せっかくの美人が台無し
「これから、ボスを討伐してくる」
フィンのその言葉は、ユナにとって師弟関係の終わりを告げていた。
元々、ここに滞在している間だけという決まりだった。
だが、いざその日を迎えると、ユナは驚きや寂しさを通り過ぎ、何も考えられなくなっていた。
「今まで一ヶ月の間、本当にお世話になりました」
「いーえ。むしろフィンさん達のおかげで、私達は今こうして生きられています。いくらお礼を言っても足りないくらいです」
そんなフィンとシスターの会話が、ユナの耳に入っては消えていった。
何も言わずに、ただただフィンの顔を見上げる。
そんなユナの様子に気づいたフィンは、目の前まで近づき、片膝をついた。
「ユナ、今日までよく頑張ったな。お前は強くなった」
ユナの頭に皮の厚いゴツゴツした手を乗せながら、フィンはニッと笑って見せた。
「剣士の座は譲れないが、もしヒーラーになる覚悟ができたら、いつで待っているからな」
「私は……」
かろうじてそう言葉が出たが、その後に続く言葉が出てこない。
そんなユナにフィンはニヒッと笑いかける。
徐々にぼやけていく視界に、眉を寄せ下唇を強く噛みしめながら、ユナはこみ上げるものを必死に我慢する。
「ユナ、お前なんて顔してるんだよ。せっかくの美人が台無しだぞ」
「だって……だってっ」
「別にこれでお別れって訳じゃないだろ? また会えるさ」
「ほっ……本当に……?」
「あー本当さ」
「やぐぞくだがらねっ、ゔーっヒック、ヒッ」
もはや流れ落ちる涙を止める事は不可能だった。
大粒の滴が、ユナの頬を止めどなく流れ落ちていく。嗚咽も止まらない。
走馬灯のように、フィンと過ごした一ヶ月の思い出が頭の中に流れていく。
「あー約束だ」
しかし、その約束が果たされる事は無かった。
ふわりふわりと体が揺れている感覚の中、ユナは徐々に現実の世界へ意識を取り戻し始めた。
「……フィン……約束って……言った……じゃない……」
まだ記憶と現在の間にいるユナは、無意識でそう呟いていた。
時が経つにつれ、だんだんと意識がはっきりしていく。
ユナの体は今、何かに乗せられた状態で移動している。温かい感触が懐かしさと共にじんわりと広がっていく。
「ここは……どこ……」
「ん? 気付いたかい?」
耳元で囁かれたその声は、とても優しい男の声だった。
その声の主に、ユナは心当たりがある。
「アー……サー……」
「やっと名前で呼んでくれるようになったね。嬉しい限りだよ。もっと呼んでほしいな」
「うるさい……」
「今日も辛辣だねぇ……。いつも通りなのは何よりだけど」
アーサーのその言葉に、先ほどまで自分の身に起こっていた事を思い出す。
どうやら、すごく、すごーく認めたくはないが、ユナの体はアーサーにおぶられた状態で移動しているようだった。
しかし、今はそんな事気にしている場合ではなかった。
完全に意識を取り戻したユナは、辺りを見渡し、他に人の姿が見えない事を確認する。
「あの冒険者達は……」
ユナが救おうとした冒険者達の姿も見当たらない。
「心配ないよ。あの人達は軍の医療施設に連れていってもらった。ユナちゃんの治癒魔法のおかげで、命の心配は無いそうだ。あの人達もすごく感謝していたよ。ユナちゃんの行いは人の命を助けた。誇っていい事だ」
「あんたに慰められても、ウザいだけだから」
「命の恩人にも手厳しいな、ユナちゃんは」
少ししょんぼりしてしまったアーサーに、ユナは少し申し訳なく思う。
どんなに苦手で、ウザくて、ムカつくやつでも、確かに今日はこの人に命を救われた。
その事実は変わらない。
お礼を言いたいのに、素直になれない自分に腹ただしい気持ちが芽生える。
「体の調子はもう大丈夫かい?」
揺れ動く感情に拍車をかけるように、アーサーが気遣う言葉をユナにかける。
その優しさに、何故か甘えてしまいたいと思う自分がいる。
自分の無能さを思い知り、虚勢を張っていたユナの心が崩壊していく。
ユナはアーサーの背中で、体を震わしながら口を動かした。
「……ありが……とう、アーサー……」
消えそうな声でそう呟く。
アーサーの肩に回してた腕に、自然と力が入る。
目の縁に溜まっていく涙を我慢することができない。
ユナは下唇を噛みしめ、嗚咽を必死に堪えながら静かに泣いた。
アーサーとの距離がゼロの今、ユナが泣いていることなど、いくら嗚咽を我慢したところで気付かれるに決まっている。
アーサーは「ふっ」と鼻で笑い、「ユナちゃん、せっかくの美人が台無しですよ」と言った。
それもまたムカつく事に、かつての恩人フィンが言ったセリフと全く同じであった。
ユナはどうしようもなく涙が止まらなくなる。
「顔なんて見えないくせに……。あんた、ほんと……ウザい……嫌い……」
「ユナちゃんのそれ、褒め言葉だと思う事にしたよ」
感謝はするが、やっぱり苦手なのに変わりはないと、ユナはひとしきり泣きながらそう思うのだった。




