昔々、命の恩人がいました
広大なイレーネリア国の外れに、とある小さな村があった。
ダンジョンの近くという事もあり、時々魔獣が出現するこの村は、冒険者ぐらいしか近寄りたがらない。
作物が育っても野生の動物や魔獣の被害でダメにされてしまう。
そんな生きづらい土地に、ユナが育った孤児院はあった。
「みんな逃げてっ! 早く!」
ある日の夜、ユナの住む孤児院は、燃え盛る炎で覆われていた。
小さな子たちを抱えた世話役のシスター達が数人、夜の闇を炎が赤く染める中を叫びながら走っている。
「にっ……にげなくちゃ……」
しかし、ユナがいざ逃げようと試みても、体は全く動かなかった。
「グルルルルゥッ!」
「ヒッ!」
そんなユナの目の前に、この災厄の元凶である魔獣が現れた。
その姿は銀色の毛で覆われ、月明かりに照らされ光って見える。口を半開きにしてよだれを垂らしながら、獰猛な目つきでユナを睨む三つの頭。口からは火を吹き、その呼吸に合わせて火花を撒き散らしている。
それは紛れもなく魔獣ケルベロスだった。
「グァッーーーーッ!」
片方の前足でイラつくかのように下の地面をガリガリと引っ掻いたケルベロスは、ユナに向かってけたたましい鳴き声を響かせた。
ユナはその瞬間、腰から砕け散るように、その場に崩れ落ちていく。
体全体がガタガタと震え、体をうまく制御できない。
(食べられちゃう!)
前からケルベロスが飛びかかってきた瞬間、ユナは恐怖のあまり目を思いっきり瞑った。
(いやっ。いやっ! 誰か、助けて!)
咄嗟のことで声も出ず、ただそう心の中で叫びながら、ユナはその時を待つことしかできなかった。
「うぉりゃゃゃゃーーーーっ!」
突然、どこからか人の叫び声が向かってくる。
ユナは力強く閉ざしていた瞼をパッと見開いた。
そこには男の人が一人、物凄いスピードで襲いかかろうとしてきていたケルベロスに突っ込んで行く姿があった。
「グァッーーッ!」
今度はケルベロスが悲痛な叫び声をあげた。
ユナに背を向けるような形で、男はケルベロスと向き合っていた。
暗めの茶色い髪色に、時々現れる冒険者達のような格好。そして右腕には立派なロングソードが握られている。
「さすがに一発じゃ仕留めきれないか……。そこの子供、間一髪だったな。大丈夫か?」
ケルベロスから一切視線を外さないまま、男はユナに語りかけてきた。
「……うっうん」
恐怖で声が出ない中、必死に喉から音を絞り出す。
「動けそうか?」
「……ダメ」
「じゃーそこから動かずにじっとしてろ。アイツを片付ける」
そう言うと男は左足を後ろに引き、剣先をケルベロスに向けて振りかざす。
スンッという音が聞こえ、空気が切れる勢いで、周りに土埃が舞う。
「三回。いや、二回で終わらせてやる」
男は右足を後ろに引くと同時に、柄を両手で持ち、自分の頭上に刃が横に向く形で構えた。
そのすべての動作がユナには新鮮で、数秒前まで死に際にいた世界が輝いて見えた。
(この人すごい!)
次の瞬間、男が地面を蹴り、まるで飛んでいくかのようなジャンプ力で、一気にケルベロスとの間合いを無くした。蹴った地面にはヒビが入り、その脚力が尋常ではないことを物語っている。
先ほどの攻撃で傷を負ったケルベロスは男の速度に対応することができず、その攻撃をもろに受けた。
勢いのまま振りかざされた剣がケルベロスの三つある首のうち、二つを切り落とす。
そして着地した瞬間に今度は真上に跳躍し、残りの首めがけて落ちていく。
「ザクッ!」
剣が脳天を貫き、ケルベロスの体が地面に倒れた。
男は頭を足で押さえながら剣を抜き取り、血を払ってから背中に背負っていた鞘に剣を納めた。
そしてやっと、ユナは振り返った男の人の顔を初めて目にした。
年齢は二十代後半ぐらいだろうか。
やや小柄で少し幼くも感じるが、その顔立ちは精悍であり、彼が大人の冒険者である事を物語っている。
何よりも、まるで黄金の様に輝く琥珀色の瞳が印象的だった。
ユナは自分を救ってくれた恩人である男をボーッと見上げる。
「もう大丈夫だ。じきに俺の仲間が魔法で建物の火も消してくれる」
そう言いながらユナの方に近づいてくる。
そして、少し手前に立ち止まった男は片膝をつき、腰を抜かして座っていたユナの前に右手を差し伸べた。
「立てるか?」
頑張って力を入れようとするが、やはりどうしても足に力が入らない。ユナは首を横に振った。
その様子を見た男は、今度はしゃがんだまま背中をユナに向けた。
「じゃーおぶっていくから。俺の肩に手を回せ」
ユナは何とか動く両腕を男の肩にかけた。
「しっかり掴まってろよ」
そういうと、軽々とユナを背中におぶる。
鍛え抜かれた体の硬さにびっくりしながら、歩く振動に合わせて揺られていく。
何も話さなくなった男に、ユナは思い切って声をかけた。
「ねぇ。お兄さんの名前は?」
「俺の名前はフィン。君は?」
「ユナ。ユナ・マヨルカ」
それがユナがフィンと初めて会った時の出来事だった。




