第12話:何故ここへ
「それでアナタは何をしに此処へ? 精霊を二人も引き連れた人がワタシに用というのなら、大方の予想は出来ますが」
「私と契約を結んでほしい」
「やはりそういう用件ですか。それなら答えはノー。お断りですよ」
相手を真っ直ぐに見詰めて、マフユは余計なものは交えずはっきりと告げた。
対するセイギも糸目で見詰め返し、気負いなく即座に返事をする。
両者の間に、一瞬の沈黙が流れた。
「何故?」
「ワタシは逆にそちらの精霊達にお聞きしたい。どうして契約を結んだのか。自分勝手に生きるのが精霊のサガじゃないですか。なのにわざわざ一人の人間に縛られるなんて、ちょっと理解できませんね。自由な気風の精霊族が、面倒な関係に甘んじている意図はなんですか?」
「あら、アタシ達が損得なんてつまらない物差しで主を定めている、そう言いたいのかしら?」
「精霊が契約を結ぶ場合は二つしかありません。よほど使い手のことを気に入って自主的に行うか、でなければ屈服させられて強制的に結ばされるか」
「ナメてんじゃねぇ。オレが負けて従わされてるだぁ? 馬鹿言え。自分で決めたってんだよ」
「ウフフ、その通り。アタシも自分の意思で、マフユちゃんに従ってるの。だってこの娘と居る方が面白いんだもの。イ・ロ・イ・ロ・と・ね」
憤然と言い放つシュウカへ、チアキも笑いながら同意の声を上げた。
「ほーん、そうですか。アナタ方は変わり種のようですね。それとも、彼女にそれだけの魅力があるということか」
セイギは顎に手を当てて考え込む。
だがすぐ顔を上げて、再度の断言を口にした。
「どちらにせよ、ワタシの答えは変わりません。アナタ達と一緒に行く意思はありませんので」
「なんでだよ、オイ」
「ワタシは今の暮らしが気に入っているんです。けれど一番の理由はそこなお嬢さんですね。アナタ達の従う精霊使い殿が問題です」
「どういうこと」
指摘されたマフユは目を細め、剣呑な面持ちでセイギを睨んだ。
「アナタの魂の色はワタシの好みではありません。酷い色ですよ。醜悪とさえ言える。何を目的に今まで生きてきたかは知りませんが、折角の輝きが台無しだ。自分の生き様を見誤らず、じっくりと研鑽を積んで磨き上げていたら、とても美しくなっていたでしょうに。アナタは進むべき道を間違えましたね。最上の原石を持ちながら、それを汚し続けてきたのです。大変な失敗ですよ、それは。あまりにも勿体無い。そんな魂とはとてもじゃありませんが、一緒になどいられません」
心底残念そうに首を振り、セイギは重々しく息を吐く。
大変な悲観に暮れながら、片手を振って一同に退去を促した。これ以上は見ていたくないとでも言うように、帽子の鍔を下げて目から伏せ、顔を覆う仕草で以って。
その返答として、マフユは素早く腰を落とした。右腕を引き、炎剣の狙いを即座に定める。
藍の双眸には明確な噴気が宿り、激しい憎悪もギラついた爛光を放つ。
「誰にも、私の邪魔はさせない。誰にも、私の生き方を否定させない!」
凪いだ湖面めく感情を初めて波立たせ、溢れる激情のままマフユは渾身の力で剣を投げた。
投擲されたシュウカは空中を疾りながら炎に包まれ、一振りの紅槍へ形を変えてセイギに襲い掛かる。
「交渉決裂だ! ちっと痛い目みることになるが、悪く思うなよォ!」
喜々とした絶声を轟かせて、槍に変じるたシュウカは闇の精霊へ突き刺さろうとする。
その瞬前だった。
セイギの足下から闇が凝り固まったとしか思えない、途方もなく暗く黒い無数の触手が噴出する。
深闇の触手は幾重にも絡まりあい、一つの蠢く壁としてそそり立つ。恐るべき密度を持つ触壁がセイギと赤槍の合間に伸び出るや、槍はこれへ激突し内包する熱気を解いて爆発した。
灼熱の業火が爆ぜ、死滅の熱量が猛り狂う。巨大な爆炎が辺りを包み、一切の視界を閉ざしてしまう。
その中から一筋の炎が舞い、マフユの傍らに滑り落ちた。それは人の形を作り上げ、次には長身の女性なって立ち上がる。
炎に等しい赤髪を短くまとめた、目付きの悪い女だった。鋭く吊り上がる眦と反骨心に燃える黒い瞳、額に横一文字と左頬へ斜めに走った傷痕、憤懣やるかたない様子のへの字口。そこから覗く八重歯はやたらと尖る。目付き云々というより人相が悪い。10人にスケバンと紹介すれば10人が納得する、そんな顔だ。
背丈はマフユを20cm近く上回る。着ているのは黒いタンクトップと迷彩柄のズボン、そして武骨なタクティカルブーツ。
「クソったれ! どうなってやがんだ、オレが弾き飛ばされただと?」
武器から人型へ変じたシュウカは激しく悪態を吐きながら、自分の赤髪を掻き毟る。
同時に足下を力一杯蹴り叩いて、盛大に地団駄を踏んだ。
そんな彼女の前方、先の爆心地で広がる炎が、突如として引き裂かれる。内側から出現した幾本もの闇色触手が、カーテンでも押し開くように爆炎を左右へ退けた。
その奥には焦げ目一つ、煤一つ付いていない無傷のセイギが立っている。




