あのバカと張り合うレベルでしつこい!
ユナは最近こなした業務の報告書を制作すべく、今日も会社の事務所に向かっていた。
「あー辞めたい……」
最近、口を開けばそのワードが出てくる様になっている。
入社して三ヶ月、一緒に入った同僚が二十人いたはずなのに、今はたったの五人になっていた。
その為、いなくなった人の分まで働かされ、仕事量は増える一方。それでも給料はそのまま。
(割りに合わなさ過ぎる……)
残った同期のうち、一人の馬鹿以外は顔を合わす度に、いつ辞めるかを話し合う始末だった。
もちろん、ユナもその中の一人である。しかし、どうしても働かなくてはならない理由がある。
ユナには仕事を辞めても養ってくれる家族がいない。
元々孤児であるユナは、自分が働かなければ食べていく事もできないのだ。
仕事を辞めるにしても、次の仕事が決まるまでの生活費に当てるお金を貯めておかなくてはいけなかった。
が、今の職場の給料は安定していて生きていくには困らないものの、貯金ができるレベルではない。
(今のうちに副業で貯金しまくって、仕事辞めた後の資金を作っておかないと……)
ユナはお金が貯まるまでの我慢だと自分に言い聞かせながら、一日一日を過ごしていた。
マリアから偽名ライセンスをもらったユナは、あれから着実にクエストをこなし、副収入を得ている。
しかし、ソロ討伐にはどうしてもリスクが伴う。
ユナはリスクを冒してまで副業するつもりは無い。
だから、選ぶクエストも簡単な方で、当然もらえる金額もその分少なかった。
(やっぱりクエストのレベル上げないとダメか……)
月の生活費をざっと頭の中で計算し、今の貯金額と仕事を辞めた場合に必要となる金額を照らし合わせながら、石畳の道をホワイトリングの事務所に向かって歩いていた。
ふと、前方が騒がしい事にユナは気づく。
近づくにつれ、主に女性達の発する黄色い声が聞こえ始める。
「アーサー様! 今日はこんな所で何をされているんですか?」
「私、ファンなんです!」
「キャー素敵!」
飛び交う言葉が明確になり、ユナはその中心にいるキラキラオーラ満載の男性の姿を確認した。
(げっ……)
そこにいたのは、他でもない剣王アーサーだった。
そしてあろう事か、ユナの姿を見つけると、こちらに手を振りながら歩いてくる。
「久しぶりだね、ユナちゃん」
ユナは気付かなかったフリをしてそのまま足を前に進める。
アーサーの周りに取り巻いていた女性達の冷たい視線がユナに降り注ぐ。
背中にゾワっと悪寒が走り、身震いした。
(怖い、怖い、怖い。お願い、こっち来ないで……)
ユナのそんな気持ち全く察していないアーサーは、なんの躊躇いもなく近づいてくる。
「無視されるのは寂しいな」
そう言いながら、アーサーはユナの横にピッタリと張り付き、一緒に歩き始めた。
思わずため息が溢れる。
「なんの用ですか? 人気者の国営軍アスピーダ第二部隊隊長さん」
「アーサーと呼んで欲しいな」
「質問の答えになっていませんが?」
「名前呼んでくれたら答えるよ」
「では、答えなくて結構です」
ユナは強く言い放つと、歩く速度を早めた。
しかし、スラッとした長い脚で、アーサーは易々とそのスピードについてくる。
先に心が折れたのはユナだった。
ピタッと足を止め、アーサーの方に向き直る。
「もうっ! 朝っぱらから一体なんなんですかっ!」
苛立ちを隠すことなくアーサーにぶつける。
しかしアーサーはニコニコと笑いながら、その様子をむしろ楽しんでいる様だった。
「ただ話をしたくて、ユナちゃんに会いに来てはいけないかい?」
整った顔でキラキラオーラを放ちながらそんな言葉を口にする。
普通の女性だったら完全にアウトだ。
しかし、日々同じレベルの顔と嫌なほど職場で過ごしてきたユナだ。これぐらいで惑わされることはない。冷たくあしらうぐらい、どうって事ないのだ。
「いけません」
「辛辣だね」
さすがのアーサーもちょっと寂しそうな顔をしてそう呟いた。
これ見よがしに悲しげな表情を見せてくるアーサをユナは全く気遣うことなく、スルーしたまま歩みを進める。
しかし、いくら冷たい態度を決め込んでも、アーサーはしぶとく付き纏ってくる。
(しつこい! あのバカと張り合うレベルでしつこい!)
似た者兄弟にはうんざりだ。
二人の間にしばし沈黙の時間が過ぎていく。
そして、ぎこちない空気を先に破ったのはアーサーだった。
「前から不思議に思っていたけど、どうしてユナちゃんはヒーラーを選んだのかい? あれほどの戦闘センスを持ち合わせているのであれば、引く手数多だろうに」
突然、真剣な声色でアーサーがそう訪ねる。
その言葉に、ユナは記憶の断片を思い出し始めた。




