その声は突然に
ユナはひたすら走っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ダンジョンの中で、ユナの呼吸音だけが反響していく。
息が上がり、呼吸が苦しい。しかし、今のユナには一分一秒も惜しかった。
(もう、誰も死なせたくないっ!)
そんな中、ユナの行手を阻むように、漆黒の毛並みを持つ地獄の番犬ヘル・ハウンドが三頭、その口から炎の吐息を漏らしながら現れる。
「チッ!」
(魔力を温存しなくてはいけないと言うのにっ)
ユナは無詠唱で魔法陣を発動。両手にダガーを握る。
「そこを退かないなら……殺すのみ」
ユナはボソリと呟き、地面を蹴る足に力を込め、急激にスピードをあげた。
一斉に飛びかかってきたヘル・ハウンドの間を、その勢いのまま美しいステップですり抜け、斬撃を繰り出していく。
そして、あっという間に三頭をのしてしまった。
ユナは後方で倒れるヘル・ハウンドの姿を確認することもなく。
ひたすら前を向いて走る。走る。走る。
(ボスにたどり着くまで、ダガー以外の魔法は絶対に使わない!)
その後も次々と襲ってくる魔獣達をユナはダガーのみで倒し、深層へと続く道を進んでいった。
深層に足を踏み込むと、ユナは目の前に広がる光景に絶句した。
そこには、たくさんの負傷者が至る所に倒れていた。
ユナは焦りながら、まだ話せそうな状態の軍の兵士を見つけ、殺気立った目で近づいていく。
「そこの人、この有様は何? 一体何が起こったの!」
「ぐはっ……冒険者が……はぁはぁ……いきなり手柄を横取りしようと……はぁ……襲ってきた……。そこに……魔獣が何体も現れて……軍も冒険者達も半数以上共倒れだ……」
(なんてこと! 同僚の危惧していた事が現実になるなんて!)
「チッ……命知らずの馬鹿な奴らめ……」
ユナは顔も知らぬ愚かな冒険者達に怒りを覚えながら、先へと続く道を走っていく。
進むにつれ、騒がしい音が聞こえ始める。
どうやら、ボスの部屋までの道でも、魔獣達との戦闘や、醜い仲間割れが繰り広げられているらしい。
ユナは走りながら、周囲の気配に神経を集中させる。
少し開いた場所に入ると、そこは深層の入り口よりひどい有様だった。
周囲は焼け焦げた臭いが立ち込め、地面には壊れた武器やポーションの空瓶が散乱している。
まだ消えていない炎は黒々とした煙を放ち、ユナの視界をぼかす。
その中で、冒険者や兵隊達の悲鳴が至る所から上がっていた。
視界が悪い為、正確な負傷者の数は不明だ。
空間の中央に近づくと、その深刻な状況がより一層見え始める。
数人がボロボロの姿になりながらも、臨戦体制で見つめるその先には、ケルベロスを中心にヘル・ハウンドが何頭も周りに集まっていた。
(魔法は使わないって決めていたのに……)
目的のボスの間まであと少し。ここで魔力を無駄に使うわけにはいかないと思いつつも、たくさんの人が目の前で苦しんでいるこの状況を、ユナはヒーラーとして見過ごせなかった。
(一瞬の足止めで全ての魔獣を仕留める。それしか魔力を温存する術はない……)
長期戦になれば、その分魔力は消費される。
つい数日前に苦戦を強いられたケルベロスを相手に、果たして一瞬で全てを終わらせることはできるのだろうか。
そう考えている間も、目の前で助けを呼ぶ人達の声や悲鳴が鳴り響く。
つい弱音を吐きたくなる自分の心を、ユナは下唇を強く噛みしめ必死に堪えた。
(考えても時間の無駄。できるかじゃない! 今はやるしかないのよ!)
「氷の拘束っっ!」
ユナはそう叫び、魔獣たちのいる場所と燃えさかる炎を囲える程の大きな魔法陣を発動した。
燃えていた全ての炎と魔獣達を一瞬で凍らせてしまった少女の姿を見て、叫んでいた冒険者達が驚きのあまり言葉を失う。
一瞬だけ静寂に包まれたその瞬間、ユナはすでに動き出し、転がっていたロングソードを拾う。
そして、持ち前の瞬発力とジャンプ力で一気に間合いを詰め、ケルベロスに向かって刃を振り下ろしていた。
「しーねぇーーーーーーっ!」
先日の反省を活かし、身動きを封じているうちに早技で攻撃を繰り出す。
幸いにも、ユナが手にとったロングソードはよく鍛えられていたようで、切れ味は抜群だった。
体が氷漬けになったケルベロスの首は、魔法を一切使う事なくロングソードのみで次々と切り落とされていく。
「ドシン、ドシドシーンッ!」
三つの首が地面に大きな音を立てて落ち、残された体からは血飛沫が上がる。
ユナはその体に生温い血が降り注ぐことも厭わず、周りに氷漬けにされているヘル・ハウンド達に標的を変える。
猫のような身軽さで、狂ったようにヘル・ハウンドを仕留めていくその姿は、まさに噂となっている『猫の亡霊』である。
ユナはあっという間に全ての魔獣を倒し、その場にかけていた魔法を解いた。
(よし、ここは片付いた。早く行かなきゃ!)
煙がおさまってきた事によって視界がクリアになり、目の前に続く階段の先に大きな扉が姿を表している。その扉が、ユナの気をより一層早まらせる。
が、同時に自分の後ろで悶え倒れている冒険者達の存在を、ひしひしと感じる。
魔力は温存したい。でも見捨てられない。
ユナのヒーラーとしてのプライドが主張してくる。
「あーーーーっもう! 一体、私はどうすればいいのよ!」
————あなたに私の力を貸しましょう。
嘆いたユナの頭の中に、誰かの声は唐突に入ってきた。
それは心地のいい風のような、穏やかで優しい声色だった。




