後悔先に立たず
講習会を終えたユナは、その足で行きつけの飲み屋に向かった。
「……また……やってしまった……やってしまった……」
カウンター席の端でテーブルに顔を突っ伏したまま、呪文のように生気のない声でブツブツと呟く。
ヤケクソでいつものエールに加え、あまり飲み慣れない強めのお酒を何杯か煽っていたユナは、完全に出来上がっていた。
今日の出来事を、魔法の力でこの世から抹消することはできないかとずっと考える。
しかし、そんな都合のいい魔法など存在しない。
「この世から消えてしまいたい……。穴があるなら入って一生出たくない……」
そう嘆きながら悶々と時を過ごす。
絶対に目立たないと決めていたのに、誰よりも目立っていたではないか。
怒りが収まり、だんだんと正気を取り戻していったユナは、今日しでかした自分の大失態に気付き、後悔の渦に引きずり込まれていた。
「カラン」
ここに来てから鳴った何回目かのドアベルの音が、ユナの耳に微かに入ってきた。
カツカツと木製の床を歩く足音が、徐々に大きく鳴り始める。
「……もうやだ……もう無理……」
「そんなに嫌なら辞めちゃえばいいのに」
先ほどまで聞こえていた足音がすぐ近くで止まる。
その代わりに、隣から可愛らしい声が聞こえ、ユナは顔をゆっくりと右に捻った。
「マスター。私もこの子と同じ物をお願い」
「はいよー」
銀色に輝く髪に、淡いピンク色の瞳。お人形の様に整った顔と、小柄な体に豊満な胸。
誰がどう見ても可愛すぎる美少女。
天使のようなオーラを放つ親友マリアの姿がそこにあった。
「……私は天使が見えている? もう死んだのかな?」
「ユナ、残念な事に、まだしぶとく生きてるよ」
「……何でいるの……」
「そりゃ、長い付き合いだもの。ユナの考えていることなんて全部お見通しなんだから」
そんなやりとりをしていると、カウンターの向こうからマスターがマリアの目の前にお酒の入ったグラスを置く。
「とりあえず、乾杯しよ? ねっ!」
マリアのフワッとした笑顔に、焼身中のユナの心が少し浄化されていく。
「うぅ〜マリアぁ〜……」
ユナは思わず、泣きながらマリアに抱きついた。
暖かい体温に包まれ、最悪な気分が少し和らいでいく。
「よしよーし」
そんなユナを、マリアは慣れた手つきで頭を摩りながらなだめる。
二人の歳は変わらないが、側から見ればマリアの方が姉に見えているに違いない。
「で、今日はどうしたの?」
あらかた気持ちが落ち着いてきたユナに向け、マリアはお酒をぐびっと飲み込みながら質問してくる。
強いお酒を飲んでいるにも関わらず、マリアは至って普通の顔で飲む。
マリアはその容姿では想像が付かないほどのザルなのだ。
全く酔う気配の無いマリアと打って変わり、完全に酔いが回った様子のユナは、ズキズキと痛み出した頭を押さえながら口を開いた。
「あのクソマウント野郎のせいで剣技の講習会に強制参加させられて……」
「あーギュムナシオンでしょ? ギルドはその話で持ちきりだったよ。とんでもないルーキーが出たって。それも女の子だったって。誰だろねー」
「マリア、分かってて言ってるでしょ」
「ふふっ。すぐにユナだって分かったよ。だって私はユナの過去を知っているもの」
その意味ありげな言い方に、ユナは眉を潜めた。
(過去ねぇ……)
マリアとユナは同じ孤児院出身で、幼い頃から共に育ってきた。
親友の彼女は、幼なじみでもあり、家族でもある。
そして当然、ユナの過去を一番よく知っている人物でもあった。
ユナには消えないトラウマがある。
マリアもそれをよく知っている。
過去の話題をユナが嫌がるので、いつもであればこの話は深掘りする事なく、マリアは別の話題を振ってくるはずだった。
しかし、今日はこれで終わらなかった。
「ねーユナ。そろそろ前に進む時期なんじゃないかな」
マリアはその可愛らしい顔を少し歪ませ、ユナの反応を伺う様にそう言った。
お酒の入ったグラスを包み込む様に持つユナの両手が、ギュッと締まる。
マリアが心配してそう言ってくれているのは、ユナ自身よく分かっていた。
それでも、どうしようもなく背けたくなる。
「…………」
「ユナが最強のヒーラーにこだわるのも、特定のパーティーに所属しない道を選んだのも、フィンさんの事、どこかでずっと引きずってるからじゃない?」
優しく諭すような言葉で、マリアはユナの核心をついてきた。
頭の中に、茶髪の若い冒険者の姿が浮かび上がる。
こちらに向かって白い歯を見せニッと笑う彼は、琥珀色の瞳を力強く輝かせていた。
「フィン……」
久々に自分の口から出た名前に、ユナは記憶の奥底にしまっていた過去を思い出し始めた。




