第42話 名前で呼ぶと、偽物が来る
腹の中で、二つの赤魔核が同じ鼓動を打っている。
どくん。どくん。
第六階層相当、地下天文庫層の前室。俺は星形の穴から離れ、三方を崩れた書架に囲まれた場所へ移った。もし何かを吐き出しても、正面の一本の通路しか逃げ道がない。
セレネは通路の出口に立ち、弓をこちらへ向けたままだ。
「ずっと狙われてると落ち着かないんだけど」
「腹の中に正体不明の魔物を飼っている相手へ、背を向ける方が落ち着かない」
「飼ってない。勝手に入居されたんだ。家賃も払わず、ご飯まで食べた」
「なら、退去させて」
「それを今から考える!」
強がったものの、怖い。赤魔核は、死骸市場で拾ってからずっと隔離してきた危険物だ。どちらが偽物か分からない状態で取り出せば、爆発する核か、牙のある箱を素手で選ぶことになる。俺には手がないけど、危険度は変わらない。
入口を細く意識しただけで、体の中心が冷えた。外なら、敵が右にいれば右へ逃げればいい。胃袋の中では方向が俺の思考で変わる。右だと思った棚が次の瞬間には背中側へ滑り、奥を探そうとすると入口が遠のく。自分の能力なのに、焦るほど俺の命令を聞かなくなる。
「落ち着け、俺。腹の中で迷子になって、遭難届を出す相手まで腹の中っていうのは笑えない」
「笑わせようとしているなら、成功していない」
「怖がってるのを隠してるんだよ。そこは観測してくれ」
セレネはすぐには答えなかった。矢先は俺を向いたままだが、弦を引く力だけがわずかに緩む。
「観測した。だから急がせない。月角の民は、分からないものへ名前を与えて安心することを嫌う。分からないなら、分からないまま境界を作る」
「俺は名前をつけて、食べられるか考える方だな」
「その価値観が、今の事態を作った」
「反論できないのが悔しい!」
まず鑑定を使った。
胃袋の暗がりに、二つの表示が浮く。




