私の連れではありません
このイレーネリア国で最も栄えている街『ハルモニア』
ユナが住んでいる下町とは数キロしか離れていないのだが、そこには別世界が広がっている。
ハルモニアの中心には巨大な城があり、この国を治める国王が住んでいる。
城を取り囲むように要塞が四方を囲っており、初めてこの地を訪れた者達はその存在感に圧倒されることだろう。
それらもまた、かつて栄えた旧イレーネリア時代の産物であり、歴史的に価値があり芸術的に美しい建築物である。
外観の美しさだけでもひと目見ようと、大勢の人が訪れるここは一つの観光名所にもなっていた。
もちろん、要塞の中は一般人立ち入り禁止である。
だが、外から眺めるだけでも充分美しいその風景を見に、人は絶えず集まってくる。
街はいつも賑わいを見せ、旅途中の冒険者達や、着飾った貴族、張り切って商売をする庶民などの声で溢れかえっていた。
そして、そんな城と同じくらいの人気度を誇る観光名所が、ハルモニアにはもう一箇所ある。
イレーネリア国最大規模の格闘技場『ギュムナシオン』
城がある街の中心から少し離れた場所に位置するギュムナシオンは、国が運営する公共施設であり、主に国営軍の鍛錬場として活用されている。
また、定期的に格闘技大会や、音楽祭、大規模な祝い事をする際に使われることもある。
ダンジョンが攻略された際に、大きなセレモニーがここで行われたこともあった。
そんなギュムナシオンの周りもまた、いつも活気に満ちている。
屋台が立ち並び、商売人の威勢のいい声が常に四方八方から襲ってくる。
その様子はまさに、お祭りである。
城の方も賑わっているが、そことはまた雰囲気が違う。
真昼間からお酒を飲んでいる男たちが噂話をつまみに愉快そうに笑い、商売上手な婦人が張りのある声で通りかかる人達に声をかけている。
そんな騒々しい場所に、ユナの姿はあった。
表情筋は疲れ切り、体と心の疲労感がピークに達している。
それもこれも、原因は隣を歩く無駄に顔の整った男、同期フランツのせいであった。
「なーなーなーっ! これうまいぞっ!」
「…………」
隣で大量の食べ物を抱え、まるで犬が獲物を探すかのように鼻をひくつかせている男を、ユナは一瞥する。
ただ隣をスタスタと歩いているだけなら、容姿で無駄に注目を浴びたとしてもまだ許せた。
が、野生児フランツは、ある意味予想を裏切らない。
奴の奇怪な行動の数々はユナの頭を混乱させ、羞恥の渦に巻き込んでいった。
「なーなーっ! 俺、あれも食べたい! お店のおねいさーん!」
(またかよ……)
フランツは、ギュムナシオン近くの賑わう屋台が見え始めた時から、この調子だった。
自分の食べたい物に目星をつけると、すっ飛んでいく。
まるで大人の皮を被った子供だ。
ユナはげんなりとしながら、フランツの行動を少し離れた場所で監視する。
何回も見放したい衝動にかられたのだが、この馬鹿をこんな賑わう場所で一人にしたら、何をしでかすか分からない。
このバカなトラブルメーカーを引き連れてきてしまったのは、ユナの失態でもある。
つまり、ここで何かあればユナが責任を問われかねない。
それだけは避けなくてはならない。
なんせ、今後の評価で次の昇給額が決まるのだから。
そんなユナの気も知らず、フランツは屋台の店員に声をかけている。
会話は全く聞き取れないが、あいつのことだ。
無意識にお世辞のような言葉でも言っているのだろうと、ユナは推測した。
天然イケメンとは恐ろしい。
その予想が当たったようで、屋台に立つ女性が恥じらいながら両手を頬に当てる。
フランツがその母性を感じさせるような甘い笑顔で、店員の女性と一言二言話す。
すると、お店の女性が商品を袋の中に詰めていき、フランツに手渡した。
フランツはビックリした顔で何やら言っているが、女性は頬を赤らめたまま、顔の前で片手をひらひらとさせていた。
そんなやりとりを見ていたユナは「またか」と思わず呟く。
ユナはここにきてから散々、この光景を見てきた。
フランツはああやって屋台に行っては、サービスで様々なものをもらってくるのだ。
それがあの大量に抱えている食べ物の正体である。
(みんなあいつに優しすぎませんっ? 確かに見た目だけはいいけど。み・た・め・だ・け・は)
最初はそんなことを思っていたユナも、今はツッコむ事すら億劫になっていた。
その後、フランツが女性に手を振りながら屋台を離れ、キョロキョロと周りを見渡し、ユナを見つけるやいなや、真っ直ぐ近づいてくる。
ユナはそれを確認すると、フランツが完全に近づく前に歩き始める。
が、フランツの大きな歩幅は、その距離もすぐに縮めてきた。
フランツの無駄に発するオーラと意味不明な量の食べ物を抱えた姿に、通り過ぎる人達の視線が痛い。
(私の連れではありません)
(私の連れではありません)
(私の連れではありません)
心の中でそう唱えながら、赤の他人として振舞う。
しかし、空気を読むことを知らないフランツがしつこく話しかけてくるので、ユナの願いも虚しく二人は注目の的となっていた。
「ユナ、これ食えよ! きっと美味しいぞ!」
フランツが、骨のついた油ギトギトの肉を、ユナに押し付けようとする。
「これからしごかれるって言うのに、そんなもん食ったら吐くわっ!」
ユナは他人のフリをする事に限界を迎え、思わすそう叫んだ。
いきなり話し始めたユナにフランツは驚くこと無く、ごく自然に会話を続けてくる。
「そうか? むしろ食べないと力が出ないだろ?」
「あんたと一緒にしないでっ!」
あっけらかんとしたフランツの言葉に、ユナは声を荒げて言い返す。
あからさまに不機嫌な態度をとっている筈なのに、フランツは自分のペースを全く変えない。
天然マイペースほど厄介なものは無いと、ユナは改めて実感した。
「絶対美味いのになー、コレ」
フランツはユナに勧めるのを諦めたのか、骨付き肉を自分で食べ始める。
整った顔を歪ませて豪快に噛みちぎると、断面から肉汁が滴り落ちた。
普段であれば、香ばしい匂いにキラキラとした肉汁で、自然とユナの食欲は掻き立てられていただろう。
が、これから行きたくも無い剣術の講習会があると考えると、そんな気も起きなくなっていた。
「やっぱ美味い! ほら、俺の食べかけだけど食うか?」
「食べない!!」
そんな会話を繰り返しながら、二人は目的地であるギュムナシオンの前にたどり着くのだった。




