兄弟揃ってふざけんな!
三時間に及んだ講習会も、終わりが来ようとしていた。
(もうすぐ帰れる!)
貸してもらっていた剣の返却が終わり、他の冒険者達もどこかホッとした顔をしていた。
目立つ事なく無事に講習を乗り越えられたユナは、自分を褒め称えたい気持ちになる。
が、誰もが達成感に満ち溢れていた中、なんの前触れもなく優しい声色が割り込んできた。
「みなさん、今日はお疲れ様でした。今日途中で休んでしまった人も、これからやっていけば絶対に出来るようになるから、頑張ってみてね。さて、最後に実戦練習と行こうか」
(実戦練習っ!)
ユナは思わずぎょっとする。
「と言っても全員総当たりをするには時間がないから、二人だけ代表として出てきてもらって、一対一で勝負してもらおうかな」
全く予想していなかった展開に驚くも、自分が指名される事はないだろうとユナは思っていた。
「じゃー誰か立候補いないかな?」
「はーいっ! はいはいはーいっ!」
周りがざわつく中、威勢のいいバカっぽさ丸出しの声が鳴り響く。
「やっぱりね。まーいいよフランツ。一人はお前にしよう。じゃーもう一人はお前が推薦してくれ」
(ちょっ……待っ……)
講習は終わったも同然と考えていたユナは、何か良からぬ展開を感じ取る。
そろーり、そろーりと集団の後方、出口の方へと誰にも気付かれないように移動を開始する。
「兄貴がいいっ!」
「お前は昔から私を相手にしている。今日くらいは私以外の冒険者と戦ってみなさい」
笑顔でそう言った剣王アーサーの目線が、一瞬、何故か逃げようと企んでいたユナとぶつかった。
その緋色の視線はまるで『逃げるな』と言っているかのようだった。
(今絶対こっち見たよね! 私見たよね! 何でぇー)
有無を言わせない視線を感じ取ったせいで、ユナの体がピタリと動かなくなった。
早く逃げたいと思う心が焦り、言うことをきかない体からは無限に冷や汗が湧き出てくる。
「えー兄貴じゃダメなの? そしたら俺知ってる奴なんて……。あっそうだ! ユナがいい! 何処にいるんだーユナー!」
大声を上げながらユナを呼ぶフランツの声が会場に響き渡った。
(あー最悪な展開だ……)
思わず膝からしたの力が抜け、ユナはその場に腰を落とした。
そして頭を両手で抱える。
(どうしてこうなった……。私は無事にこの講習を終わらせたはずだ。目立たずにリタイアもせず、自分ができる範囲のことを頑張った。なのに、なのにっ! 何でこんなたくさんの人の前であの怪力馬鹿野郎の相手をしなくちゃいけないっ!)
呪文のように出てくる不満の数々が、頭の中をぐるぐると巡っていく。
剣技の講習なんて最初っから受けたくなかった。
それでも、ユナは「これは仕事だ」「評価、給料の為」と必死に自分を言い聞かせたのだ。
面倒臭い同僚と一緒に奇異な視線を浴びながらも逃げることなくここまで来たし、講習会中だって決して手は抜かず真面目に取り組んでいたつもりだ。
(ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな……)
ユナはヒーラーなのだ。
剣技なんて教えられて、一体どうしろと言うのだ。
もっと言えば攻撃魔法だって、本来であれば業務外である。
「あーいたいたっ! おーいユナーっ! 俺と勝負しろよっ!」
ユナの混乱などつゆ知らず、フランツが能天気なバカ声を出しながらどんどん近づいてくる。
こうなったら終わりである。
ムカつくこの同期を止められる者などいない。
唯一、兄という最強の存在がいるはずなのだが、その本人は至って介入する気はないらしく、全く動く気配がない。
(クソがぁ!!!!)
理不尽な世の中に、ユナの怒りは遂に沸点を超えた。
力なく項垂れ、ボーッと地面を眺める。
(もうどうにでもなれ……なってしまえ!)
全てを諦めたユナは、ヤケクソになるしかなかった。
この状況に対して、何かしらやり返して憂さを晴らしたい。
そう思い至った瞬間、皮肉な事に、鬱憤を発散するのにこれ以上に良い舞台は無いのではないかと思い始めた。
「はっ……はははっ……」
向こうから戦いを挑んできたのだから、遠慮なくぶっ潰していいのだ。
思わず小さな笑い声を溢す。
日頃から溜まりに溜まった同期への恨みを、今果たさないでいつ果たすのだ。
そう考えれば考えるほど、今までの不満がどんどん思い出され、張り裂けんばかりに怒りが込み上げてきた。
「ユナ? 何で座ってるんだ?」
すぐ目の前まで駆け寄って来たフランツが、ユナにそう声をかける。
「……ス」
「何だ?」
「……シテヤル」
「何言ってんだ?」
ユナは俯いていた顔を上げ、フランツを鬼の形相で睨み返しながら叫ぶ。
「コロシテヤルっつってんだよ!」
「ヒッ……」
その殺気に、流石のフランツも青ざめた顔で固まってしまった。
ユナは何事もなかったようにすくっと立ち上がり、フランツの隣をすり抜け、剣王アーサーの元に真っ直ぐ歩み寄る。
周りがことの成り行きを不思議そうに見つめる中、怒りと絶望の中にいるユナには全く見えていない。
ユナが剣王アーサーに近づくにつれ、だんだんとその表情が鮮明になり、視界に映り込んでくる。
面白そうに笑ってこちらを見ているムカつくほど整った顔に、ユナは更に怒りが込み上げた。
(兄弟揃ってふざけんな!)
「君がユナちゃんだね。君のような可愛らしい剣士に頼むのは申し訳ないが、私の愚弟の相手をしてやってはくれないかい?」
近づいてきたユナに対し優しげな笑顔を振り蒔きながら、剣王アーサーが右手を差し出す。
が、ユナはその横を素通りしようとする。
「君の美しい剣舞楽しみにしているよ」
すれ違いざまに、アーサーは差し出した手を下げながら、ワントーン低い小声で確かにそう言った。
(ん?)
ユナはどこかその言葉に違和感を抱きつつも、意識を無理やり現実に引き戻す。
平然と前だけを見ながらスタスタと歩き続け、丁度、アーサーを挟んでフランツのいる場所の対角線上にたどり着いた。
ユナは振り向き、アーサーとその後方にいるフランツを見据える。
「二人はやる気満々みたいだから、巻き込まれないように他の人は移動しよっか」
アーサーの指示で、冒険者たちがその場から去っていくのだった。




