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苦手なクソ同期のご登場


 ユナは気怠げに椅子に腰掛けていた姿勢を即座に正し、開け放たれたドアに顔を向けた。


 そこには馬鹿っぽさ丸出しの男が「おーっす!」と元気よく声を発している姿が見える。

 金色に輝く短髪に、鍛え上げられ筋肉が盛り上がった大きな体格。

 そして、ムカつくほど整った顔。

 マウント先輩がまた戻ってきたのではないかと焦っていたユナは、拍子抜けであった。


 朝っぱらから暑っ苦しい姿を現したのは、同期のフランツという男だ。

 ユナの体から一気に力が抜けたと同時に、また面倒な奴が来たと舌打ちをしたい衝動に駆られた。


「なんだ、お前か」


 ユナはどうもこの男が苦手である。

 ぼそっと発したユナの言葉に、数メートル離れたドア付近に立つフランツが反応する。


「なんだとはなんだよ! 俺に久々に会えて嬉しく無いのかよ」


(地獄耳め……)


 そんな毒を吐いているとも知らないフランンツは、いつもと変わらぬ威勢の良さでドカドカと近づいてくる。

 そして、ユナの隣の席に腰掛けた。

 大きな体でドカッと座るものだから、椅子からギシッと悲鳴があがる。


「なーなー、聞いたぞユナ。凄かったんだってな」


 こいつの耳にも入っているとは、もはやこの会社の人間全員が知っていると思って間違いない。

 ユナは諦めの境地に達した。

 死んだ魚のような目で、前方をボーッと見つめる。


「なーなー、深層どうだった? ゴーレムキモかった? おいどーしたんだよ。なんか反応しろよー。うんでもすんでもいいからさー。俺寂しいぞ」


「スン……」


 一方的に絡んでくるフランツに、ユナは視線も合わせずにそう答えた。

 コイツの扱いはこれぐらいで充分である。


「なんかつれないなー。俺悲しみー。あれ? それなんだよ?」


 フランツの視線の先にあった、先ほどのチラシをユナは素早く後ろに隠す。


「なんだよー。見せろよー」


(こいつに見られたらまずい……)


 ユナは本能的にそう悟った。


 フランツはユナと同じ時期に入った新人社員だ。

 その自由奔放で馬鹿っぽいキャラクターで周りの人を困らせることが多々ある。

 社内ではもっぱら問題児として有名だ。


 しかし、整ったルックスであり、女性人気がある。

 ユナには分からないが、その顔と天然馬鹿のギャップに萌えるらしい。


(てか、萌えるってなんだよ)


 と、ユナはその話を聞くと毎回思っていた。


 そして、彼は前衛アタッカーとして粗削りではあるが、間違いなく天才的だった。

 この問題児が会社をクビにならないのはそこが大きいのだろう。


「なんでも無い。ただの紙切れ」


「いや、なんかあるね。俺にみーしてっ!」


(こいつ……。馬鹿なくせに勘だけは鋭い)


 しつこく迫ってくるフランツと、一枚の紙をめぐって攻防を繰り広げる。

 ユナが紙を持つ手を上下左右に動かすたびに、脳筋バカのフランツの手は、何も考えずに紙だけを追いかけてくる。

 その動作には策略も知恵もない。

 単純なその行動に、これでよくダンジョンでから生きて帰ってこれるものだと、ユナは不思議に思った。


 そんな馬鹿でウザいフランツにも、本気で負けたく無いと豪語している相手がいる。

 それが七聖人が一人、剣王アーサーである。


 知名度ナンバーワンの剣術の使い手。

 同じく剣を武器としているフランツからすると、高い壁でもあり、憧れの存在でもあるのだろう。


 なによりも、剣王アーサーはこの馬鹿でウザくてキモいフランツの実の兄なのだ。

 にわかに信じがたい。

 だが、無駄に整ったルックスが、残念な事にその血筋を証明してしまう。


 兄弟間がどんな仲なのかユナは知らぬところだが、フランツが剣王アーサーを意識していることは日頃の言動でよく知っていた。


(私なんかよりコイツに行かせればいいのに……)


 剣術が本職ではないユナが、なぜこの講習会に行かねばならないのか。

 もっとここに適任者がいるだろうと、あのマウント顔に怒りが込み上げてくる。


 が、よくよく考えてみれば、フランツが単独行動をした場合、周りに迷惑がかかることは容易に想像できる。

 きっと、無駄な人出や事後処理を省くためにも、今回の講習に参加させる事を見送ったのだろう。


(そう考えると、ますますこれを見せてはいけない気がする……)


「何ぃぃぃぃ! 兄貴が講習会だとぉーっ!」


 ユナはぎょっとしてフランツを見た。

 彼は体を横に大きく曲げ、ユナの後ろを覗き込んでいる。


(しまったっ!)


 そう嘆いたところで時すでに遅く、フランツはユナの手から引ったくるようにチラシを取ると、目を輝かせながらこちらに視線を向けて来た。

 少しの間、考えにふけていた隙をつかれた。いくらバカでアホなフランツでも油断してはならない。

 彼が一様、知恵のある人間であるということを、ユナはすっかり忘れていた。


(あー嫌な予感しかしないんですがー)


「俺も行くっ!」


(ですよねー……)


 フランツがチラシを片手に持ち、ユナの方に向けて前に出す。

 ただでさえ行くのが嫌で、どうにか理由をつけて行かないようにと策を練っていたユナにとって、この状況は絶望を意味していた。


 フランツが行くと言い始めたら誰にも止められない。

 とすれば、ユナはフランツのお守りもしなくてはならない。

 どんなに理由をつけて不参加を訴えたところで、フランツのお守りも必要だからという理由も上乗せされ、不参加は認めてもらえないだろう。


 そんな未来が明確に想像できる以上、直談判をしにマウント先輩のところに行ったとして、ただただストレスが増すだけである。

 日に三度もあの顔を見たら、それだけ胃に穴が開きそうだ。


(こんっの、クソ同期がぁぁぁぁっ!)


 ユナはヤケクソになり、勢いよく席から立つと、フランツの手から問題のチラシを引ったくる。

 そしてドアに向かって歩き始めた。


「おい、どこに行くんだ?」


「ここに決まってんでしょーがっ!」


 ユナは振り返って、チラシを力強く指差しながら言う。


「わーい!」


(わーいじゃねーよ、このわがまま天然馬鹿キモウザマックス野郎がっ!)


 ユナは考えつく悪口を連ねて、心の中で絶叫するのだった。


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