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イケメンとかどーでもいい……


 ユナはふらふらとした足取りで、出勤した旨を事務室にいる職員に伝えた後、自分の席がある一室に向かっていた。


 ここ『ホワイトリング』では各社員に席が割り振られている。

 派遣戦闘員として外での仕事がメインにはなるが、そこでの仕事内容をまとめた報告書や、任された仕事内容の書類確認などの雑務もある。

 そのため、戦闘員として派遣の無い日は決まって、事務所にあるその席が仕事場になるのだ。


 ユナは薄暗い廊下をとぼとぼと歩き、自分の席がある部屋のドアノブに手をかけゆっくり捻る。


「ガチャッ。ギィー……」


 古い建物であるため、錆び付いたドアが不快な音を立ててゆっくり開いた。

 少し明るくて狭い部屋に足を踏み入れ、自分の席の方向に視線を向ける。


(ビクッ!)


 ユナの体が一瞬跳ねる。

 そこには本日二回目のお出ましとなるマウント先輩が、ユナの席に寄りかかりながら待ち構えていた。

 ただでさえ体格が良い先輩は、中年に差し掛かり、ポッコリとお腹が出てきている。

 重量感たっぷりのその見た目に、寄り掛かられている自分の席に同情心が芽生えてしまった。


(うわぁ〜最悪だ。なんでまたいるんだよ……)


 この部屋は基本的に新人戦闘員の部屋になっている。

 つまり、マウント先輩は本来ここにいないはずの存在だ。


(しかし、一体何の用だろう……)


 見るからにユナが来るのを待っていた様子。

 先ほどの会話を思うと、どう考えても良い話ではなさそうだ。


 それに、ビシビシと感じる視線。

 ユナより先に来ていた同期の戦闘員達の顔が、迷惑そうにこちらを向いている。


(もうほんと嫌……)


 ユナはそう心の中で弱音を吐きながら、重くなった体を動かし、自分の場所へと向かう。


「やっと来たか。さっきお前に話忘れてしまったことがあってな」


(忘れんじゃねーよ。一回で済ませろよ。お前の顔、日に二回も拝みたくないんだよ……)


 心の中で毒を吐きつつ、疲れ切った表情筋にまた力を入れる。

 薄っぺらい笑みを浮かべ、なるべく平然を装うユナ。


「そうだったんですね。で、どんなお話ですか?」


(これで下らない話だったらぶっ殺す……)


 そんな物騒なこと思いながら、顔をニコニコとさせ、先輩の話を待った。

 すると、どう勘違いしたのか「そうかそうか、俺のありがたい話をそんなにも聞きたいのか」とでも言いたげに、マウント先輩は胸を張り、したり顔で口を開く。


「さっきも話したが、これからお前には前衛アタッカーとしての技術を学んでもらおうと思っている。で、早速なのだが、二時間後に若手冒険者の為の剣技講習会が行われるから、それに参加してくれ」


(はい? ちょっと待って……剣技? 講習会?)


 急な展開に動揺し、頭の中に次々とハテナマークが湧いてくる。


「いやいやいや、今日は無理ですよ。そんな話聞いていませんし」


「そりゃー今初めて言ったからな。でも安心しろ、エントリーはもう昨日俺がしておいたから。当日でもライセンスさえ持っていれば受け付けてくれるらしいが、手間がかかるだろ? 俺が全てやっといたからな」


 そう言って、「どうだ良い先輩だろ」とでも言いたげにマウント先輩はニカっと笑って見せる。


(ふざけんなよこのマウント野郎が! 勝手なことしやがって!)


 今日は久々のフリーで、溜まりに溜まった報告書を全て終わらせなくてはと思っていた。

 マウント先輩の指示に従えば、報告書の作成は出来ず、また今日が終わる事になる。

 ユナは怒りの言葉を必死に押さえ込み、この状況をどうにかしなければと口を開いた。


「…………しかし、この前の報告書がまだで……」


「報告書よりもこっち優先だ。そんなもの適当に書いてしまえ」


(ええええぇぇー。それ言っちゃいます? 前は「報告書を書いて初めてその仕事を終えた事になるからしっかり書け」って言ってましたよね? 言ってましたよねっ?)


「今回の講習会には珍しく七聖人の一人、剣王アーサーが講師として参加をしているらしい。またとないチャンスだからしっかり彼の技術を見てくるといい。それに、彼はイケメンだぞ」


 先輩はそう言うと、チラシを一枚ユナの机に置いて、部屋から出て行った。

 しばし部屋に沈黙が流れる。

 ふと周りを見渡す。

 部屋にいた三人ほどの同僚がユナの視線から急いで顔を背けた。


「はぁ……」


 ため息をついてユナは自分の席に座り、まじまじと机の上にある紙切れに目を通す。


「イレーネリア国、国営軍アスピーダ主催、第五十回剣技講習会。特別講師として七聖人の一人、剣王アーサー・マーティンがその技術を指導!」


 どでかく書いてあった見出しを読んで、ユナは椅子の背もたれに力なく背を預けた。

 そして年季が入り、少しくすんだ色をした白い天井を見上げる。


「七聖人の剣王ねぇ……」


 ユナとて、その人の名前は元々知っている。

 何を隠そう、ユナ自身が七聖人に選ばれる事を目標にしているのだから、今現在の七聖人のことは入念に調べ上げている。


 七聖人の一人、『剣王アーサー・マーティン』


 剣王アーサーは、このイレーネリア国の国営軍アスピーダの若き貴公子とも呼ばれている。

 年齢はユナより四歳年上の二十歳。

 彼は当時十九歳という史上最年少で七聖人に選ばれ話題となった、今一番注目されている人物である。


 元々冒険者で成り上がった彼はその剣術が群を抜いており、数々の功績が認められて七聖人に選ばれた。

 その後、国営軍に引き抜かれて冒険者を辞めた彼は、今や最年少で国営軍第二番隊隊長に抜擢され、さらにその知名度を上げている。


 才能は言わずもなが、そのルックスが非常に良いこともあり、女性達からの人気がえげつない。

 が、ユナにとってはそんな事どうでも良い話である。


「イケメンとかどーでもいい……。行きたく無い……」


 マウント先輩がいないからか、つい心の声が漏れ出てしまった。


 七聖人の一人に接近できるこの機会は、ユナにとってまたとないチャンスでもある。

 が、どうしても素直に喜べないのは「()()の講習会」という所が大きい。


 ユナは治癒魔法の力で功績を残し、認められたい。剣を持って戦うなんて、もう二度とやりたくない。

 何よりも、ユナは剣士という存在が嫌いなのだ。


(どうにかして避けたい……)


 そんなことを思いながらぼーっとしていると、部屋のドアが勢いよく開く音がした。

 ユナはハッと我に帰り、姿勢を正してドアの方に視線を向けるのだった。



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