手柄しか頭にない、この馬鹿野郎どもがっっ!
「だっだれっ?」
突然聞こえた声に、ユナは慌てて周りをキョロキョロと見渡した。
しかし、周りには酷い呻き声を上げる怪我人や、青ざめた顔でぶつぶつと呪文のような声を吐いている人しかいない。
『あなたに私の力を貸しましょう』
ユナはもう一度、先ほどの声を思い出す。
(あの声は多分、女性の声だった……)
穏やかで小鳥のような高い声。
どう考えても、そこら辺にいるむさ苦しい野郎どもの声ではない。
ストレスがかかり過ぎて、ついに幻聴でも聞こえるようになったのだろうか。
「だれ! ねぇ、だれなの?」
だが、ユナの声に返事はない。
「なんだよっ、もう……」
ユナが声の主に呼びかけることを諦めようとした、その時だった。
突然、足元から金色の光が現れ始める。
「何これっ!」
金色の光は、まるで植物が蔓を伸ばすかのようにユナの体を物凄いスピードで登っていく。
得体の知れない現象に驚きつつも、なぜか逃げようとは思わなかった。
むしろ、安らぐような優しい光に覆われていく感覚は、お日様の光に当たっている様な心地よさがある。
————受け取ってください。
ユナの体が金色の光にすっぽりと覆われた瞬間、またあの声が脳内に響いた。
「だれっ! あなたはだれなのっ!」
しかし、反応は無い。
どんだけシャイな人なんだと心の中で呟きながら、ユナはこの不思議な現象に自然と身を委ね始めていた。
次第に、金色の光はユナの魔力と混ざり合うように、体の中へと吸収されていく。
(これはっ!)
自分の体に流れ込んでくる、異常なほどの魔力。
消耗し始めていたユナの魔力が復活、いや、通常時以上に増幅していく。
自分の身に一体何が起きているのか、全くわからない。
ただ、一つだけ言える事があった。
「天が私に味方してくれたって訳ね。やってやろうじゃないの!」
改めて周りを見渡し、負傷者の大まかな人数や位置を確認する。
いつものユナでは、ここにいる全員を治療する事は難しかっただろう。できたとしても、長い時間を必要とする。
しかし今、ユナには莫大な魔力が存在する。
(いつもの私では無理だけど、今だったらもしかすると!)
ゆっくりと目を閉じたユナは、今までに感じた事がない大きな魔力の存在をしっかりと捉えた。
そして、強い覚悟で声を張り上げる。
「癒しの空間!」
ユナが知る中で一番高度な治癒魔法。
もちろん、今まで試した事は一度もなく、これが初めての試みだ。
ユナが立っているところを中心にして、治癒魔法特有の淡い緑の光を放つ大きな魔法陣が、この空間いっぱいに出現する。
(私にこの者達を救う力を。癒しの力を)
ユナは全神経を集中させ、胸の前で手を組みながら心の中で優しく囁く。
次第に、辺り一帯は魔法陣が放つ淡い緑色の光に覆われ始めた。
光の粒が負傷している人達の怪我の周りを漂い始め、労わるように包み込んでいく。
ものの数十秒で、その場にいた負傷者全員の傷が癒やされていく。
「わーっ! 治ったぞ!」
「嘘みたいだ!」
「誰か知らねーが、ありがてぇー」
体が元に戻った者達が、口々に喜びの声を上げていく。
ユナ自身も、初めて使った高度な治癒魔法の威力に驚きを隠せない。
が、そんな事で立ち止まっている場合ではなかった。
「治った人は、ここまでの道で負傷している人達を介抱しながら、ダンジョンの出口に向かってください!」
声を張り上げ、周りにいた人達に指示を出す。
が、ユナが必死に助けた野郎どもは、想像以上のバカだった。
「君、どなたかは知らないが、本当に感謝する。だが、君の命令には従えない。私達はアーサー隊長の元に行かなくては」
「そんな事言って、本当は軍が手柄とって国王にいいところ見せて株上げたいだけだろ!」
「そうだそうだ!」
「何を言う! 元はと言えば、君たちが手柄を横取りしようとして、混乱を招いたのだろう!」
「ふざけんな! お前らみたいな国の犬なんか倒れていれば良かったんだ!」
「それを言うなら、君たちの方が倒れていればいい!」
この場に及んでも、手柄云々と言っている両者に腸が煮えくり返りそうだ。
ユナは感情を押し殺している間も、醜い争いは目の前で繰り広げられる。
(一体、お前らは何をしに来たんだっ!)
ユナはこんな馬鹿野郎どもを治したことに、一切後悔していない。
だが、まるでユナの努力を無駄にされた様な現状に、腹が立って仕方がない。
拳を握りしめ、歯を噛み締める。
ユナの周りに凍てつく空気が集まり始めた。ピリピリと音が鳴り始め、怒鳴り合っていた者達も、流石にユナが放つ殺気を感じ取り、黙る。
「お前ら……。私がどれだけやってやったと思っている!」
鼓膜をつん裂くような怒鳴り声。
「いいか、よく聞け。命の重さに、軍も冒険者も関係ない! 負傷している人が誰であろうと、死んでいい命なんてないんだ! 分かったら、とっとと立ち去れ! 手柄しか頭にない、この馬鹿野郎どもがっっ!」
「「「「ヒィッ! はっハイぃぃー」」」」
血塗れで怒りに満ちたユナの放つ凄まじい圧力は、どんな魔獣よりも恐ろしかったのだろう。
この場にいる全員が反射的に体を震わし、叫びながら逃げるように背を向けて走り出す。
出血が多かった者達はまだ足がおぼつかず、転んだり、よろめいたりしながらも、必死に出口へと向かって行った。
そんな姿を見ていたら、ユナの怒りに満ちた感情がスーッと引いていく。
「良かった……。生きてて……」
安堵の言葉を溢しながら、進むべき方向に視線を向け直す。
再び先にある巨大な扉を見据えたユナは、気を一層引き締め走り出す。
あれだけ大掛かりな治癒魔法を使ったにもかかわらず、ユナの魔力は先ほどから止まる事を知らず、まるで底なしのように漲っている。
『ユナにとって、最強のヒーラーってどんな存在なの?』
ユナは走りながら、昔マリアに聞かれた問いをふと思い出した。
(今ならなんとなくわかる気がする)
そう思いながら、ユナは扉へと続く階段を駆け上がっていくのだった。




