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第三十一話 どうしてあんなになったの?

  

「ねぇ、母さん。もう止めようよ」

「ね、ね、ね、もう一回だけ」


 どうにも母さんがトラに嵌ったようで。


 なまじあんな格好をして帰ったものだから、すっかり根掘り葉掘りになった挙句、やってみせてって言われて、相手が必要って言ったら、じゃあ母さんがって言いだして、それから数時間ひたすらになってました。

 その中で父さんもまたぞろ参加して、新春トラ退治になっていたんだ。


 いやね、オレがトラばかりやるもんで、もう慣れたんだね。

 折角だから勝たせたいと思ってさ、トラばかりやっていたんだよ。


「これでいつでもお座敷に出られるわね」

「さすがにそればかりは勘弁してよ」


 ああ、精神的に疲れた気分だ。


 それでもこの仮初の平穏な日々の維持の為なら、可能な限りは付き合うさ。


 ◇


 可能な限り付き合うと言ったな。


 あれは嘘だ、嘘だと言って。

 てかさ、いくら何でもそれは酷いだろ。

 父さんの会社って大丈夫なの?


 新年会を家族同伴とか言ったうえに、家族で隠し芸とかさぁ、母さんが黙ってないと思うんだよな。

 そういうのは母さんに内緒でこっそりとさ、父さんが風呂でうなっているアレをやれば良いんだよ。


 なんとかかんとか……寒梅ってやってたよね。


 完売かと思ったら梅らしいが、歌の内容は知らないんだ。

 だってさ、ふんふんってうなってて、寒梅だけまともに聞こえるんだ。

 だからもしかすると父さんもまともに歌詞を知らなかったりして。


 サイトで調べてみた。


 テージョーノイチカンバイ、これだろ。

 うん、父さんはこれを歌うと。


 んで、オレ達は拍手なり合いの手なりを入れるだけと。


 ◇


 ダメだった。


 母さんがトラをやりたいって言うんだ。

 勘弁してくれって何度も言ったんだよ。

 なのにさ、やっぱり話を聞いてくれないんだ。


 すっかり何時ものように自分の世界に入っちゃって、あれやこれやと段取りを語るんだけど、さすがの父さんもやり過ぎだと思ったのか止めていたけど、何時も止めない癖にいきなり止めるから止まらないんだ。


 それとさ、つらつらと考えていたんだけど、これって何かの病気だよな。

 空想の世界とか妄想の世界に生きるとか言うと、ある種の病名が頭に浮かぶ。

 もしかして父さん、それを知っているから好きなようにさせているんじゃ?


 だとしたら何時からなんだ。


 確か以前、薬を飲ませたけど、あれじゃ効かなかったのか。

 まさかとは思うが、こちらの世界じゃ効かないのか。

 スキルが使えないように、あの薬もあの世界じゃないと使えないのか。

 だとしたら、母さんを連れて向こうで薬を飲ませないといけないって事になるな。


 そりゃあ、多少なら我慢するけど、外聞を憚らなくなったらヤバいと思うんだ。

 最初は家の中だけだったのに、今では外でも当たり前のように要求してくるし、今度は父さんの会社の新年会にまでだ。

 それも手品とかちょっとした隠し芸ならまだしも、息子を女装させて芸妓の格好でお座敷芸とかやり過ぎだろ。


 さすがに父さんの常識が疑われるってもんだ。

 だから父さんも止めたんだろう。

 つまりそんな常識すらも、分からなくなっているんだな。

 そんなに産めなくなった事が精神に堪えたのかよ。


 オレの協力では症状の改善にはならず、進行が緩やかになる程度だったのか。


「父さん、母さんって、もしかして」

「はぁぁぁ、遂に気付いたか」

「ねえ、どうしてあんなになったの? 」

「お前が産まれて、しばらく女の子だと思い込んでいた時期があってな、それでおかしいと思って病院で聞いてみたんだ」

「そんな前から」

「お前には悪いが、母さんは女の子が欲しかったみたいでな、だから次こそはと思っていたところに、産めないと宣言されて、それであんな風にな」

「新年会どうするの? 」

「まさかあそこまでとは思わなかったが、止めると一気に悪化するかも知れん。ここは社長に事情を説明するから、お前、悪いが我慢してはくれんか」

「分かったよ」

「済まんな。オレも最初は家の中だけだからと静観していたが、あの縁日ぐらいから進行したみたいだな」

「なんでだろう」

「そりゃお前、お前の誕生日辺りになると、宣言の記憶が蘇るからだよ」

「じゃあ毎年そうなるって事だね」

「さすがにな、そろそろだとは思っていたんだ。だが、もう1年もう1年と思っていてな。だがもうこれまでだ」

「父さん」

「仕方が無いんだ」


 かつてのオレはそんな事、全く知らなかった。

 それどころか、少しでも女っぽく扱われたら、荒い態度で反抗したりして。

 そりゃ反抗期のせいもあるけど、病人にそんな事をしたら……はぁぁぁ。


 半分ぐらいはオレのせいかもな。


 ◇


 ダメ元の異世界治癒作戦をやってみる事にした。


 深夜の時間帯、両親は深い精神誘導の中にある。

 母親を姫抱きにして、我が迷宮のマイルームに転移。

 ベッドに寝かせて万能系最上級の回復薬を飲むように指示する。

 深い精神誘導は隷属と酷似であり、被験者は夢遊のうちに指示通りの行動を取りながらも、それを記憶に残さない。


 そうして次は回復系最上級の回復薬を飲むように指示する。

 2本の回復薬を飲ませた後、しばらく寝かせておく。


 カチッ……シュボッ……すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁ。


 参ったなぁ、まさかそんな事になっていたとは。

 となると、オレが戻らないと父さんは、病院の母さんを見舞いつつ1人暮らしになっていたのか。

 そんな事をしていると、父さんも無事では済まないだろう。

 かつてのオレではどうしようも無かったって事は、強制転移も意味があったって事か。

 遥かに長い1500年の流刑も、意味があったのなら良しとするか。

 ただなぁ、それだけじゃ終わらなくて、オレはすっかり人類の敵。


 うえっ?


 あいつらは人族なのに、人類の敵って何だよ。

 オレ、今まで気付かなかったけど、それっておかしいよな。


 つまり何か。


 オレはこっちの世界の人間の敵であって、あっちの世界の人間の敵では無いって事か。

 いや、そんなのは単なる言葉の……本当にそうか?

 何かがおかしいと感じるが、それが何か分からん。


 まあいいや、とりあえず母さんを連れて戻ろうか。


 ◇


 母親をそっと寝かせて部屋を出て、精神誘導を解く。


 明日いきなりって事は無いだろうけど、少しでもましになると良いな。


 おやすみ、父さん、母さん。

 

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