第11話:精霊顕現
「感覚だけで物を言ってるとオバカに見えてよ」
「んだとォ! テメェ喧嘩売ってんのか?」
「やぁねぇ。ちょっとした指摘をすぐに攻撃と思う辺り、御世辞にもお利口とは言えないわぁ」
「上等だ、買ってやろうじゃねぇか!」
「短気は損気、カッカしてると構成が乱れてよ? ま、どうしてもって言うなら相手してあげなくもないけど。オホホホ」
精霊達の遣り取りは、次第に不穏な空気を醸していく。
チアキもシュウカも堪え性がないことに変わりなく、どちらも心の赴くまま、もっと言えば感情の赴くままに生きているような者達だ。一度いがみ合いが始まれば、気の済むまで暴れ、不満を吐き出しきるまで止まらない。
そんな一触即発状態の精霊達を、マフユは完全に無視していた。彼等の問答には最初から耳を貸さず、何処か遠い場所で起こっている出来事のように知らぬ顔。
彼女自身は屍人の障害が消えた時計塔を、先にも勝る勢いで駆け下りていく。
精霊達の私的な問題に不干渉なのは、そのものずばり興味がないからだ。彼等がどのように語らい、諍い、仲良くなろうが険悪になろうが、それはマフユの関知する所でない。
契約を結んだ精霊個々人との繋がりさえ良好に維持していれば事足りる。
重要なのは、精霊と契約者による縦の関係性だ。これが確かなら、契約者の意思に反して契約精霊は暴発出来ない。最優先されるのは契約者との繋がりである。契約精霊間の横の関係性は問題でなく、精霊同士がどれだけ不仲であろうと実質的に契約者への支障はない。
よって彼等の主張や考え方の違いに心を砕き、仲を取り持とういうつもりなどマフユには毛頭なかった。精霊使いの歴史上、凡そ彼女ほど使役する精霊の関係性に無関心な者もいなかっただろう。
マカベ・マフユが常に見ているのは、自身を強く猛く高めんとする成長の路のみ。
それ以外の何もかもが些末な事々《じじ》で、取るに足らないもの。等しく無価値と断じている。
自分の求め以外は何もかもを顧みず進む少女。その歩みが不意に止まった。
真っ直ぐ外壁を走っていた最中、急制動を掛けての停止。長大な時計塔全体から見て、大凡半ば辺りと思しき場所である。
降下走行を止めたマフユは、前方に蟠る深い闇を見詰めた。
「来る」
小さくとも芯の通る澄んだ呟き。放たれた一言は夜風に溶けて消え果るが、彼女へ従う精霊達まで即座届いた。
言い争っていたチアキとシュウカは口論を止め、膨らませていた戦意の方向を変える。
互いに向かい合う形で放射されていた意欲は今、マフユの双眸が向く側へと定められた。
「あら、やっと本営のご登場? 随分ともったいぶってくれるわね」
「くだらねぇ死体なんぞ嗾けやがって。あの程度でオレ達を退かせられると思ってやがったのか」
風と炎の精霊は共通の不満を吐き、幾許か離れた闇へと告げる。
両名の表情は知れないが、マフユを包む空気と気配に怖気はない。
寧ろ許可さえあれば何時でも挑み掛かろうという、明確にして強烈な覇気が漲っている。
「酷い言い草ですね。ワタシの領域へ勝手に入ってきて、謝罪の一つもない。あまつさえのふてぶてしさ、厚顔なことです。さっきのは正当な防衛手段だと思うのですが」
三者の意識が向く闇奥から、苦笑混じりの嘆息が零れ出た。
ゆっくりと染み渡る穏やかな声に、不自然なほど敵意はない。
これへ続き形ない闇の粒子が凝縮して、時計塔の壁面へ人影を染み出させる。精霊族特有の実体化を経て現れるのは、一人佇む青年の姿だった。
年の頃は20代前半。背はマフユと比べ20cm以上高い。オールバックに撫で付けられた黒の髪と、瞑っているように見える細い糸目。黒い帽子を目深に被り、黒いカマーベストと黒いズボンを身に着けている。その上から黒のロングコートを羽織り、履いている靴も黒い。基本的に黒一色。
面貌に柔和だが胡散臭い笑みを浮かべ、精霊はマフユ達と対峙した。
ただ全身から発される気配だけが異質。明らかに普通ではない重圧が、暗色の外気となって周辺を張り詰めさせた。
「貴方が、闇の精霊?」
「そう呼ぶ人もいますよ。ワタシ自身が自分を名指したことはありませんけど。何々の精霊というよりは、名前で呼んでもらいたいですねぇ」
警戒心を剥き出しにして挑むように睨み付けるマフユの問いへ、精霊は笑顔で応じる。
気負いのない微笑みは怪しくも穏やかだ。
「だったら名乗れよ」
少女の右手に燃える剣の姿で収まるシュウカが、荒々しい声音で吐き付けた。有無を言わさぬ命令口調。殆ど恫喝である。
これに精霊は苦笑して、わざとらしく肩を竦めた。
「無断でこちらの領域に上がり込み、言う事がそれですか。本当に図々しい。まぁ、いいでしょう。ワタシの名前はセイギです。お見知りおきを」
にこやかに口の端を吊り上げ、慇懃に一礼をしてみせる闇の精霊。
礼儀正しく優雅な所作だが、相対するマフユの表情は固い。




