溜息を吐いて、セイギは頬を掻いた。のほほんとした姿とは裏腹に、彼を基点として現れる触手群は兇暴に荒れ狂う。
一つの例外もなく激しく揺らぎ、次々と伸び出してマフユへと向かった。
夜気を裂いて虚空を駆ける触手は、今までの彼女と同程度の速度を有している。
「速い!」
マフユは即座に横へ跳び、続け様バックステップを踏んだ。
それに合わせてシュウカは炎に変わり、少女の手中へ吸い寄せられると剣になる。
先までマフユの立っていた場所へ、数本の触手が頭から落ち込んだ。それらは壁面を食い破って塔内に沈む。そうかと思えばすぐ引き抜け、狙いを定め直して追撃に移る。
少女の逃れた着地点にも、新たな触手共がすぐさま殺到。マフユはこれも横跳びに躱し、軌道から逃れる。
目標を逸した三本あまりが壁面へ激突するが、鋼材を破壊して直ちに戦線へ復帰した。逃げる桃髪を追って、触手達は多角的に襲い掛かる。
「このままじゃ埒が明かない。直接、本体を叩く」
足下を抉り、肩上を掠めていく触手から紙一重で逃れ、マフユはうねりの中心点を見た。
其処に佇むセイギを藍瞳へ捉え、猛然たる闘気を揺らす。
少女は炎の剣を強く握り、勢いよく前方へ飛び出した。それを追って後ろから、更に前方から触手達が突っ込んでくる。
最も先に接触を試みたのは前方からの一つ。彼女の腕を狙って伸びたこれへ、マフユは上段からの剣戟を叩き込んだ。
燃える刃が触手の側面を打ち、炎熱で炙る。だが、斬れない。
シュウカの一撃は触手の断面に弾き返され、生じた炎も目標を焼けず。出来たこととはほんの僅かに敵の動きを鈍らせただけ。
反動がマフユの腕に伝わり、強い痺れが走った。
「さっきと同じだ、オレの力が通らねぇ! このクソ触手、とんでもない強度だぞ」
悔しげなシュウカの叫びへ覆い被り、攻撃を受けた触手がマフユに詰め寄る。
少女は口内で舌打ちし、壁を蹴って後退。狙い済ました闇色の刺突を辛うじて避けた。
しかし背後からの接近物もある。瞬時に身を低め、横合いへと駆け抜けていく。
途中、剣を薙ぎ払って爆風を呼び、あるかないかの足止めに。そこから一段と速度を上げて振り切ろうとする。
それを阻むよう側方から新手が迫り、少女の細身を串刺そうと一斉に躍り掛かった。
「くっ」
一つが左肩を掠め、ブレザーの肩口と皮膚の表層を切り裂く。
また一つは脇腹を襲い、直撃ではないものの傷を負わせた。
他の触手は一歩足らず、マフユの加速に負けて壁面を穿つ。
続け様に追ってくる闇色の襲撃者を、少女は傷付けられながらも致命傷だけは避け、必死に掻い潜っていく。
進路上に出た物は蹴り飛ばし、例え切れなくとも剣で打ち据え跳ね上げて、チアキの風刃も織り交ぜつつの苦しい歩み。
セイギを狙い進んでいるようでいて、四方から襲い来る触手を逃れ、三歩進んで二歩退がるという状況だった。
「あの触手、正体は霊魂ね」
足下に刺さった一つを飛び越え、撓った一つに背中を打たれて落ち転げ、すぐさま体勢を立て直して疾駆するマフユ。
その耳にチアキの分析が流れ込んだ。




