果たされない約束
「ユナっ! フィンさんのパーティーが、ボス討伐から帰ってきたらしいよ!」
「マリア、それは本当なの?」
「うん!」
ユナは食事中にもかかわらず、机をバンっと叩きながら立ち上がり、孤児院から飛び出した。
フィンがボス討伐に向かってから、二日目の朝のことだった。
思いのほか早い再会に、思わず胸が踊る。
村からダンジョンがある森の方へと向かえば、人だかりが見え始めた。
ユナの村は住みにくい環境の為か、暮らす住民も少ない。それにしては、集まった見物人の数は多かった。
「きっとあそこだ!」
フィン達は、この村で一番大きな建物である孤児院を救った有名人である。
きっと、その有名人がボスを討伐して帰ってきたから、みんなでお出迎えしているのだ。幼いユナはそう解釈した。
「フィン〜!」
走りながらユナは叫ぶ、が、誰一人としてこちらに気付かない。
その集団に近づくに連れ、空気が重い事を次第に感じ始める。
何やら嫌な予感がして、ユナは叫ぶのをやめ、より一層動かす足を早めた。
集団の後方にたどり着いたユナは、集まった大人達の様子をチラチラと伺いながら、その間をすり抜ける。
誰もが一様に表情を曇らせ、肩を落とし、拳を握りしめていた。
その先で、何やら人が必死に叫ぶ声がいくつか上がっている。
「フィ……ン……?」
やっとユナが最前列に来た瞬間、その先にあったものに衝撃を受けた。
タンクの装備をした男の冒険者が、血塗れで横たわっている。片足が何かで引きちぎられたかのように無くなっていた。
顔は血の気をなくし蒼白になりながら、痛みに耐え苦悶の表情を見せている。
その横には、必死で呼びかける魔術師らしき格好をした男性冒険者と、白を基調としたヒーラーらしき軽装備の女性冒険者。
そして、倒れているタンクに治癒魔法で応急処置を施す村人がいた。
呼びかけている冒険者達も身体中傷だらけで痛々しく、女性冒険者は泣き叫んでいた。
その人達は紛れもなく、『フィンのパーティーメンバー』だった。
「くっそ、どうしてこうなった……」
「私のせいだ……私の……ヒック……」
「はぁはぁ……お前の……せい……じゃない。みんな……ぐっ……はぁ……やれる……事は……したんだっ」
「それ以上話すな、お前は血を流し過ぎている。体力が持たなくなるぞ」
悲痛な表情で、そんなやりとりを繰り広げる中に、フィンの姿はなかった。
周りをいくら見渡しても、どこにも見当たらない。
「ねぇ、フィンはどこ?」
ユナは一歩前に出て、冒険者達に問いかける。
冒険者達はユナの存在に、そこで初めて気が付いたらしい。目を丸く見開き、そして顔を背けた。
ユナは周りの大人達も顔にも視線を向けて答えを求めたが、皆一様に口を固く閉ざし、ユナから視線を逸らすばかり。
その反応に、ユナはまるで暗闇に落ちていくような感覚にとらわれた。
我慢できなくなったユナは、冒険者達に走り寄る。
「ねぇ、答えてよ! フィンは? フィンはどこにいるの?」
「ユナちゃん……」
「なんで教えてくれないの?」
「それは……」
ユナの行動を窘めようと、村の人達が何かを言おうとするが、結局何も言わない。
重い空気が流れる中、横たわる冒険者が時より発する苦痛の声と、涙を流す冒険者の嗚咽だけが聞こえる。
「……フィンは帰ってこない」
唐突に声が響く。
ユナはその言葉が持つ意味をすぐに理解できなかった。
フィンのパーティーメンバーは今負傷しているとはいえ、ここに、この村に帰ってきている。
なのにフィンだけが帰ってこないなんて、そんなのはおかしいとユナはまた冒険者達に問いかける。
「なんで? なんでなのっ!」
また一様に口を閉ざし始めた周りの空気が、ユナの心をえぐる。
子供とはいえ、もう十歳になったユナには、その反応が導き出す答えを予想できてしまう。
しかし、それを口に出せば認めてしまう事になる。
できれば思い違いであって欲しい。
そんな感情が入り乱れ、ユナはその感情をぶつけるかのように、冒険者達に激しく問い詰めた。
「フィンはどこ? ねぇ、教えてよ……。お願い……答えてよ……」
ユナはその場に膝から崩れ落ちた。顔を下に向けると、ため込んでいた涙が地面にポツリポツリと落ちていった。
そんなユナに、先ほどまで叫んでいた魔術師の冒険者がよろけながら立ち上がり、目の前で跪いた。
「ユナちゃん、フィンはもう帰ってこないんだ。……フィンは、死んだんだ」
決定的な言葉を告げられ、ユナは涙で濡れた顔で見上げた。
目の前にいた冒険者も涙を流していた。
「ごめん。俺らの力が足りなかった。あいつに、フィンに任せっぱなしで俺ら強くなった気でいたんだ。ユナちゃん、フィンを連れて帰れなくてごめん」
それからの記憶は、ユナ自身よく覚えていなかった。
なかなか帰ってこないユナを、孤児院のシスターが探しに来て、そのまま帰ったらしい。
泣き疲れたユナは、その日のうちから高熱を出し始め、寝込んでしまった。
熱で意識が朦朧とする中、ユナは何度も何度も同じ夢を見た。
目の前でフィンが殺される夢。
現実と夢の間を行き来する日が五日間続いた。
体調が戻った後、フィン達に何が起こったのか、治療を終えた魔術師の冒険者が包み隠さず教えてくれた。
あの日、ボス討伐にいったフィン一行は、問題なくボスが潜む部屋までたどり着いた。
が、ボスの力は想像を遥かに超えていた。
ボスとして現れたのは一体のドラゴンだったそうだ。
大きな体で、硬い鱗に覆われた全身は緋色に輝き、その背や尾からは炎が燃え盛っていたと、冒険者はユナに語った。
ここまで魔獣からの攻撃に耐えてきたタンクの盾と足を、ドラゴンはその大きく強靭な足でクシャりと握って引きちぎり、一撃で使い物にならなくした。欠損した足を治すことは極めて難しい。
そして、タンクが戦闘不能になってしまったパーティーは、ヒーラーの治癒魔法に頼らざる負えなくなる。
が、それも長くは続かず、治癒魔法を酷使してしまったヒーラーも魔力が尽きてしまった。
攻撃を受け止めきれず、それぞれが体にダメージを受けても、治す事ができない。
全員に死が差し迫った時、リーダーであるフィンが決断した。
「みんな逃げろ! 俺が残って攻撃を食い止める」
フィンの命令に皆が反対する。
が、現実問題、もはや勝ち目の無い戦いで全滅するか、誰かが残ってその他が生き残るかの二択に迫られていた。
そして、残るとしたら、一人でもなんとかドラゴンと渡り合えるフィンしかいなかった。
パーティーメンバーも、身が引き裂かれる思いだったのだろう。
話している最中、苦しそうに拳を握りしめ、罪の意識にさいなまれながら話す姿が、ユナの目に焼き付いた。
そして、フィンは一人残った。
すでにボロボロになっていたという姿で、フィンは最後にこう言ったそうだ。
「ユナには、包み隠さず話してくれ。そして、約束果たせなくてごめんと伝えてくれ!」と。
何が起きたのかを話し終えた冒険者は、その数日後、他のメンバーと共にユナの村を去っていった。
ユナはその話を繰り返し考え、考え、考えた。
そしてふと、フィンの言葉が蘇った。
『俺たち怪我ばっかするからさ。ヒーラーがたくさんいたら心強いんだよ! ボス攻略だって簡単になるさ』
自分に治癒魔法の力があったら、フィンがボスになんてやられる事は無かったのかもしれない。
そんな事を考えても過去は変わらないし、仮にユナが治癒魔法を使えたとしてもこの現実は変わらなかっただろう。
そんな事分かっていた。でも、大切な人の死というものを受け入れるには、ユナはまだ幼過ぎた。




