↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食いしん坊スライムはダンジョン最深部を目指す  作者: バナナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/66

第50話 外れる七本

八時間眠って、最初に考えたのは朝飯だった。

次に考えたのは、朝飯がないという事実だった。

「お腹が空いた……。いや、俺の場合は全身が胃袋みたいなものだから、全身が空いた……?」

避難水路の浅い溜まりへ浸かりながら、俺は自分の輪郭を確かめた。湿潤休息のおかげで、HPは二百四十一から三百十六へ、魔力は四十から五百五十六へ戻っている。水は飲み込まず、体表を潤すために借りただけだ。携帯水は相変わらずゼロ。

水路の外周試験路には、崩落で新しいものが流れ着いていた。銀青色に光る星屑砂。割れた観測鏡。黒く濁った獣骨が一本。食べられるものはない。

「砂、鏡、まずそうな骨。品揃えが完全に工作用品なんだよなあ」

胃袋の中の赤い魔核が、どくん、と脈打った。

「お前は食べない。何度でも言うけど食べない。赤く光っても果物じゃない」

空腹がひどいと、判断まで食欲へ引っ張られる。飢餓感知は危険を教えてくれるが、腹を満たしてはくれない。俺はまず、濁り骨と破鏡を別区画へ収納した。ミミック本体は低温区画に隔離したまま。胃袋検索は二条件、一回ずつ。混ぜない。

外周試験路は、観測室を囲む細長い弧だった。片側は星盤の壁、反対側は底の見えない空洞。床には七つの射撃点が白く刻まれ、その先でゴーレムの巡回路が交差している。

ごおおお……。

遠くから石の唸りが届く。観測室を出たアストラ・ゴーレムが、外周を探している。

頭上の割れ目から、小石が一つ落ちた。

矢が飛び、空中でその小石を壁へ縫い止めた。

「見つけました」

上段の通路から、セレネが姿を見せた。銀髪は埃まみれで、右足には星図布を裂いた包帯が巻かれている。それでも中核星図板を背に固定し、弓を手放していない。

「セレネ!」

喜びのまま跳ねた俺は、水盤の縁へ引っかかって前転した。

「無事でよかった! 今の転び方は見なかったことにして!」

「一度に二つ頼まないでください」

彼女は疲れた顔で、それでもはっきり笑った。

俺たちは互いの成果を確かめた。水脈避難口は残った。中核星図も残った。中央床と観測鏡の大半は失った。完全な勝利ではない。でも、二人とも生きている。

「次は、あのゴーレムの予測姿勢を固定する」

床の七つの射撃点を示す。俺は水滴を一つずつ置き、順番を刻んだ。

「外す水刃を七本撃つ。当てるためじゃない。あいつがどう読むか、こっちから規則を作る」

セレネの眉が上がる。

「同じように外せば、同じように読まれるとは限りません」

「まず三本、同じ条件で試す。それで駄目なら変える」

「三本でこちらの位置も学習されます」

「……そういう怖いこと、もう少し優しく言えない?」

「死ぬ可能性がありますが、応援しています」

「優しくなったのに怖さが増した!」

俺たちは退く条件も決めた。ゴーレムが射撃点を二つ続けて壊したら中断。セレネの右足が動かなくなったら中断。俺の魔力が水刃三本ぶんを下回っても中断。成功したい気持ちは強いが、前回みたいに逃げ道まで失えば、次の試行そのものがなくなる。

「外す練習で命を落としたら、たぶんすごく格好悪い」

「格好ではなく、生存を理由に退いてください」

「分かってる。今のは、怖いって意味」

セレネは短くうなずいた。からかわずに受け取ってくれたことが、何よりありがたかった。

ゴーレムの足音が近づく。床の砂が跳ね、割れた鏡に巨大な影が映った。

俺は第一射撃点へ進む。水刃は同時に三本までしか保持できない。七本を一度に操ることはできない。三本、三本、最後に一本。床の水滴印で順番を覚える。

ゴーレムが角を曲がった。

天球儀の顔。黒曜石の鎧。胸の小さな星。こちらを認めた瞬間、咆哮が通路を押し潰す。

「グオオオオオオ!」

怖い。昨日、何をしても先回りされた記憶が体を固める。もう一度殴られれば、今度も逃げられる保証はない。

「グルト」

セレネが俺を見ず、ゴーレムの足元を見ている。

「恐怖で射点を変えるなら、今です」

「変えない。怖いけど、怖いから決めた順でやる」

第一射。ゴーレムの左肩より一尺上へ。

「水刃!」

刃が外れる前から、ゴーレムは右足を引いた。

第二射。右膝より低く。敵は腰を落とした。

第三射。頭上。敵は半歩前へ出た。

「全部外れた!」

「狙いどおりでしょう!」

「分かってても悔しいんだよ!」

三本とも同じ速さ、同じ透明度で撃った。だが敵の姿勢は毎回違う。こちらの狙いだけでなく、刃が通った先の地形まで読んでいるらしい。

ゴーレムが拳を構えた。俺が第四射撃点へ移る場所に、赤い軌道線が灯る。

「同じ外し方じゃ駄目だ!」

俺は第四射の水へ、星屑砂を半分混ぜた。透明な刃が銀青色へ濁る。質量が増え、速度は落ちる。水圧制御で無理に速めず、あえて重くする。

「それは貴重な観測材です!」

「半分だけ! 残りは返す!」

第四射を床すれすれへ放つ。

ゴーレムの天球儀が激しく回った。刃の未来が一つに定まらない。星屑が途中でばらけ、複数の細い軌道を作ったからだ。

巨人は初めて、攻撃後に姿勢を直した。

「グル……?」

低い困惑の音。敵にも迷いがある。

「効いた! 当たってないけど効いた!」

喜んだ直後、巨拳が床へ落ちた。第四射撃点が砕け、衝撃で俺は壁へ飛ばされる。潤んだ外膜で受け流したためHPまでは削られなかったが、核の周りが鐘みたいに震えた。

「ぐえっ!」

痛みはある。だが直撃ではない。敵の先回りが一拍遅れた。

セレネが上段から叫ぶ。

「四本目のあと、天球儀が同じ星を二度選びました! 予測候補が重なっています!」

「じゃあ、五本目は高さを変える!」

第五射は天井へ。第六射は壁へ一度当てる。破鏡を角度だけ合わせ、魔材クラフトで床へ仮固定する。

精密に作りすぎれば読まれる。だから固定は一か所だけ。鏡が少し揺れる余地を残す。

第五射。

ゴーレムは膝を曲げる。

第六射。

鏡へ当たった水刃が予想より下へ跳ねた。俺のすぐ横を通り、危うく自分の体を切りそうになる。

「危なあっ! 外れ弾が俺に帰ってきた!」

慌てて体を薄くする。刃は背後へ抜け、ゴーレムの右側面を通過した。

敵はまた同じ姿勢を取った。右足を引き、左腕を胸前へ、天球儀を斜め下へ向ける。

「固定傾向です!」

セレネの声が弾んだ。彼女も興奮を隠せていない。

残る第七射。水は三本同時保持を越えないよう、先の刃が消えたのを確かめてから作る。床の水滴印は六つ消え、最後の一つだけ残っている。

空腹で集中が揺らぐ。赤い魔核の熱が食欲を刺激する。俺は自分の体を一度、床へ強く打ちつけた。

「食べ物のことはあと! 今は七本目!」

「誰へ言っているのです」

「俺の腹!」

第七射は、最も遅く、最も低く、濁りを入れずに撃つ。狙いは敵の足元ではなく、その一歩手前。

水刃が走る。

ゴーレムは右足を引き、左腕を胸前へ置き、天球儀を斜め下へ向けた。

六本目と同じだ。

「そろった!」

歓喜が爆発し、体が勝手に跳ねる。外した。七本全部外した。それなのに、初めてこちらが敵の姿勢を決めた。

ゴーレムは怒りの雄叫びを上げた。

「グオオオオオオオ!」

両拳が床へ振り下ろされる。俺とセレネが立つ位置ではない。第八射が来ると予測した、反射位置だ。

俺は息を呑んだ。

「第八射なんて、まだ作ってないぞ」

上段で、セレネが残る破鏡の角度を指した。

「守護者には、もう見えています。あの鏡から、背後へ返る軌道です」

「撃つかどうかは?」

「あなたが決めてください」

彼女は答えを奪わなかった。星図を守る自分の知識を渡し、発射の責任は俺へ返した。

その瞬間、体内にレベルアップの熱が走る。七つの失敗軌道を生きて観測し、守護者の予測を一つへ絞った経験が、ようやく形になった。

Lv17からLv18。最大HPは三百十六から三百三十二、最大魔力は五百五十六から五百八十四。攻撃は百三から百八、防御は四十八から五十、速度は百八十八から百九十五。進化ポイントも十六から十七になり、消耗した体も魔力も満ちた。技能の習熟度はどれも変わらない。外れ方を覚えたのは、数値ではなく七本を撃ち分けた俺自身だ。

俺は床へ三つの水滴を並べ、順番に動かした。以前、七本分を一度に覚えようとして魔力が混線した。今は三本ずつなら、発射順を別々に保てる。速くなった思考ではない。失敗の順番を体へ刻んだからできる。

「できる。七本を一度に持たなくていい。三本ずつ、外れ方を積めばいい」

ただし、決定打はまだない。第八射を撃てば、ゴーレムも次の未来を読む。

俺は新しい水刃を作らず、いったん後退した。

「今日はここまで。次は、後ろから当てる」

「退くのですか」

「逃げるんじゃない。ちゃんと当てるために、腹ごしらえと鏡の角度を考え直す」

言い終えた腹が、ぐう、と存在しないはずの音を鳴らした。

セレネが目を丸くし、それから声を立てて笑った。

「未来を読む守護者より、あなたの空腹のほうが予測しやすい」

「次はそこも外してみせる!」

ゴーレムは固定された姿勢のまま、俺たちを追わなかった。第八射の未来を守るため、あの位置を離れられないのだ。

七本の失敗が、初めて敵を縛った。


挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。