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復讐の精霊使いマフユ  作者: ミチバケ
時計塔の精霊編
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第10話:趣味性の相違

「これよこれよ、これなのよォ! この高揚感、この昂奮! 肉を裂く瞬間の手応えと、形を壊していく快感。あァん、堪らない」


 色の乗る恍惚とした声が、夜風と共に渦を巻く。陰惨な響きは舌なめずりにも等しく聞こえ、痺れ果てる感情の余韻が長く尾を引く。

 常識という枠組みから一歩を踏み外し、倫理の境を越えて辿り着いた場所で上げられる歓喜の雄叫び。

 人外だからこその心地ではなく、個人的な性情に因る。善意の真逆に位置付き、不当な暴力で他者を虐げる事に歪んだ悦楽を感じ入る不浄の性。チアキという一つの人格は、そこにこそ本質を持っているのだと。

 隠すでもない邪悪の発露が、彼の狂的な嗜好を刻々と更新してみせた。


「随分脆い人形だから大した事もないかと思いきや、中々どうして素敵じゃない。腐りかけが一番美味しいって言うけど、腐りきった血肉を蹂躙するのは独特の面白味があるわぁ~。オーホッホッホッホッ!」


 嬉々とした独唱に伴い、一時だけ風が凪いだ。

 そうかと思えば次の瞬間、最後の亡者目掛けて甚大な風が吹き掛かる。壁面を這い登る異形の背中へと、時計塔に対して横風が叩き付けた。

 それまでで一番強い、一点にのみ集中した風の圧鎚だ。急激に硬め凝縮された風群が、あやまたず背面より腐体を押し潰す。

 対象には抗うべくもない。たた只管に圧倒的で、超然とした威力のみを持つ自然の猛威。発生に於いてこそ精霊の施した指向性が働くものの、それ以外では厳然たる世情の理に則った変動である。一介の死肉人形が、短瞬とて耐えられる道理はなかった。

 故に亡者の身は容易く押し潰され、壁面へと圧迫された後に砕け散る。四肢は放り出され、血と肉片が飛び、腐れた骨と皮は粉々に散って、薄汚い煮汁のみが壁に貼り付いた。

 勢いに押されて眼球が転げ出て、薄い皮膜ごとに脳漿のうしょうはまびかれ、熟れた果実以上にふやけていた臓物が舞い踊る。

 人型から多数に別たれた破片は、どれ一つと残らず闇夜に吸い込まれていった。唯一壁へ粘つき残った不純の体液が、糸を引いて雫を滴らせるのみ。


「ふぅ~、かったわぁ。しいて言うなら、もっと断末魔の悲鳴があると最高なんだけど。まぁ、今回はしかたないわよね」

「チッ、汚ねぇやり方だぜ。全部纏めて焼いちまうのが一番だってのによ」


 立ち塞がる外敵を一掃して、チアキは満足気な吐息を漏らす。対して憮然とした声音で、反意も露わに吐き捨てるシュウカ。

 それぞれ風と炎になった両者は、人としての姿なく声だけで応じ合う。

 司る自然の違いこそあるものの、互いに同じ精霊族だ。どのような形で在ろうとも相手を見誤らないし、意思の疎通も問題なくこなす。


「あらん。全て焼いちゃうなんて大雑把な方法は、ちっとも美しくなくってよ」

「なぁにが美しいだ。テメェの方が見れたもんじゃねぇんだよ」

「分かってないわねぇ。相手を捻り潰した時、その身が崩れる刹那に叫出する命の瞬き。其処にこそ至上の美観があるんじゃない」

「へっ、意味不明だぜ。だいたい本当の愉しみってのはな、力と力で真っ向からどつきあう、コレに限んだ。くだらねぇゴタクは不要無用だっての」

「あらやだ、原始的。泥臭く殴り合うことだけが面白いですって? 戦いの醍醐味は闘争の果てにある死生観の交感に尽きるんじゃない。その過程を綿密に計画するのも、突発的な閃きに身を任せるのも、堪らない一時よ~」

「言ってろ、損壊マニア。理屈じゃねぇんだ。自分の持てる全てと、相手の全てをぶつけてせめぎ合う。互いに退けねぇ一線で激突するこの充実感、みなぎる闘志に自分を燃やし一番の勝負へ懸ける緊張感。これこそが闘争の本質だぜ」


 どちらもこと戦いに於いて昂ぶりを見せ、常人ならざる暴力性を覗かせる。けれどその実、双方の本質は決定的に異なっていた。

 チアキは己と意を異にする対立存在へ向けて、闘争意欲と破壊願望をまま損壊せしめる事へ、狂的な陶酔が芽吹く悦楽の基底を置く。

 一方でシュウカは何者であろうと牙持つ存在への直接的な対決を望み、意図も目的も度外視して殊更愚直に戦いを渇望している。

 他者殺戮を一願とする風の精霊。正面切っての闘争そのものを是とする炎の精霊。両者が抱く理想の求めは手段として等しくあり、しかし最終的な到達点はまったく違う。

 だからこそ相手の心情を斟酌しんしゃくなどしようとはせず、抜き身の感情をそれぞれに吐露し合うばかり。

 元より活動領域も嗜好も違う他勢の精霊が、まがりなりにも肩を並べて歩むという事が本来なら有り得ない。精霊使いという仲介者が居なければ、どのような理由だろうと強固な我を持つ彼等は揃い踏みなどしないのだ。

 当然、自らを押し殺して相手を立てるという習性も習慣もないのだから、こと感性に及ぶ会話が折り合う筈もなかった。

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