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食いしん坊スライムはダンジョン最深部を目指す  作者: バナナ


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毒霧を沈めろ

四時間の湿潤休息を終えたとき、俺の身体には使い切った九十六の魔力が戻っていた。旧孵化棚の結露溝へ薄く広がり、最後の一滴まで吸い上げる。外では、切れた警報糸が短く、長く、また短く震えていた。瘴牙の幼体が巣へ入り込んだ音だ。


第一陣は六個。十二個を一度に動かせない以上、殻の薄い卵から先に冷水路へ移す。どの卵を先にするか、誰が抱えるか、どこで止まるかはネフィラが決めた。俺に任されたのは三個分の退路保持と、列の前方で毒霧を沈めることだった。


「六個を通す。敵を倒す必要はない」


俺が確認すると、ネフィラはその言葉を一度返した。


「倒す必要はない。通せばいい」


黒紫の髪の下で触角が動き、細い蜘蛛脚が六個の周囲へ魔力糸を渡す。運搬役の幼生二体も、卵を直接締めつけない輪を腹側へ作った。俺の水籠は三個分だけだ。残りを勝手に抱えるつもりはない。


壁の向こうで石が砕けた。赤い節を光らせた瘴牙幼体が、卵の魔力を追って頭をねじ込んでくる。牙から落ちた毒が岩を泡立たせ、熱膜が呼吸のたびに膨らんだ。


俺は傷のある振動囮を一つ、旧巣の奥へ流した。星材を薄く塗った空殻が、弱く長く、途中で二度だけ震える。本物の卵を完全に真似た動きではない。敵を一度振り向かせるためだけの偽物だ。


瘴牙の触角が卵列から外れた。首が囮へ向き、熱膜が低く鳴る。牙が空殻へ触れた瞬間、ネフィラの糸が一度弾けた。


第一陣が動いた。


俺は先頭へ細い水線を走らせ、最初の曲がり角までの床を濡らした。水流滑走に使うほど厚くはしない。卵を抱えた脚が滑らず、毒滴が落ちた場所だけ色を変える薄さにする。後ろでは囮殻が転がり、瘴牙がそれを追って旧巣の奥へ戻っていった。


最初の狭窄を抜けるまでは、計画どおりだった。


外縁の穴から、別の瘴牙が頭を出した。前の個体より小さいが、腹の赤い筋が濃い。口が開くと、緑灰色の霧が天井へ吹き上がった。熱を含んだ毒はまっすぐ卵へ向かわない。いったん高い場所へ昇り、冷えてから広く降ってくる。


「止まれ」


俺とネフィラの声が重なった。列が止まり、六個が互いに触れない距離で固定される。止まる場所も決めてある。急いで前へ押せば、卵同士がぶつかるだけだ。


俺は天井へ細かな水滴を散らした。冷えた粒が毒を抱え、重くなる。結露となった霧が、緑灰色の雨に変わって床へ落ちた。卵の高さから毒が離れる。前に一度成功した方法だ。


一度で沈む。そう思った。


だから、広く撒いた。


水圧制御で天井一面へ水を押し、残った毒までまとめて抱え込ませる。霧は確かに落ちた。卵列の上が澄み、運搬役の幼生が一歩踏み出す。


次の瞬間、床の四箇所から毒が立ち上がった。


沈んだ結露が、下層から漏れる熱流へ触れて再加熱されたのだ。広く落としたせいで毒液は薄く散り、四本の熱筋へ同時に流れ込んでいた。緑灰色の柱が互い違いに立ち、先頭二個と中央二個、後方二個の間を切り離す。


「一回で落ちると思った。失敗だ」


俺は言い切った。言い訳をしている間にも、毒柱は太くなる。


ネフィラの糸が一回鳴った。右。二回鳴った。中央。長く引かれた。後方の一個が熱を受けている。俺の視界だけでは、霧の向こうで殻の高さを正確に測れない。彼女の警告を優先する。


全部をもう一度濡らせば、また全部が昇る。必要なのは毒を消す水ではない。毒を持ち上げる熱の順番を崩す水だ。


俺は天井から四列の水滴を落とした。等間隔にはしない。右端は一呼吸ごと、中央右は半呼吸遅れ、中央左は二呼吸空け、左端は三滴続けて止める。水滴が熱へ触れると、落ちる前にわずかに横へ揺れた。


最初に揺れたのは中央右。次が右端。左端は細いが長く続き、中央左は一度止まってから急に強くなる。


流れ読みで見えたのは毒柱ではない。その下で、熱が毒を押し上げる順序だった。


俺は一発目の水刃曲射を、敵ではなく中央右の天井溝へ当てた。刃が石へ沿って崩れ、細い冷水となって熱筋の真上へ落ちる。毒柱の芯が折れ、床へ沈んだ。


二拍遅らせ、二発目を右端へ回す。今度は壁を一度だけ反射させ、熱が強くなる直前の溝を冷やした。右端の柱が卵の高さへ届く前に潰れる。


「前の二個を進めろ」


ネフィラが自分で判断し、先頭の運搬役へ糸を送った。二個だけが進む。残り四個は動かない。道が全部開くまで待つのではなく、開いた部分だけを使う。


三本目へ移ったとき、瘴牙が囮の偽物に気づいた。


乾いた破裂音が旧巣の奥から響く。空殻が牙で砕かれ、星材を含んだ破片が熱膜の中で緑に光った。幼体は殻を吐き捨て、こちらへ向き直る。囮は一つ失った。しかも敵へ、偽物の匂いを一つ教えた。


瘴牙が床を蹴るたび、熱筋の順番が変わる。中央左へ向けていた三発目の射線が、敵の突進で生まれた風に押され、予定より手前へ落ちた。毒柱の外側だけが冷え、芯は残る。


失敗を隠して次を撃てば、魔力だけを捨てる。


俺は三発目を止め、遠隔水流罠の留め具を外した。曲がり角の上に積んでいた小石が、瘴牙の前脚へだけ落ちる。倒す重さではない。触角を下げ、進行を一呼吸遅らせる量だ。


その一呼吸で、俺は水滴の列を作り直した。中央左の柱は、下から上へ均一に昇っていない。熱い毒液が壁の亀裂を通り、途中で二つに分かれている。上だけを冷やせば、下の流れが別の出口から戻る。


水刃を壁へ当て、刃ではなく水の筋として亀裂へ入れる。上から押さえず、分かれる手前へ冷水を差し込む。二つの上昇筋が同時に細り、中央左の毒柱が崩れた。


「中央、通せる」


幼生一体が二個を押し、ネフィラがその横で殻の揺れを確かめる。先頭二個はすでに冷水路の入口へ入っている。中央二個も続く。残るのは後方の二個だ。


最後の熱筋は細い。だが、旧巣の床全体から熱を集め、消えては同じ場所へ戻っている。一度冷やすだけでは止まらない。ここへ大量の水を使えば、また広く毒を散らす。


俺は四箇所目へ、一度に水を落とさなかった。


短い曲射を天井へ置く。水滴が三つ落ちる。熱が弱まる。止める。毒が再び昇り始める。二度目は壁の反対側へ当て、戻った熱を横へ逃がす。止める。三度目だけ、床溝へ直接細い水を走らせた。


時間差で三方向から冷やされた熱筋は、上へ戻る場所を失った。毒柱が丸ごと沈むのではなく、根元から横倒しになり、旧巣側の低い溝へ流れ込む。


四箇所、順番に沈んだ。


一度に全部を落とした時より遅い。だが、再上昇する場所を残さない。


「後ろの二個、今だ」


ネフィラの糸が長く張り、最後の運搬役が動いた。卵の一つが濡れた砂へ少し傾く。俺は直接触れず、水籠の外側の尾から余分な水だけを逃がした。傾きが戻る。殻はぶつからない。


瘴牙が落石を振り払い、毒の中を突っ切ってきた。囮を失った怒りではない。卵の熱と魔力を再び捉えただけだ。熱膜が膨らみ、水刃を撃てば蒸気に変えられる距離まで迫る。


俺は最後尾へ回った。


防水膜を右側へ厚くし、左側は動かせる薄さにする。全身を守れば滑走できない。全部を薄くすれば毒が核へ届く。守る場所を選ぶしかない。


牙が膜へ擦れ、緑の毒が水へ溶けた。防水膜は消してくれない。侵入を遅らせるだけだ。右側の感覚が細い針で何度も刺されるように鈍る。


攻撃を返せば、卵の出口へ蒸気が走る。俺は瘴牙へ水刃を向けず、壁へ二度曲射した。削れた石粉が床の毒液と混ざり、粘る泥になる。瘴牙の前脚が沈み、突進が一呼吸だけ止まった。


その一呼吸で、最後の卵が冷水路へ入った。


「六個、通過」


ネフィラが数えた。俺はまだ数えない。敵と出口の間にいる間は、終わっていない。


水流滑走で冷水路へ飛び込む。曲がり角へ入った瞬間、右側の感覚が遅れた。身体を曲げたつもりなのに、外膜だけが壁へ残る。核が引かれ、輪郭が崩れた。


毒が防水膜の内側へ入っている。


俺は倒れたまま、水路入口の薄膜を閉じようとした。ネフィラが前脚で俺の動きを止め、小さな黒い実を石床へ置く。


「使え」


「残り二つのうち、一つだ」


「一つだ。これは私の判断だ」


所有者は彼女だ。使用権も彼女にある。俺が遠慮して倒れれば、残る六個の避難そのものが止まる。


「確認した。使う」


黒い実を胃袋へ入れると、苦味が核の周りへ広がった。ざらついていた魔力の流れが少しずつ滑らかになり、右側の痺れが引いていく。ただし温度の伝わり方だけは遅いままだ。解毒は、触れた毒の記憶まで消してはくれない。


冷水路の奥に、六個の卵が並んでいた。


一個目、表面温度は低い。二個目、殻の音に割れはない。三個目、内側の振動は四呼吸ごと。四個目は一度長く止まり、二度続けて震える。五個目と六個目も、ネフィラの糸へそれぞれ別の応答を返した。


六個、生きている。


その事実が核へ届いた瞬間、身体の器が広がった。失った水と魔力が一気に満ち、薄くなっていた外膜が新しい輪郭へ戻る。速度の感覚も一段軽くなる。レベルが二十三へ上がった。


数値が満ちても、右側の知覚遅延は残っている。俺は全快を理由に第二陣へ飛び出さず、最初の広域散布が失敗した順番から石へ刻んだ。広く落とした。毒が四本の熱筋へ流れた。再上昇した。時間差で四箇所を順に冷やした。成功だけを残せば、次も同じ失敗を繰り返す。


ネフィラは第一陣の六個を一列に置かなかった。入口側に二個、中央に二個、奥に二個。敵が追いついても、同じ毒滴が全部へ落ちない配置だ。殻の薄い二個は最も冷たい奥へ移し、運搬役の幼生一体を監視へ残す。


「次も、お前が最後尾に立つのか」


ネフィラが聞いた。


「立たない。毒を沈める役と、卵を押す役を分ける。右側の熱は俺だけで判断しない。お前の糸を優先する」


「優先する。なら、合図を変える」


熱柱を見たら一回。毒滴が卵の高さへ達したら二回。退路変更は長く引く。俺が異常なしと読んでも、彼女の二回を停止条件にする。技能を増やすのではなく、見落としを一つ減らすための決め事だ。


失った囮は一つ。残り二つ。解毒剤も一つ。食料は四分の一。携帯水はない。第一陣が通ったことで、数字は増えなかった。残る六個を運ぶための資源が減っただけだ。


俺は冷水路入口へ薄い水膜を三枚、互い違いに張った。一枚目が毒滴を抱え、二枚目が壁際へ流し、三枚目が卵側へ跳ねた細粒だけを落とす。全部を厚くすれば通気が止まり、卵の内側が強く動く。薄い三枚なら、空気を通したまま一度だけ毒を逸らせる。


第一陣の監視を残し、俺とネフィラは旧巣へ戻る準備をした。残る六個を放置して休む時間はない。瘴牙が一体だけとも限らない。


そのとき、遠い坑道から金属を打つような音が響いた。


一度。短く二度。最後に長く一度。


瘴牙の咆哮ではない。魔物の鳴き声でもない。隊列へ合図を送る角笛だった。


ネフィラの糸が外縁で張り詰める。


「狩猟隊だ」


冷水路に運んだ六個のうち、一番入口に近い卵が小さく震えた。


旧巣には、まだ六個残っている。


挿絵(By みてみん)

【主人公ステータス】

対象:グルト

種族:クラフトスライム・第一進化種

個体ランク:A

レベル:Lv.23

HP:412/412(ランク:B)

魔力:724/724(ランク:A)

攻撃:133(ランク:C)

防御:60(ランク:D)

速度:230(ランク:C)

技能:鑑定F/Lv2、無限胃袋D/Lv1(胃袋検索G/Lv1を包含)、水刃G/Lv3(水刃曲射G/Lv1・流路切断G/Lv1を包含)、水中感知F/Lv2(流れ読みG/Lv3・深層感知F/Lv2を包含)、水圧制御G/Lv3(囮水流G/Lv1・偽装流G/Lv1・遠隔水流罠G/Lv2・水流滑走G/Lv1を包含)、防水膜G/Lv3、魔材クラフトG/Lv3(魔力構造G/Lv1・魔力刻印G/Lv2・骨縫いG/Lv1を包含)、気配遮断G/Lv2

状態:進化ポイント22。食料0.25、携帯水0、振動囮2。ネフィラ所有の解毒剤1。毒霧を時間差曲射で四箇所順次沈降させ、第一陣の卵6個を無傷で避難。狩猟隊の角笛を確認。

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