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第三十九話 だったら帰ろうか?

 

 世の中は甘い話題で賑わっているが、菓子屋の戦略に乗っかっているだけの面々が殆どの中、新浜と金太の調子は良いようだ。

 以前の調整のせいか、あんまり冷やかす奴も居らず、ゆっくりと距離を縮めていくようだ。

 オレにやれない事をやっている金太が妙に、何ていうのかな、これ、どんな気持ちだったんだろう。


 寂しい? 悲しい? いや、どうなのかな。


 よく分からないままに、気持ちが沈むような感覚を味わい、そんな自分にとまどっている感じか。

 どうにもこの世界では不安定になっちまうが、やはりあちらが恋しいのかねぇ。

 あれ程にこの世界を懐かしいと思っていた気持ちがあっさりと消え、今では逆に向こうが恋しい感じか。

 両親の事が無かったらもう、あちらに戻ってしまうのに、どうして捨てられないかな。


 同じ人類だと言うのに、係累と言うだけで切れないって不思議だな。


「これ、義理だから」

「ああ、ありがとう」

「どうしたの? 妙に元気が無いけど」

「よく分からん」

「それって後悔とかじゃないの? 」

「どうなのかな。かつては分かっていたはずなのに」

「それはリハビリが必要ね」

「そうかも知れんな」


(いや、それは干渉波っしょ。見ているだけってのも歯がゆいもんだね)


 ◇


 昼休みに屋上で空を見る。


 おかしいな、ストレスでも溜まっているのか?

 ミニ帰省で遊んだばかりだと言うのに。

 どうにもあちらに戻りたくて堪らない、この気持ちは何なんだろう。

 望郷? それはこの世界のはずなのに。

 戻れて嬉しかったはずなのに。

 もう本当に向こうが故郷になってしまったのか。

 それならあの望郷心は何だったのか。


 どうにもいかんな。


『精神誘導……自己調整』


 まだ帰る訳にはいかないんだ、ここは無理やりにでも……思い込め……思い込め……


 ◇


 気が付くと周囲が暗い。


 ああ、屋上で寝ちまってたのか。

 早く帰らないと。


 珍しく遅く帰るが何も言われない。

 と言うか、目に入らないと言うべきか。

 そんなに仲良くなったのなら、もうオレは……いかん、調整が甘い。


 どうにも、この気持ちは、おかしい。


 急に、こんな、気持ちに、なるとか、あり得、無いのに。


 《ちょっと帰るぞ……すぐ行く……ウォン……待って》


 あいつらが慌ててやってくる。

 少しだけだと言ったのに、これを逃したらもう逢えないかのように。

 そんな事は無いのに。

 少しだけなのに。


 皆を抱いて転移。


 ◇


(てこずらせてくれましたね。過剰な望郷心のせいか気力の消耗が気になって里帰りをさせようと送ってみましたが、そろそろ終わりですよ。あなたはもうこちらの世界の住人なのです。それを忘れてはなりませんよ。それにしてもまた成長しましたか。先が楽しみですねぇ、くすくす)


 ◇


 長い夢を見ていた気がする。


 かつての故郷の夢を。


 そんなはずは無いのに。


 だってあれはもう、遥かな昔の出来事。


 過ぎ去った過去の幻影なのに。


 そうだよ、もう遥かな昔なんだ。


 なのに、昔に戻ったとか、よく考えるとあり得ない。


 じゃああれは何だったのか。


 ただの幻じゃなかったはず。


 疲れているんだろう。


 少し眠れば……そう、きっと。


 ・・・・・


 ・・・・


 ・・・


 ・・


 ・


(起きないね)

(疲れたんだろう)

(僕達の為? )

(そうかもな)

(じゃあこのまま寝かせておこうよ)

(ああ、そうだな)


 ◇


 かつての故郷の世界は彼など元から居なかったかのように時は過ぎ、僅かにひとりだけの記憶の中に留めたまま数年の時が流れ去る。

 記憶を保持していた彼女にしても、うっかり手が出せないとあっては見ているしか出来ず、残念な気持ちで流されていく。


 彼の友は高校卒業後、傍らの存在との距離を縮めつつ、彼の願いのままに組織設立に動き始め、彼の計画のままに事は進み、迷宮協会なるものが設立された後、やはり国からのちょっかいを受け、彼の予想したままに話は進んでいく。

 似たような組織がちらほらと出てくる頃になって、主要メンバー達は一斉に離脱する。

 国としてもその動きは歓迎の方向だったので黙認され、いよいよ国営の組織に近付いていく。


 そんな中、離脱した者達は彼の計画のままに、代行者によって運営されていた組織との融合に到る。

 そうして仮初の代表から彼の友の手にと、その権限が速やかに委譲され、元の代行者達は組織員の地位に留まる。


 関西迷宮組合、冒険者協会部門のお披露目である。


 早速にも国から、いかにも支部のような名称は困るとのお達しだが、設立は元の組織より以前の代物。

 名の盗用を言うなら、逆にそちらが盗用ではないかと反論していく。

 確かに登記は数年前の代物なので反論に正当性があり、国からの勢いは収まっていく。

 合併の示唆がありはしたものの、独自路線で行くと突っぱねた為に話し合いは難航する。


 そうこうしているうちに、何故か迷宮協会所属の探索者達が迷宮に入れなくなった。


 そんな中、当社所有の迷宮という触れ込みで、当たり前のように営業している組織に対し、またしても国がいちゃもんを付けて来る。

 そうなっても彼の対策プログラムの範疇にあり、その対策も速やかに実行されていく。

 今まではサービスで公開していたが、これからは当社の冒険者だけにしたのだと。

 迷宮が欲しいなら自分達で拵えたらどうなのだと国に問いつつ、民間の施設に対しての横槍を世に訴えていく。


 そうした争いの中にあっても営業は続けられ、いよいよ他の組織は立ち行かなくなっていく。

 そうなればもう鞍替えする者達が続出し、小さな組織は関西迷宮組合に吸収されて支部になっていく。

 国との争いは続けられていたが、この国でまともに裁判をしようと思えば数年は掛かる。

 その間、全くサービスの提供出来ない迷宮協会の立ち位置は次第に弱くなっていき、遂には争いは終結した。


 国の撤収によって。


 既に磐石の組織となっていた関西迷宮組合に対しての訴えは取り下げられた代わり、様々な認可の代償に僅かに国への譲歩が成され、事態は収束していく。

 迷宮協会は閉鎖となり、従業員の中には組合に誘致される者も出る中、担当官の異動をもって完全に終結した。


 かくして、関西迷宮組合、冒険者協会部門は全国的に会員を増やし、ちょっとしたファンタジーが味わえる人気のスポットとなる。


 迷宮に家族連れで訪れ、子供が発する魔法名。

 そうして効果が発動し、父親に褒められて嬉しそうな子供。

 そんな風景が当たり前のように見られるようになっていく。


 世界唯一の迷宮の話は世界にも知られるようになりはしたものの、特に資源やエネルギーに関係が無い為、それらの既得権益団体を刺激しないまま、少し不思議な場所として受け止められ、大きな騒ぎにもならないまま速やかに認知されていく。

 外国人観光客にもそれは受け、仮会員になっての体験ツアーなども組まれるようになる。

 俄かに増えた観光客に各産業はそれを好意的に受け止め、様々な企業の協賛を受けての、異世界テーマパークとして世界中に認知される。


 そんな、少し不思議な場所として認知された頃、ようやく事態が動き始める。


 ◇


 少しのつもりがやたら長く寝ていたんだな。

 あちらではもう10年は過ぎているか。

 やっぱりストレスだったのかな。


 まあいい、少し様子を見てくるか。


 2階層の連中に話を聞きに行くと「やあ久し振り」と言われる。

 さすがは長命種、10年ぐらいじゃびくともしないか。

 冒険者の組合の経過はおおむね予想通りだったようで、対策プログラムは有効に働いてくれたようだった。

 商いのほうも不都合は無いようで、サブシスが全てを統括してくれていたようだ。

 暇で困っていたと言う幹部の配下達も、今の境遇に満足しているようで、新鮮な体験が出来て嬉しいらしい。

 既に巷の事情にも詳しくなっている者達もちらほらと居るようで、後には技術開発班に誘致しても良いかも知れない。


 こっそりと家の様子を見に行ったら弟が産まれていたが、それならもう安心だな。


 あれはやはりオレの未練の産物であり、とっとと切るべきだったんだ。

 そう、母さんの病気が治ったぐらいの時に、家を出るべきだったんだろう。

 折角、初期値になっていたのに、未練からまたぞろ元に戻そうとした事が、この世界の……神様みたいな存在によって追い出されたのかなぁ。

 郷愁が満たされ、やるべき事をやったら帰るべきだったんだな。


 こういう思考も恐らくは誘導されているのだろう。

 だってあたかもそうであるかのように思えるから。

 それならそれで構わない。

 ただ、かつての両親の姿が見れて、行く末の安泰も見れたのだから、それで満足しないとね。


 過ぎた時の幻影に執着など、情けないものだな。


 ◇


 それにしても金太はオレの事を、果たして覚えているだろうか?


 すれ違う夫婦は傍らの存在のみに注意を向け、斜め前方の存在の事など気にもしない。

 ふと視線が交わるも、すぐにそれは離れて行く。

 ああ、やはりそうなっているんだな。


 オレが渡した路線とは言うものの、あれは仕方が無かったんだ。

 恐らくあのまま進行させようとしても、きっと巧く行かなかったはずだ。

 少し強引ではあったものの、幸せそうだから構わないよな?

 あいつの身体はもう、恐らく元に戻っているはずだ。


 そうしないと本能が働かないからな。


 父さんも母さんも弟の面倒を見ながらも幸せそうだった。

 高齢出産だったはずなのに、産後の肥立ちも良かったようで、その点は安心したよ。

 領域化の影響で、不具合に対する調整をしてくれていたようだな……サブシス。

 久し振りにサブシスに聞いてみるも、特に変わった事は無いと言われる。


 ならばそのまま任せるからな。


 もう世界にオレを知る者も居ないようだし、これからは異世界の迷宮管理として、この世界に出張所を作った存在としてとして過ごしていこう。

 なにより既に故郷は定まっているんだし、それが本来当たり前の事のはずなんだ。


 そうさ、オレはそろそろ帰るべきなんだ。


 ◇


「入会申し込みですか? 」

「はい、よろしくお願いします」

「こちらが申込書でして、こちらが規約になっています」


 うんうん、基本骨子は変わらないものの、多少は改良されているな。

 家族割引とか、思い付かなかったけど、確かに有効だろうな。

 外国人観光客に仮会員とか、これも面白いな。

 協賛に温泉旅館ってのは、やっぱり絡めたか。

 ああ、冒険者割引なんてのをやっているんだな。

 中々商売のほうも巧く行っているようだ。


 意外だな、あいつがそんなに商売上手とは。

 もっとも、内助の功がでかそうだけど。

 さてと、とりあえずはもう良いか。


 なんせオレはカードは持っているんだし。


 冒険者協会も賑わっているようでなによりだ。

 これからは裏方の存在としてこの世界と関わっていこう。


 なによりオレは人類の敵、なのだから。


 《帰るの? ……そうだなぁ。それとも、行きたい場所はあるか? ……特に無いよ……だったら帰ろうか? ……うん》


 さあ、帰ろう。


 我らが故郷たるあの世界へと。


本編終了です。

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