十二個、三回、一方向
「食料、半分。水、なし。解毒剤、二つ。卵、十二個」
俺は持っているものを声に出した。
冷えた横穴には、警報糸が一本だけ伸びている。旧巣側の一方向しか見えず、届く距離も以前の半分だ。瘴牙の声は近づいたり遠ざかったりしていた。
「全部倒してから運ぶ」
最初に出した俺の案を、ネフィラは無言で見返した。
言葉にした途端、無理だと分かった。敵が一体ならともかく、足音は複数ある。毒を受ければ解毒剤が要る。二つしかない薬で、何度戦えるかは数えるまでもなかった。
「撤回する。全滅させる必要はない。十二個を生かして出せばいい」
「ようやく卵を数えたか」
痛い指摘だった。俺は敵の仕組みを考えることに夢中になり、守る対象を数字として扱えていなかった。
卵は一つずつでも俺より大きい。ネフィラは二個を抱えられるが、走る速度は落ちる。俺は体内へ収納できる。
「胃袋に入れる案がある」
ネフィラの脚が石を打った。
「却下だ」
「無限胃袋の中なら外の毒は届かない」
「お前が倒れれば十二個すべてを失う。中で殻がどうなるかも、孵化が近い個体が息をできるかも分からない」
正しい。物資を入れる場所へ、生きた卵を試験なしで入れるわけにはいかない。俺は水線でその案を消した。
次は往復を考えた。ネフィラが二個、俺が二個。三回なら十二個だ。
だが経路を測ると、一往復にかかる時間は瘴牙が熱を吸い終える間隔より長い。三回目より先に敵が巣へ入る。
「三回は間に合わない」
「なら、卵を減らすか」
ネフィラの声が硬くなった。
俺は首に当たる部分を横へ振った。
「運ぶ数は減らさない。敵が数える卵を増やす」
割れて空になった殻が、旧巣の隅に四つある。幼体の脱皮殻より厚く、内側には卵の匂いが残っていた。形を戻し、魔力の気配を足せば、霧の中では本物に見えるかもしれない。
俺は模型を作るため、水線で三本の経路を描いた。第一経路は旧巣から北の冷水路。第二経路は壁の割れ目を抜ける短い坂。第三経路は沸騰流の縁を回る遠回りだ。
魔力を三十六消費し、警報糸へ小さな節を作る。それぞれの節へ瘴牙役の水滴を流した。敵が直進する場合、匂いへ寄る場合、熱流へ戻る場合。何度流しても、三回の往復は成立しない。
「ここへ偽物を置く」
俺は旧巣の奥を示した。
「敵が四つへ寄っている間に、最初の六個を冷水路へ。次の六個は短い坂から出す。帰り道は作らない」
「巣を捨てろと言うのか」
「俺が決めることじゃない」
ネフィラは長く黙った。卵の殻を一つずつ触り、壁の傷を見て、警報が伝える足音を聞いた。ここは彼女が何度も孵化を守った場所なのだろう。便利かどうかだけで切り捨てられる場所ではない。
だから俺は急かさなかった。解毒剤を持つのも、卵の運び手を決めるのも、巣を残すか捨てるかを選ぶのも彼女だ。
やがてネフィラは十二個の前へ立った。
「領域を放棄する」
それは俺への服従ではなかった。彼女自身の決定だった。
「第一陣は私が選ぶ。殻の薄い六個を先に出す。お前は道を保て」
「了解した」
「第二陣の運び手も私が指名する。勝手に卵へ触れるな」
「それも了解」
役割が決まると、必要な数が見えた。空殻は四つ。囮として使うなら、壊れた合わせ目を閉じ、転がっても崩れないよう内側へ骨の輪を入れる必要がある。魔力の匂いも要る。
俺は食料の半分、つまり全体の四分の一を食べた。乾いた体へ最低限の力が戻る。残りは四分の一。作業と退路維持を両方こなすには足りないが、ゼロよりはいい。
ネフィラは警報の届かない側へ、自分の糸を張り始めた。俺の網へ従属させるのではなく、別の警戒線としてだ。重なる場所だけ振動を読み合う。
「お前はなぜ、そこまで卵を運ぶ」
作業の途中で彼女が問うた。
「昨日、見捨てないと決めたからだ」
「利益は」
「今は逃げ道の情報。あと、十二個を犠牲にして得る勝利は、俺の勝ち方じゃない」
格好をつけすぎた気もした。実際には、卵を見捨てた後で安全に眠れる自信がないだけだ。
警報糸が二度震えた。成長した幼体が外縁を探っている。
俺は四つの空殻を並べた。壊れた縁は鋭く、少し押しただけで開いてしまう。
十二個を二陣で運ぶ。囮は四つ。往復はしない。見る方向は一つしかない。
不足ばかりの計画だった。
それでも、全部倒すという無理な願いより、生き残る形に近づいている。
計画を決める前に、俺たちは石を卵の代わりにして運搬を試した。ネフィラは二つを前脚で抱え、俺は水膜の浅い籠へ二つ置く。冷水路の最初の曲がり角で、俺の籠だけが外壁へ当たった。中身が石でも、衝撃は殻なら割れていた。
「二個を運べる、は二個を安全に運べる意味じゃない」
俺は籠を一個分へ縮めた。往復回数は増える。それでも曲がり角の幅を測ると、卵を横へ向けず通せる。ネフィラは速度が落ちても二個を運べるが、先頭には立てない。視界を塞がれたまま敵へ遭遇すれば、卵を置く場所もないからだ。
第一陣の並びを床へ描く。俺が警戒線、ネフィラが二個、彼女が指名する運び手が三個、最後尾に俺の水籠一個。六個。だが俺が前と後ろを同時に担当する案は成立しない。ネフィラの糸と俺の警報糸を重ね、曲がり角だけ役目を受け渡すことにした。
糸の振動は言葉より少ない。一回は停止、二回は前進、三回は卵を置かず伏せる。引き続ける振動は退路変更。俺の警報網へネフィラの糸を繋がず、接触点だけを石へ固定する。どちらかが切れても、もう一方まで引き抜かれない形だ。
短い坂では、瘴牙の毒が上から流れ込む可能性があった。俺は水を一滴ずつ転がし、坂の低い側へ集まる場所を探す。毒が来たら卵を上へ逃がし、俺だけが下側で膜を張る。解毒剤を使えるのは二回。誰が受けるかを先に固定せず、症状と退路役の有無でネフィラが決める。
「お前が二度とも受けると言ったら却下する」
「言う前に止められた」
「死ぬ役を独占するな」
停戦相手に言われると、余計に重かった。俺が倒れれば警報と水路が同時に消える。勇敢さではなく単一障害点だ。第二陣では先頭をネフィラの糸、最後尾を俺の水流にし、片方が倒れても残りが冷水路へ届く配置へ変えた。
空殻四つもそのままでは囮にならない。ネフィラが一つを転がすと、割れ目から開いて平らになった。俺は骨材を胃袋検索で出し、輪の太さを三種類並べる。硬い輪、細い輪、節を残した輪。どれが衝撃へ耐えるかは次に試す。ここで魔力を使い切らないため、加工前の寸法だけを測った。
食料の残り四分の一を誰が持つかも決めた。俺の胃袋へ入れれば安全だが、俺が退路維持で離れた時にネフィラは使えない。半分を薄い包みにして彼女へ渡し、残りを俺が持つ。所有権を譲ったのではなく、避難が終わるまでの非常用分散だと互いに確認した。
黒石の採取は計画から外した。耐熱素材は必要でも、今取りに行けば警報の見えない側が増える。代わりに旧巣の炉跡から焼け残った小片を三つ集め、囮殻の内張り試験だけに使う。材料探索は卵を出した後。順序を入れ替えない。
最後に、帰り道を作らない意味をネフィラへ言い直した。旧巣を奪還しないと決めるのではない。二陣を出した後、敵の数も毒熱の供給も分からない状態で同じ道へ戻らない。戻る判断は新しい警報網と解毒手段を得てから、彼女が改めて選ぶ。
ネフィラは床の旧巣印を爪で消さず、横へ一本の線を引いた。捨てる場所ではなく、今は戻らない場所という印だった。
非常食を分けた後、俺は包みの開け方も見せた。水膜で密封したままではネフィラの爪が滑る。端へ骨片を一本差し、引けば裂ける形にする。俺が動けない時でも使えることを彼女自身が二度試した。保管できるだけでは分散にならない。使う者が開けられて初めて予備になる。
冷水路の出口には、卵を仮置きできる砂床がなかった。石ばかりで傾斜もある。俺は旧巣から砂を運ばず、出口の脆い岩を水圧で細かく削った。持ち出した巣材を目印に敵が追う可能性を減らし、現地の材料だけで六個分のくぼみを作る。深さはネフィラが殻を置いて決めた。
第二陣が出るまで第一陣を誰が守るかも残った。俺とネフィラが戻れば、出口側には卵だけが残る。彼女は運び手の一人を残すと決め、帰りの人数を一人減らした。速度は落ちるが、無人の六個を毒霧の外へ置かない。俺はその変更を往復時間へ反映し、囮の開始を十呼吸早めた。
敵が警報糸を切った場合、追って結び直さない。切断位置へ囮殻を一つ転がし、残る振動が止まった時点で第一陣を開始する。警報を復旧するため守る対象から離れれば、網のために卵を失う。壊れた道具は損失として受け入れ、ネフィラ自身の糸へ監視を移す条件を決めた。
ネフィラが最初の卵へ印を付けた。
その瞬間、警報糸の端が切れた。
敵が、外側の一本を噛み切ったのだ。
【主人公鑑定】
対象:グルト
種族:クラフトスライム・第一進化種
個体ランク:A
レベル:Lv.22
HP:396/396(ランク:B)
魔力:660/696(ランク:A)
攻撃:128(ランク:C)
防御:58(ランク:D)
速度:223(ランク:C)
技能:鑑定F/Lv2、無限胃袋D/Lv1(胃袋検索)、水刃G/Lv3(水圧制御・水刃曲射)、水中感知F/Lv2(流れ読み・深層感知・飢餓感知)、防水膜G/Lv3(水流滑走)、囮水流G/Lv1(偽装流)、遠隔水流罠G/Lv2(流路切断・魔力刻印)、魔材クラフトG/Lv3(魔力構造・骨縫い)
状態:進化ポイント21。食料0.25、携帯水0、星材1。ネフィラ所有の解毒剤2、空殻4。模型検討に魔力36を消費。三往復案と卵の胃袋収納案を棄却し、ネフィラ自身が旧巣放棄と二陣避難を決定




