じゃーユナ、お前ヒーラーになれ!
フィンに頼み込んだ翌日から、剣の修行が始まった。
ユナは孤児院で年下の子達の面倒を見たり、シスター達の仕事を手伝う合間で稽古をつけてもらうようになった。
フィンもダンジョンに行ったり、孤児院の補修工事をする合間で、ユナの相手をする。
そんな日々を過ごす中、程なくしてユナは持ち前の器用さを発揮し、フィンの予想をはるかに上回るスピードで基礎をマスターした。
ユナの成長は止まることなく、遂には自分に合った剣技を無意識のうちに作り上げていく。
短期間で剣技をどんどん吸収していく十歳の少女の姿に、フィンを始め、フィンのパーティーメンバーやシスター達も驚きを隠せない様子だった。
ユナが剣を教えてもらい始めてから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていたある日の事だった。
その日も限られた時間の中で、二人は剣技を極めていた。
「はあぁぁぁぁっ!」
ユナが木で作られた剣を両手で持ち、フィンに向かって勢いよく走って行く。
フィンのいる少し手前で思いっきり地面を蹴り、飛び上がる。
落下していく体を捻らせ、その勢いの軌道のまま、手に持っていた木刀を下で待ち構えていたフィンに思いっきり振るった。
「カァーンッ!」
二人の剣が激しくぶつかり合い、大きな音を響かせる。
ユナの体はフィンに押し返されまいと必死に力を入れる。
が、十歳の少女の力と大人の男性では力に差があり過ぎる。程なくしてユナは思いっきり吹き飛ばされた。
ユナはその体を思いっきり抱えこみ、空中でクルッと後転することで勢いを殺し、ふわっと着地する。
しかし、フィンはすでに持ち前の脚力で間合いをつめ、攻撃を仕掛けていた。
ユナは着地してすぐに繰り出されるフィンの連続攻撃を、体を滑らかにしならせながらギリギリで交わしていく。
遂にその攻撃速度に対応しきれなくなったユナの隙に、フィンが狙いを定めた。
「もらった!」
フィンがそう叫んだ瞬間、持っていた剣は思いっきり払われ、ユナは勢いよく尻餅をついた。
「カランッ」
ユナの手から抜けた剣が、地面に落ちる音がその場に響く。
「はぁはぁはぁ…………」
ユナは荒い息を漏らしながら、悔しそうに顔を歪めた。
「あははは。そんな顔すんなってユナ。お前は充分強くなったよ」
「まだ一回もフィンに勝ててない……」
ユナは尻餅をついた体勢のまま、不満そうに口をすぼめてそう呟いた。
「そう言うなって。ユナ、お前は強いよ。それに俺の剣技をアレンジして、自分のスタイルにするなんて。師匠として鼻が高いぞ」
「私のスタイル?」
「そうだ。ユナの戦闘スタイルは剣技というより剣舞だな」
「剣舞……」
ユナはフィンのその言葉で、何か特別な力を得たような気がした。自然と嬉しさが込み上げ、笑みが溢れる。
憧れの人に純粋に褒められたこともあり、ユナはその目を輝かせたまま、すくっと立ち上がる。
「フィン、あのね! 私、フィンのパーティーに入りたい! 一緒に冒険がしたいの!」
その思いは、これまでの修行の日々で温められてきた、ユナの新たな夢だった。
キラキラと期待のこもったユナの青い瞳が、真っ直ぐにフィンへと向かっていく。
しかし、なぜかフィンは一瞬悲しげな顔を見せた。
(あれ? 私、何かまずいこと言ったかな?)
ユナはその表情の変化に訳がわからず、ただただ黙っているフィンの顔を見つめた。
「ユナに剣は似合わない」
唐突にフィンがそう呟いた。琥珀色の瞳は真剣な眼差しで、強い圧を放っていた。
ユナは予想外の展開に、先ほどまでフワついていた心が急激に冷めていくのを感じる。
『ユナに剣は似合わない』
その言葉が、ユナの頭の中に何度も何度も駆け巡る。と同時に、周りの音が急激に遠のいていく様な感覚が襲ってきた。
「なんで…………」
かろうじて出た声は震えていた。そして次に襲ってきたのは不満の渦だった。
(なんで、そんなこと言うの。ねぇ、どうして。今言ったじゃん強いって、師匠として鼻が高いって。褒めてくれたじゃんか! なのになんで! ひどいよ!)
ユナは溺れかけの魚のように口をパクパクと動かすが、それらの言葉が声に出てくる事は無かった。
その代わりに、頬につーっと生暖かいものが落ちていく。見開いた青い瞳から、止めどなく溢れていく。
よほどひどい顔をしていたのだろう。
フィンが顔を背けて俯いてしまった。
ユナは涙で濡れた顔を両腕でゴシゴシと擦る。拭ったところでまた流れてくる涙を、それでもユナは何度も何度も手で拭い取ろうとした。
「ユナ」
ふと優しい声色で名前を呼ばれた。
しかし、ユナの涙は止まらないどころか、いっそう溢れ落ちるペースが早まる。ユナは顔を下に向け、泣き顔を隠そうとした。
「ユナ、泣かないでくれ」
数歩近づいてくる足音。下を向くユナ視界に、泥で汚れた大きな靴が現れる。
そして、フィンはユナの目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「ごめんな」
フィンは申し訳なさそうな声色で謝ると、ユナの頭に大きな手をポンポンと乗せてきた。
その重さが心地良くて、徐々に涙が弱まり始める。目元を擦る手を止め、赤く腫らした目でフィンを見つめる。
ユナの視線をしっかりと受け止めたフィンは、微妙な空気感を払拭するように、戯けた様な笑顔で話し始める。
「ユナ、よく考えてみろよ。俺のパーティーにはもう、俺と言う最強の剣士がいるんだぞ? 同じパーティーに剣士は二人もいらないだろ?」
自慢げに自分の胸を叩きフィンはそう言った。
(あっ確かに……)
ユナの中を渦巻いていた嫌な感情が、一気にスッと引いていく。
「さっきは俺の言い方も悪かった。だが、剣士の座は譲れねぇ」
「でっでも、私はフィンと一緒に冒険したいっ……」
「そーだなー。じゃーユナ、お前ヒーラーになれ!」
ユナは一瞬ポカーンと意識が飛んだ。
なぜか全く違うポジションになれと、フィンは言う。
その言葉の真意が幼いユナには理解できず不満をぶつける。
「なんでよ! ヒーラーだってもういるじゃん!」
「俺たち怪我ばっかするからさ。ヒーラーがたくさんいたら心強いんだよ! ボス攻略だって簡単になるさ」
フィンはそう言ってからニヤッと笑い言葉を続けた。
「まー、ユナにヒーラーの才能があったらの話だがな」
(むっかぁぁぁぁーっ!)
フィンの放った挑発的な言い方は、ユナの対抗心を煽るのには充分だった。




