第三十六話 それは高くないか?
あれ、オレ何を先走っていたんだ。
冒険者協会はあいつに任せるつもりだったのに、何で作っちまったかな。
まあもう出来た物は仕方が無いから、現状維持でそのうち譲れば良いか。
そうしたら好きに改善してくれるだろうから、後は任せておけば良いだろう。
あいつも今、将来の事で忙しいみたいだし、それが落ち着いてからでも構わないさ。
それに、治安を悪化させる団体の面々が、妙にはまり役とでも言うべきか。
職員特権で暇な時に潜れるようにしてやったら、さかんに潜っているしな。
小銭が手に入るのが受けたのか、殆どの連中が休暇中の探索をやっているようだ。
だからもう、巷を騒がせる事も無いみたいで、転移拠点近くの治安は今、かなり良い。
幹部の直属の奴らで暇している奴とか、人化が確実にやれて暇な奴を誘致して、2階層に据えたのが良かったな。
あいつらも休暇中は世界観光もやれているようだし、そうやってまずは馴染めば良い。
そのうち希望する技術の体験もやれるようにするから、今はのんびりと楽しめば良いさ。
◇
つらつらと考えていたら、ちょっと閃いた。
つまりだな、あれはあのまま置いといて、金太にとりあえず作らせると。
んで国が介入するなら好きにやらせといて、それから離脱して金太のグループと現在のギルドを融合させると。
そうしたら権力のあるギルドは国からのサポートオンリーで、こちらのグループはカードでスキルが使えたり迷宮内のサポートが得られると。
国営のギルドに対し、あたかも後発で民間のギルドだと思わせればいい。
専売特許を国が持ち出せば別だが、私営の迷宮に市営のギルドって段階で、それを国が接収ってのはさすがにやれないだろう。
何も無いなら可能性はあるが、既に国営のギルドがある状態での公表になる。
後発の組織が有用そうだからと言って、それらを飲み込もうとするかな?
まあそこいらは林立してからの問題だ。
大体、国には迷宮とか作れないんだし、作れても小規模なのが精々なうえに、その経費もとんでもない額になるだろう。
そんなの元が取れるはずもないし、かと言ってこちら側の施設を利用できないと。
そこで強硬手段を採るなら、それはもう国としての体裁も何も無くなるだろう。
まるでVRゲームなんかによくある設定の、領主は民の持ち物の全ての所有権を持ち、必要で取り上げる事が自由に出来る、とかさ。
リアルでそんな事、やれるはずもなし。
そんな封建社会に逆戻りするような事、支持率がとんでもない数字になるだろうな。
それで文句を言わない国民とか、それはもう奴隷と同じだよ。
そんな国になっちまったらもう、好きに動くだけだ。
文字通り、人類の敵として。
◇
金太にあらすじを語り、彼はとりあえず納得したようだ。
まだまだ学生なので、卒業してから本格的に動きたいと言うので任せておく。
時間が掛かりそうなので、こちらのギルドはメンバーの拡充に努め、ゆっくりと会員を増やしていく。
極秘で探索の可能な人選に留め、大っぴらな募集は控えておく。
いわばβテスト状態で、様々なサービスが体験版価格な代わりに、情報漏えいで規約違反となり、有無を言わさず強制脱退となる。
とりあえず冒険者という立場に慣れる為の準備段階という触れ込みでの仮のスタートとなる。
そうは言っても、どうしても漏らす奴は出るものであり、それらは速やかに排除されていくだろう。
まあ、仮初の経営者が治安を悪化させる団体だし、そうそう契約違反もやれまいがな。
やればそれはそのまま彼らのシノギへと変化して、慣れた手腕のままカタに嵌められるだけだ。
それぐらいの役得を付けてやらないと、いくらスキルで従えていても無意識が反発してしまう。
それなりの欲を満足させるからこそ、当たり前のように動いてくれるのだ。
欲抜きでやるならそれはもう、洗脳クラスの調整になっちまう。
そういうのは疲れるからあんまりやりたくはないけど、それしか無ければやっていたかも知れないな。
だけどそんなんじゃ本当のギルドメンバーじゃないし、そんな人形を客にしても面白くも何とも無い。
そんな訳で現在、草の根的に冒険者ギルドは静かに営業を開始した。
◇
「草の根ギルドかよ」
「とりあえず、あれは避難場所になるからな、国が介入したら好きにやらせて、主要メンバーごと避難して来い。そこからが本当のスタートになる。組織が無いからせしめようとするのであって、既に横取りした後なら更に他の組織も横取りしようとはしないさ」
「そう言うのは罠とは言わないのか」
「嵌るのが悪い」
「それで、迷宮に入れるのか」
「国がちょっかいを出し、お前達が抜けたらどういう訳だか入れなくなるんだ」
「それで何か言われそうだな」
「そういうのは立ち上げた組織へ言っても仕方が無いのであり、迷宮のシステムを解き明かし、そこの管理者に文句を言うべき案件だろ」
「狡猾だな」
「嫌なら国が建設すればいい。多大な経費を使ってよ」
「無理だな」
「まあ、入会金1万円ぐらいじゃ到底、採算が取れまいな」
「それは高くないか? 」
「簡易会員は無料だが、カードでスキルは使えないし、様々なサービスも使えない。そして正式会員は1万円必要だけど、カードでスキルが使えるうえに、様々なサービスも利用が可能になる。どちらが良いかは個人の自由さ」
「様々なサービスってな何だ」
「迷宮内仮眠サービス、回復薬販売サービス、保存食販売サービス、獲得品買取サービス、所有アイテム保管サービス」
「それなら1万でも惜しくねぇな」
「毎月更新」
「お宝はそれ以上出るんだろ」
「運が良ければ即日でクリアだな」
「毎月1万でも見返りがでかいなら参加者も多いか」
「そこいらの天下りの賭博屋よりは健全だぞ」
「確かにな」
それぐらいの対策は必要さ。
稼ぎになると思えば擦り寄って、様々な規制緩和と引き換えに組織に浸透するだろう。
そしてその規制緩和は他の組織にも適用出来る代物じゃないと不公平になる。
完全に国が接収して国営になるなら別だけど、民間の組織への侵略だからどうしても半官半民が精々のところだろう。
後々国営になってしまうにしても、半分民営なら他の組織にも適用されるはずだ。
さすがにさ、有名メーカーの黒字が凄いからと言って、国が接収とか不可能だろ。
そんな主義違いな事を、仮初にも言葉に乗せるだけで、その政権は終わっちまうだろうな。
ともかく、そうして規制が確立した後、民営の組織として表に出ればいい。
そこでサービスの質で凌駕すれば良いだけだし、はっきり言うなら別に迷宮入り口を国内に作る必要も無い。
公海上の船とかでも可能だしな。
どうしても国が煩いなら、送迎付き、冒険者体験ツアーとかすらも可能になる。
まあ、何だ、物理法則に縛られている存在じゃ、オレに太刀打ち出来ないし、ちょっかいを出すなら思いっ切り翻弄してやろうな。
◇
家に戻ると母さんに服の事を聞かれる。
以前の説明じゃ納得してくれなかったのかな?
あの時はそれで話が終わったから、安心だと思ったのに。
「それで結局、あの服はどうなったの? 」
「ああ、それがさ、知り合いの人に全部渡したんだ」
「タダであげちゃったのかしら」
「なんて言うか、お金が無いんだ」
「ああ、そういう人達なのね」
「うん、だから良いよね」
「それなら良いのよ」
母さんは妙にホッとした雰囲気の中で、タダで渡した事を気にしている風ではない。
あれを自分で買ったという記憶はどういう訳だが消えており、だからこそ実感が無いからそこまでの拘りは無いみたいだな。
そうなるとオレの趣味じゃないかって疑いだけが残っていたけど、全部進呈した事でそれが晴れたって感じか。
いかんな、家の中でばかり過ごしていたら、またぞろ以前みたいな事になると拙いな。
ここは気分転換させるべきだろう。
「父さんと旅行でも行ってみたら? 」
「あら、良いわね、それ」
「父さんも新年早々忙しくも無いだろうし、温泉旅行とかどうかな」
「うんうん、良さそうね」
そうしてその夜、父さんとの話し合いで近場だけど、温泉ミニツアーみたいなのに行く事になる。
「水入らずでどうぞ」
「それで良いんだな」
「うん、心配無いよ」
「そうか。なら、母さん、2人で行こうか」
「はい、あなた」
雰囲気が良くなったので、そろりそろりと離脱する。
後は好きにやってくんな。
◇
熱海温泉ツアー、3泊4日の旅。
とは言うものの、近場だから余計な交通費も掛からない。
念の為、あの服のお返しで旅行券を貰ったという事で代理店に調整をした。
その言い訳として、個人個人に無料進呈のつもりだったけど、経営者側が見返りに旅行券をくれたって話にした。
そして調整のままに代理店には10万円を渡し、旅行券を受け取った事にする。
父さんは服の代金と思えば納得するだろうし、父さんが納得すれば母さんも文句は言わないだろう。
そんな訳で1泊の予定が3泊となり、それなりの温泉旅館への宿泊となったと。
父さんも今まで心労もあったろうし、母さんも治ったとは言うものの、何かしら精神に負担になってないとも限らない。
だからここいらでそれを癒しておいたほうが良いからさ、ゆっくりとしてくると良いよ。




