読めない男、剣王アーサー
ユナの行動に制止を促す声が、会場に響き渡った。
その声を聞いたユナは、展開していた魔法を全て解き立ち上がる。
「ぐはっ」
横たわっているフランツの腹を思いっきり踏み潰しながら、声の主であるアーサーに近付いて行った。
「お見事だったよ。君の力は聞いていた通り、いやそれ以上だった」
目の前まで歩いてきたユナに対して、胡散臭い仮面の笑顔を絶やさず、優しい声色でアーサーは話しかけてきた。
ユナは自分の拳にグッと力を入れ、全く感情の読み取れない緋色の瞳を見据える。
「あなたに聞きたい」
「なんなりと」
「誰から聞きましたか?」
「何のことかな?」
不機嫌なユナの声に、アーサーはしらばっくれた様に微笑みを返す。
(むっかぁぁああ!)
ユナは目の前の男をキィッと睨んだ。
単純バカな弟と真逆で、とことん食えない男である。
しかし、いくらムカつく男でも、七聖人の一人である事は忘れてはいけない。
言葉を崩して質問を畳み掛けたかったが、ここはぐっと堪え、ユナは丁寧な言葉選びを続ける。
「……私の剣技の事です」
「もちろん、そこで伸びている愚弟からだよ」
「……本当ですか?」
「ああ、本当だよ」
「なら、なぜあえて剣舞と言ったのですか」
「なんとなくさ」
戦闘前、握手を求める様に差し出されたアーサーの手を、ユナは完全に無視し、横を通り過ぎた。
その時、彼は確かに言ったのだ。
『君の美しい剣舞、楽しみにしているよ』と。
聞いた時、なんとなく違和感があった。
しかし、あの時のユナはフランツや理不尽な環境に対する怒りが強すぎるあまり、些細な違和感を探ろうとはしなかった。
が、戦いの最中に忘れていた記憶の一部を思い出したことで、その正体にやっと気付く。
(普通、剣舞なんて言葉使うだろうか?)
そう、あの時アーサーは、剣技でも、剣の腕でもなく、剣舞という言葉を使った。
ユナの戦闘を見た後なら分かる。が、声をかけてきたのは戦闘前の話である。
そう、あれはまるで……。
ユナの戦闘スタイルを前から知っている様な言い方だった。
アーサーは「なんとなくさ」と言っているが、どうにも腑に落ちない。
上手くはぐらかされている様で、なんだかとても気持ちが悪い。
本心を探ろうと、アーサーの瞳をじーっと見つめるが、全く変わることのない無駄にキラキラとした笑顔に、ユナはお手上げであった。
唯一分かった事といえば、この男が苦手だという事だろうか。
上手くは言い表せないが、それは弟であるフランツを苦手に思う気持ちとは、また違った種類の感情の様であった。
そもそも、ユナは剣士という存在にあまりいい感情を抱いていない。
剣士としてこの国のトップに君臨するこの男に、好感を持てと言う方が難しい話であった。
「…………」
「…………」
二人の間にしばし沈黙が訪れる。
会場中も目の前の出来事に衝撃を受け、静まり返っていた。
「もういいかな? 思ったより時間が長引いてしまったから、早くお開きにしなくては」
先に口を開いたのはアーサーだった。
まるで、わがままを言う子供を宥めるかの様に言葉を発する。
整った眉を少しばかり寄せ、困り顔まで作り始めた。
(長引いたのはアンタの馬鹿げた発案のせいだろが!)
「さて、みなさん! 今日の最後を最高の形で締めてくれた二人に大きな拍手を!」
ユナが下唇を噛みしめ怒りを押し殺していると、アーサーは視線をギャラリーの方へと移し、その通る声を張り上げた。
先ほどまで張り詰めていた空気が一気に変わり、盛大な拍手がユナ達に降り注ぎ始める。
(上手く話題を逸らされたな……)
ユナは納得が行かず、より一層顔を顰める。
そんなユナの心情を知るや知らずや、アーサーは緋色の視線をこちらに戻すと、ムカつくほど整った顔で、意味ありげにニヤリと笑みを見せた。
その瞬間、背中にゾッと寒気が走った。ユナは本能的に体を後方に飛び退け、警戒心を露わにする。
「まるで警戒心の強い子猫だね」
アーサーがふっと笑いながらそう口にする。
ここ数ヶ月で、ユナはいつでも役に立つ営業スマイルを習得していたはずだった。
どんな小言や寒いジョークでもそれで乗り越えてきたはずなのに、今、ユナはそのスキルを全く使うことができずにいる。
(この人が七聖人の一人、剣王アーサー……か)
第一印象は『トラブルメーカーである弟に比べたら常識人に見える』だった。
しかし、その印象はものの数秒で『鬼みたいな人』に変わり、そして今の印象は『これ以上関わってはいけないヤバイ人』に格上げされた。
前に、七聖人に選ばれる人は能力的にずば抜けているが、性格的に難があると聞いた事があった。
その話は間違っていなかったと、ユナは妙に納得した気分になる。
(だとしたら、なおさら関わったらダメだ)
たとえ、自分が憧れている七聖人の一人だとしても、今後、極力関わりたくない。
なのに、アーサーは間合いを取ったユナにスタスタと近づくと、話をはぐらかしていた時とは違い、気持ち悪いくらいに緋色の瞳をキラキラと輝かせ、嬉しそうに口を開く。
「私は是非、君と仲良くなりたいと思っている」
(冗談じゃない!)
そこまで出かかった叫びを、ユナは必死に飲み込む。
「私は君に興味があるんだ。今回の講習でその才能を見せられては、興味を持つなという方が難しい話だよ。それくらい、君は素晴らしい人材だ」
ユナが黙っているにも関わらず、アーサーはひたすら言葉を続けていく。
「君に相手をしてもらった愚弟が、私は羨ましいよ。今度は是非、私とも相手をしてほし」
「お断りします」
黙って話を聞いていたユナだったが、ついに限界を迎える。
拍手が鳴り響く中、アーサーが言葉を全て言い終わる前に、ユナは大きくハッキリとした声で言葉を被せた。
「お話の途中ですみませんが、私はこれで失礼します」
ユナはアーサーが次の言葉を発する前にそう言い放つと、クルッと後ろを振り向き、足早にその場を後にする。
こうして、ユナにとって散々な結果となった地獄の講習会が、幕を閉じるのだった。




