いつでも歓迎するよ
ユナはいつもより軽い足取りで、ホワイトリングの事務所に足を踏み入れた。
「おはようございます!」
「おーユナ。おはよう」
先輩達とすれ違う事に必ず挨拶を交わす。
いつもは朝から気を張り詰め、先輩達にペコペコと頭を下げていく度にげんなりしていたが、今日のユナは心晴れやかだった。
(早くライセンス届かないかなー)
昨日、マリアと飲み屋の前で別れてから、ユナの頭の中はずっとその事しか考えていなかった。
気を抜いたらスキップしてしまいそうな勢いで、ユナは自分の席がある部屋のドアを開ける。
「おはようございまーす!」
満面の笑みで部屋に踏み込んだ瞬間、ユナは凍りついた。
「やあ、ユナちゃん。昨日ぶりだね」
金色の髪にスラッとした長身と華やかなオーラ。その顔はむかつくほど整っており、輝く瞳は緋色に染まっている。
ユナは何回もパチパチと瞬きを繰り返し、腕で目を擦ることを繰り返す。
(これは夢だ、何かの間違いだ)
しかし、何度瞬きをしようが、目を擦ろうが、ほっぺをつねってみようが、目の前の光景に変化はない。
そこには昨日、鬼の様なメニューをユナ達に押し付け、最後の最後に最悪な舞台を用意してくれた男、剣王アーサーの姿があった。
ユナの机に寄りかかり腕組みをしている姿は、なぜかムカつくほど神々しい。
(何でこいつがここにいんだよっ!)
ユナは叫びたくなる気持ちを宥め、平然を装いながら声をかける。
「軍のお仕事はどうされたんですか?」
何かよからぬことが起きそうな雰囲気に警戒しながら、引きつる顔の筋肉を何とか制御し、愛想笑いを作る。
「そうだね。ここにいるのも、軍の仕事みたいなものだよ」
「へっへぇー…………」
あまり深掘りしてはまずいと本能的に察し、ユナはこの部屋から逃げ出す事を考える。
部屋に踏み入れた足をゆっくりと後退させ、
「それじゃー私はこれで……」
と、言いながらドアを閉めようとした。
「今日はここで雑務なのでは?」
ギクっと体が強張り、ユナは動きを止める。
(なんで私の仕事内容知ってるのよ……)
ユナは逃げることを諦めると、ふーっと一つ息を吐き、スタスタと自分の席に向かって歩き始めた。
席に着くと、アーサーとは一切視線を合わせないまま、椅子に腰掛ける。
「今日は弟さん外で任務ですけど」
溜まっていた報告書制作の準備をしながら、先ほどまでの愛想のある口調ではなく、少し冷たい空気を孕んだ言葉でユナはそう言った。
「そうみたいだね。女の子に負けちゃって自信喪失した愚弟の顔も見たかったから、すごく残念だ」
(爽やかイケメンのくせに、性格は相当ねじ曲がってるわぁ……)
ユナが黙々と作業をし始めるが、アーサーがいなくなる様子はない。
それどころか、ユナにニコニコとした視線をずっと送り続けてくる。
(怖い、怖い、怖い、怖い……)
作業に集中したいのに、その視線が気になりすぎて全然捗らない。
ユナは持っていたペンを机に置き、一つため息をついてからアーサーと目を合わせた。
「なんなんですか。弟さんいないし、もう用はないでしょ? 私、作業に集中したいんです。そこにいられると気が散って仕方がないので、帰ってくれませんか?」
「私が愚弟の顔を見たいが為に、ここに足を運んだと思うかい?」
ユナはその言葉に訝しげな顔をする。
「じゃーなんだっていうんですか?」
「君に会いに来たんだよ。ユナちゃん」
その事になんとなく感づいていたユナは、もう一つ大きなため息をついた。
「私に用とは?」
「私とパーティーを組まないか?」
「はーいー?」
あまりにも突拍子もない話に、ユナは反射的に聞き返してしまう。
「ユナちゃんとパーティーを組みたいんだ」
さっきまでずっとニコニコと笑顔を振りまいていたアーサーが、今は別人の様に真剣な眼差しでそう言う。
ユナは思わずその視線から顔を背けた。
「無理ですよ。そもそも、軍はどうするんですか?」
目の前にいるこの男は、国営軍アスピーダ第二部隊隊長という立場。
仮に本気で言っているとしても、軍がみすみすアーサーを手放すとは思えない。
「もちろん、辞めるよ」
「軍がそれを簡単に認めるとは思いませんが」
「なんとかする」
痛いところを突いたはずなのに、アーサーはなかなか引こうとしない。
ユナはイライラし始め、口だけが先に回り始める。
「無理ですって。それに私、今の仕事も結構気に入ってるんです。辞めるつもりはありません」
(ここは嘘でもなんでもいいから、この人を諦めさせなければ、相当めんどくさい事になる……)
ユナは特定のパーティーに所属することに抵抗がある。デメリットが多いからだ。
仲間を常に思いやらなくてはいけない。
仲間と助け合わなくてはいけない。
仲間を守らなくてはいけない。
それに、不安定な収入、休みもほぼない毎日。
昔は憧れていた時期もあった。
でも、その憧れは現実を知らない無垢な子供が夢見ていただけで、働き出し大人になったユナにとってはもう終わった話である。
「あれ? おかしいな。愚弟から、ユナちゃんはこの会社辞めたがっているって聞いていたのだが」
(あのヤロー……)
「弟さんの勘違いですよ」
「そうなのかい? ヒーラーだけをやりたいのに、他のポジションもやらされていて、不満がある様だと聞いていたのだが……」
(随分と詳しく話してくれてんな、あのクソ馬鹿野郎。次会ったら殺すっ)
「確かに、私はヒーラーとしてこの会社に入ってきました。でも、他の仕事もやっていくうちに、だんだんやりがいが出てくる様になったので……」
「それは残念だ。ユナちゃんには是非、ヒーラーとして私とパーティーを組んで欲しかったのだが」
(ヒーラー? 昨日の戦闘を見て誘ってきた訳ではない?)
ユナの表情が一瞬困惑の色を見せる。
アーサーはそんなユナの様子を見て、ニヤッと笑った。
「今すぐにとは言わないよ。考えておいて欲しい」
(ヒーラーとして……。いやいや、私落ち着け。今選択すべき道なのか? いや、辞めるとしてもまだその時期ではない。今は辞めない方がいいに決まっている! でも……。あーもうっ!)
ユナの感情がアーサーの言葉によって掻き乱される。
「じゃー私は行くよ。またね、ユナちゃん」
(もう二度とくるな!)
ユナがそう叫ぼうとした瞬間、
「失礼するぞ。あーいたいた」
ドアが開き、大柄で少し腹の出たおっさんが立っていた。
紛れもなく、ユナが大っ嫌いなマウント先輩である。
「おっと。これはこれは、アーサーさんじゃないか。昨日はうちの戦闘員への指導、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそいつも愚弟が迷惑をかけてすみません」
「いや、彼の才能にはいつも頼りにさせてもらっているよ。元気がいいことは何よりさ」
「そう言っていただけてホッとしました」
「ところで、どうしてここに? フランツ君なら今日は仕事でダンジョンに行っているよ」
「その様ですね。他にも用事あったのですが、今し方済んだところでして、帰ろうと思っていたところでした」
「おーそれはそれは呼び止めてすまん。またいつでもきてくれ。なんだったら、うちの戦闘員にまた指導してほしいよ」
「また時間があったら来ます。その時はユナちゃんを個人指導しますね」
(こっちがお断りだ!)
「そうだ、ユナ! お前に仕事があってきたんだ。昨日の戦闘を耳にした人が、是非前衛アタッカーとして指名したいと言ってきてる。急で申し訳ないんだが、今から行って来て欲しい」
(冗談じゃない! 今日こそは言ってやる!)
「いや、私は今日雑務が。それにっ……」
そこまで言ったユナは、さっきまでアーサーと会話していた内容が脳内にフラッシュバックし、静かに口を閉じた。
(それに私はヒーラーです。前衛アタッカーの仕事はやりたくありません)
続く言葉を心の中で吐き出してから、そっとアーサーを見た。
ユナを不思議そうに見ているが、心の中ではニヤニヤしているに違いない。
きっと、アーサーはユナが飲み込んだ言葉に感づいている。
しかし、他のポジションにもやりがいを感じていると言ってしまった手前、この状況でやりたくないとは口が裂けても言えない。
それこそアーサーの思う壺になってしまう。
パーティーを組んでくれとせがまれるのは、もう御免なのだ。
ユナは目線を床に落とし、拳に力を入れ、唇を噛み締めた。
「……わかりました。すぐに準備します」
「あー頼むな。今回のクライアントはうちをご贔屓にしてくださっているパーティーだから、くれぐれもそそは無いように」
マウント先輩の言葉を流し聞きながら、ユナは椅子から立ち上がり出口に向かおうとした。
「いつでも歓迎するよ」
ぼそっと真横からそう言葉が聞こえたが、ユナは聞かなかったフリをして部屋を後にするのだった。




