副業禁止というふざけた規則
「ユナ」
突然声をかけられ、ユナは一瞬で現実世界に意識が戻った。
横を向くと、心配そうに眉を潜めている天使の顔がある。
「あの人が私の前に初めて現れた時のこと、思い出してた……」
「あーあの時ね。あれは酷かった。フィンさん達のおかげで誰も死なずに済んだけど、孤児院はボロボロ。修復できるお金も無くって。今じゃ良い思い出話だけど」
「そうだったね」
「でも、何よりも覚えているのが、ユナがその後フィンさんに『戦い方教えて!』って言い始めたことだけどね。あの時は本当にビックリしたよ」
ユナはそうだったなーと思いながら、それ以上の記憶が出てくる前に、反射的にまた記憶の扉を閉めた。
「ユナ、あまり思いつめないでね」
「うん、分かってるよ。マリア、ありがとう」
「少しは手を抜いて仕事をする事も大切だよ。まーユナってそういうところ真面目ちゃんだから難しいかもしれないけど」
「そうだよねー。自分でもそう思う」
「能ある猫は爪を隠すって言葉があるくらいだからね」
「そこまで器用に立ち回れない……」
ユナは思わず頭を抱える。
「器用貧乏なのにね。私はそんなユナが好きだけど」
天使のオーラを放ちながらマリアがそう言い、自分のグラスに入ったお酒をまたグビッと飲む。
少しの間があり、ユナは一つため息を漏らした。
「あー早く今の仕事辞めたい……。ヒーラーに専念したい……」
「ヒーラーに、魔法戦闘員、それに前衛アタッカーの剣士。いっそのことソロで討伐でも行っちゃえば?」
確かに、そんじょそこらの冒険者パーティーよりも強い自信がユナにはある。
基本的にパーティーを作る時は、前衛アタッカー、タンク、後衛アタッカー、そしてヒーラーの四役を主体に構成される。
前衛アタッカーは剣士などの近距離型戦闘員で、攻撃の要となるポジション。
タンクはヘイトを取って敵の攻撃を自分に引きつけ、攻撃を受け止めることに特化したボジション。
後衛アタッカーは長距離型戦闘員で、主に魔法戦闘員がなることが多いが、召喚士や弓使いもこのポジションに分類される。
そしてヒーラーは治癒魔法に特化し、戦闘員の治療を受け持つ。
今ユナは、そのうちのすでに三役をこなしている。
それに、魔法の使い方によっては力の無い女性のユナでもタンクのポジションもこなせるだろう。
つまり、マリアが提案した様に、ソロ討伐でも充分にやっていけるはずなのだ。
実際ユナも同じ事を考えた時もあった。
だが……
「マリア、うちの会社は副業禁止だよ」
そう、ユナの会社は副業禁止というふざけた規則があった。
「だからソロ活動はできない……」
実際、お金の面でも副業はしたい。
仕事量が増えても、それに見合った額のお金はもらえず、入社当初と全く変わらない給料。
昇給はしても年一回。それも、早くて一年後の話である。
今は少しのお小遣いでも欲しいところだ。
副業でギルドの仕事を受け、報酬金をもらえれば少しは余裕ができる。
今の仕事を辞めるにしても、ある程度貯金を作っておきたい。
それに、幸か不幸か、無駄に増える仕事量のお陰でユナはソロ討伐できるレベルにまで鍛えられていた。
こんだけ理不尽な思いを強いられながら頑張っているのだから、その能力を自分の為に生かして何が悪い。
しかし、立ちはだかる規則……。
ユナはまたテーブルに顔を突っ伏した。
「でもさ、バレなきゃ良いでしょ」
マリアのその一言でユナの体に電撃が走る。
顔をすくっと上げ、ビックリした顔でマリアを見た。
「えっもしかして思いついてなかった?」
ユナは驚きのあまり声が出ず、コクコクと頷く。
「ユナってほんと真面目だよね。今時、偽名でギルドにライセンス登録する事だってそんなに難しく無いよ。常に冒険者不足なんだし。ソロなら冒険者がいなそうな活動時間を狙ってコソコソ動けばバレないって。変装はしたほうがいいと思うけど」
(その手があったかーーーーーーっ!)
なぜその可能性を思いつけなかったのだろうと、ユナは頭の中で嘆く。
「ユナがやるっていうなら、私も協力するよ。ギルド内ではわりかし顔広いし、融通が効く人にお願いして、すぐに偽名でライセンス取れると思うから」
「マリア〜〜〜〜〜〜やっぱ持つべきものは友だ〜〜〜〜〜〜。ありがとう〜〜〜〜」
泣きながら、マリアに今日二度目となるハグをする。
マリアもまた「よーしよーし」と言いながらユナの頭を撫でる。
(稼ぎまくって、マリアに美味しいものいっぱい食べさせてあげよう)
ユナはマリアの優しさに包まれながら、そう心に決めるのであった。




